豊かな自然の中、地域の未来をつなぐ子育てを。海辺の保育所「かいじゃり」の日々
2020/10/30
子どもたちが森や山など屋外で自然環境と触れ合い、主体的に遊びながらそれぞれのペースで学んでいく体験を通して、生きる力や人間性を育む野外保育「森のようちえん」の活動が全国に広がっている。2020年8月現在、「森のようちえん全国ネットワーク連盟」に登録されている団体の数は約240にも上るという。ロケーションもスタイルも実に多種多様だが、長岡市の寺泊地区にも、海辺の地域ならではのダイナミックな地の利をフル活用して近隣に暮らす人々とゆるやかにつながり、支え合いながらユニークな保育を行っている場所がある。
観光客でにぎわう魚の市場通りから南へ、日本海沿いの道を10分ほど車で走った高台に佇む「海辺のこども園かいじゃり」を訪ねた。
海が一望できる民家で過ごす
思い思いの満ち足りた時間
絶景で知られる越後七浦シーサイドライン(国道402号)。そこから少し内陸に入った山間の静かな集落、寺泊志戸橋に「かいじゃり」はある。
敷地に足を踏み入れると子どもたちのはしゃぐ声が聞こえ、「かいじゃり」を運営する太田真さんと太田真耶さんが「こんにちは!」と笑顔で迎えてくれた。真さんは長岡市の市街地で、真耶さんは長野県で生まれ育った。真さんは保育士のキャリアの出発点をこう語る。
「中学時代の職業体験で自分が卒園した幼稚園に行って、保育はおもしろいなと思って。幼児教育を志して関東の大学に進学したのですが、都会の生活がまったく肌に合わず、とても辛い時間でした。進路に悩んでいたときに、ゼミの先生が『長野の森のようちえんに行ってみたらどうか』と勧めてくださったんです」
卒業後、長野県安曇野市の「野外保育 森の子」で「こんなスタイルの保育があるのか!」と驚き、大いに心を動かされた真さん。「これだったら一生の仕事にできる」と確信し、のめり込んでいったという。7年間「森の子」でキャリアを積む中、同市にある里山生活を日常とする保育施設「響育の山里 くじら雲」に勤務していた真耶さんと出会った。
ふたりは結婚して2015年に長岡市に居を移すことに。自然豊かな寺泊を拠点に自分たちの野外保育をやってみようと海岸沿いを中心に物件を探し、この家を見つけた。
長岡市内の「森のようちえん ふたばっこ」や隣町の出雲崎保育園(現 出雲崎こども園)で働く傍ら、野外保育活動をスタート。2016年、まずは親子を対象とした週末の自然体験教室「楽童(がくどう)かいじゃり」を開き、2019年9月には認可外保育施設「海辺のこども園かいじゃり」として未就学児の保育も開始した。今年度は月曜から金曜まで10人の子どもたちがここで共に過ごしている。
*真さんが3年間にわたり野外保育に携わった「森のようちえん ふたばっこ」については、こちらの記事も参照を。
雑木林が丸ごと幼稚園に!? 自然派ママ注目の「森のようちえん ふたばっこ」
https://na-nagaoka.jp/archives/2672
広い空間にみんなが共存できる造りになった昔ながらの民家で、一心に絵を描いたり、絵本を読んだり、外ではチャボとたわむれたり、虫を捕まえたり……。子どもたちはのんびりくつろぎながら、自由気ままに好きなことをして過ごす。
この日の午前中はみんなで海に出かけたが、昼食とおやつの時間が決まっているくらいで、それ以外の過ごし方は子どもたちに任されている。決めるのは保育士ではなく子どもたち。「かいじゃり」ではいつも子どもが主役だ。
「好きなことや興味があることをやり続けて、できなかったことができるようになって、友だちに『すごいね!』って褒められたり、うれしさに共感してもらったり。自分の遊びを見つけると生き生きして、その子の自信につながります。思い悩み、考えて、自分で決める過程も大切です」(真さん)
地域住民の協力と
温かい眼差しが支える場
「かいじゃり」の環境の素晴らしいところは、自然や眺望といったロケーションだけではない。近隣の人たちが差し伸べてくれる支援と見守りがありがたく、なによりの財産だとふたりは語る。
「うちの敷地はそんなに広くないのですが、私たちは本当にご近所さんに恵まれているんです。駐車場の場所もそうだし、『子どもたちのためなら』と裏山や畑も使わせてくださって。毎週水曜は外のかまどでお汁を作って食べるのですが、畑で採れた野菜を『どうぞ使ってね』と持ってきてくださったり、『遊んでいきなー』って、おうちに招いてくださったり。子どもたちもみんなご近所さんに懐いているんですよ」(真耶さん)
「みなさんが『いくらでも協力するよ』『子どもたちの声が聞こえてうれしいね』などと言ってくださって。ありがたいことです。昔は通学路だったという野の道を一緒に歩いて、『子どものころはこんなだった』とか『ここの桑の実は食べられるんだよ』などと、子どもたちに教えていただいたこともありました。かつての子どもはこんなふうに異なる世代と関わり合いながら育ったかもしれませんが、いまは必ずしもそうではない中、『かいじゃり』は地域のみなさんに助けられています」(真さん)
畑の野菜だけでなく、仕留めた鴨を1羽まるごと分けてもらったこともあり、みんなで羽をむしって調理したのだとか。近隣の人たちが子どもたちのために寄せてくれる支援物資と温かいまなざし、それらすべてが「かいじゃり」の活動の糧となっている。
すべての子どもたちが
兄弟姉妹のように関わり合う
「まやっぺ、見て見てー!」「早くこっち来て!まこっちゃん!」と大きな声で呼ぶ子どもたち。真さんと真耶さんに話を聞いていると、すぐに子どもたちがやってきて、膝に乗ったり抱きついたり。ふたりとも「先生」ではなくニックネームで呼ばれ、自宅が保育施設を兼ねていることもあってか、保育士と子どもたちの距離が近く、家庭のように親密でゆったりした時間が流れている。
「ここは2歳から6歳までの子どもたちが一緒に過ごしているので、優しさと厳しさを併せ持ったお兄ちゃんたちが小さい子を助けてあげたり、小さい子がお兄ちゃんたちの遊びを真似て学んだり。ケンカもありますけど、兄弟のような関わりが生まれています」(真耶さん)
10人のうち地元・寺泊の子どもは2人だけで、40分近くかけて柏崎市から通う子もいるのだとか。保護者からは、こんな言葉が寄せられている。
「子どもの表情や言葉が穏やかで豊かになった。園や地域の方の丁寧な寄り添いのおかげです」
「まこっちゃんとまやっぺが子どもと同じ目線で一緒に楽しんでくれる。豊かな自然と安心できるコミュニティの中で、子どもの成長を感じる日々」
「子どもたちは日に日にたくましくなって、現代では得づらくなった大切な、温かいなにかをいただいて成長している」
「『かいじゃりでは子どもの自由が大切にされているんだよ』と言った子がいて。ちゃんとわかってくれてるんだなぁ」と真さんはうれしそうに笑う。
「楽童かいじゃり」で見出した
地域社会のポテンシャル
「5年後、10年後、もっと地域に根ざした存在になっていたいなと思います。この地域にはユニークな方がたくさんいて、タコ捕り、新潟名物の笹団子、ちまき作りや海藻を使ったエゴ練りなど、みなさんが持っている技術や知恵、文化の継承も子どもたちと一緒にやっていきたいですし、子どもたちはもちろん、集う人たちがつながり合い、喜びを感じられる場になれたらいいですね」(真さん)
週末には、小学生と未就学児を対象にした「週末自然体験 楽童かいじゃり」を引き続き開催中だ。この活動では、真さんと真耶さんが野外保育の現場で培った経験が存分に発揮され、「寺泊でぜひ野外保育を」とふたりが思い描いたイメージが着々と実現されている。
雨の日も雪の日も楽しく自然と触れ合い、発見の機会となる「楽童かいじゃり」。野山の散策、虫捕り、山菜採り、桑の実のつまみ食い、海水浴、海藻の収穫、畑仕事、木工遊び、かまどで火を熾して調理して食べて……。
季節ごとに多彩な活動のごく一部を写真で紹介したい。
今年度後半の「楽童かいじゃり」のスケジュールは下記で、時間はいずれも9:30〜15:00(内容や天候により変動あり)。
11月8日(日)・14日(土)
12月13日(日)・19日(土)
2021年
1月16日(土)・24日(日)
2月14日(日)・20日(土)
3月6日(土)・14日(日)
*同月の活動は同じ内容のため、月2回の参加は不可。
生き方や働き方の見直しが進む中、「こんな暮らしや子育てを夢見てた!」という人もいるかもしれない。
「かいじゃり」では現在、2021年4月に入園する子どもたちを募集中だ。雰囲気を知るために、まずは週末の「楽童」に親子で参加してみては? また、申し込みをすれば平日の保育の見学にも応じてくれる。Facebookでは日々の活動が綴られているので、詳細は下記のウェブサイトを参照し、電話かメールで問い合わせを。
Text: Akiko Matsumaru
Photo: Hirokuni Iketo
(楽童の写真はかいじゃりにお借りしました)
●Information
海辺のこども園かいじゃり
[住所]新潟県長岡市寺泊志戸橋663-2
[電話番号]090-5204-1237(太田真さん)
[E-mail]umibenokodomo@yahoo.co.jp
[URL]https://niigata-web.info/kaijari/
[Facebook]https://www.facebook.com/海辺のこども園かいじゃり-778914895800655/
[ブログ]https://ameblo.jp/poroporopro/(2019年4月までの活動報告を掲載)