“畑違い”で受け継いだ、母娘二代の人生の証。苗木会社が「まんじゅう作り」を始めた理由を聞いた

今から約100年前、新潟県長岡市の越路地域には、地元の人々に愛される特別なまんじゅうがありました。その名も「さわまん」。一般的なまんじゅうとは一味違う、独特の風味をもつ生地が評判となり、ほかにはない味に虜になる人々が続出。しかし、さわまんを作ることができたのは「トヨばあさん」と呼ばれるたった一人の人物だけでした——。

継ぎ手がいなければ、この味は永遠に失われてしまう……。そこで、さわまんを継承したいと名乗りを上げたのは、なんと花・野菜の苗木会社「株式会社にいがた花壇」でした。文字通りの畑違いからまんじゅう作りに挑戦した創業社長のストーリーに迫ります。

 

「良い苗」を極め続けて60年
地域で愛され続ける苗木会社

「にいがた花壇」の事務所。花・野菜苗・野菜の販売スペースも併設しています。

JR長岡駅から車で15分ほど。国道404号線沿いに建つ大きなビニールハウスが、にいがた花壇の事務所です。季節の花や野菜の苗をはじめ、自家野菜・さわまん・野菜加工品を販売するショップも併設されており、農家や自宅で家庭菜園・ガーデニングを楽しむ人たちが訪れます。苗販売の卸業務をはじめ、千秋が原ふるさとの森「花の広場」や越後丘陵公園で花壇管理にも携わっています。

様々な花苗・野菜苗が並びます。

千秋が原ふるさとの森「花の広場」

ビニールハウスは全部で20棟。200種類以上の野菜や花の苗を育成しています。

2代目社長の中川華恵さん。にいがた花壇入社前は、ピアノ講師をはじめ様々な仕事をしていたそう。3人目のお子さんが生まれた年に入社してパート社員として働いていましたが、初代社長である父の意志を受け継ぎ、4年前に社長に就任しました。

「さわまんに注目していただけて嬉しいです。ありがとうございます!」と快くインタビューに応じてくれたのは、二代目社長の中川華恵さん。父である創業社長・樺沢敏一さんに代わり、2019年より社長として経営の舵取りをしています。現在、にいがた花壇のスタッフは社員10人、パートは繁忙期の春は40人を超える大所帯となっています。しかし、昭和36年の起業当時は中川社長のご両親だけ、たった二人からのスタートだったようです。

「もともと父は米や野菜を栽培する農家でした。ある時、小千谷市の知人から、スイカの苗を育ててほしいと依頼があったそうです。小千谷といえばスイカの名産地。今でこそ『接木(つぎき)』でスイカを育てる技術が発達していますが、当時は情報がなく、父は独学で接木での栽培方法を研究したようです」

接木とは、人為的に二つの苗をつなぎ合わせる栽培方法です。土台となる「台木」の苗、実がなる「穂木」の苗の切り口をくっつけることで、病気に強い苗を作ることができます。そのやり方はさまざまで、お互いの苗を切断してつなげる方法、台木に穂木を挿す方法などがあります。

こちらはトマトの接木苗。よく見ると茎に斜めの切断跡が確認できます。

トマトの接木の様子。完全に二つの苗が接着するまでに、プラスチック製の専用クリップで固定します。

接木には苗同士の相性があり、切断や接着にコツがあります。先代社長が創業した当時はビニールハウスというものがまだ存在しなかったため木枠と障子で囲いを作って育てており、突風で苗が吹き飛ばされたことが何度もあったそうです。さまざまな失敗をくり返しながらも、先代は努力の末に接木の技術を確立させ、スイカ苗を皮切りにナス・トマト・メロン・キュウリなどの接木苗を生産していきました。

「野菜や花の出来不出来を決めるのは、苗の品質です。接木苗は連作障害(同じ場所で長年栽培することで生育が悪くなること)を起こしづらく、病気にも強いため、作物の収穫量を増やすことができます。自根苗の値段より割高ですが、お客様は圧倒的に接木苗を購入されます」(中川社長)

 

すべては「さわまん」への愛ゆえに…
突然の「まんじゅう作り」宣言に騒然

接木苗の技術をいち早く確立させ、お客に支持されるようになったにいがた花壇。仕事が忙しくなったことから社員を増やし、このままいくのかと思いきや、先代社長はスタッフたちに「さわまんを作って販売したい」と途方もない提案をしました。

「突然のことで驚きました。なぜ苗の専門家がまんじゅうを作るのか…スタッフ全員が困惑しましたし、社長への抗議もありました。菓子製造の知識やノウハウがないなか、いったい誰が担当者になるのか不安要素だらけでしたね。私も異業種の新事業なんて、不安でしたよ」と中川社長。その一方で「父の性格上、誰が反対しようが絶対に貫き通すだろうなとは思っていました」と振り返ります。

「さわまん」の名前の由来は、沢下条地域で作られていたことから。トヨばあさんのレシピは重曹が多めで、昔ながらの手作り感が残るやや不揃いな形をしています。

さわまんとは今から約100年以上前、時代が明治から大正へと移り変わった頃に現在の長岡市(旧越路町沢下条)で「トヨばあさん」の愛称で親しまれた藤塚トヨさんが一人で作り、行商で販売していたまんじゅうです。主に地域の祭りや露天市で販売しており、その独特の風味をもつ生地が評判となって、近隣の地域にも根強いファンがたくさんいました。トヨさん亡きあとは娘の藤塚キユイさんがそれを受け継いで販売していましたが、2007年にご高齢のため廃業。地域の味として親しまれただけに残念がる方は多くいました。そこに、さわまんファンの一人であった先代社長が「地域の宝・さわまんを復活させたい!」と名乗りを上げたのです。

「やると決めた時の父の行動力はすごかったです。にいがた花壇には越路地域から通うパートさんが多いのですが、その方々の知り合いのつてをたどり、キユイさんへ『さわまんを作らせていただきたい』とオファーを持ちかけたのです」(中川社長)

2010年に「さわまん本舗」をオープン。現在スタッフ2名体制で運営しています。

しかし、キユイさんは高齢のため、さわまん作りを手伝うことができません。そこで、キユイさんの娘である藤田美智子さんにお願いすることにしました。

藤田さんは、喜んでさわまん作りに協力してくれました。トヨさんの姿、また二代目として引き継いだ母・キユイさんの「さわまんを存続させたい」という強い思いを知っていたからこそ、予想外の形で実現できたことが嬉しかったそう。キユイさんもまた娘が味を継ぐことを知り、胸がいっぱいになったようです。

藤田さんはすでに仕事を持っていたため、掛け持ちでさわまん作りを手伝うことになりました。トヨさんのレシピを受け継ぎ、藤田さんが尽力して試作開発に取り組み、2010年に念願のさわまん復活を果たすことができました。地元のファンからは喜びの声が上がり、昔懐かしい味わいが歓迎されました。親子孫と多世代に渡って親しまれてきたさわまんは、この先も地元の味として長く愛され続けていくはずです。

 

さわまん生地の材料を公開!
クセになるおいしさの秘密

さわまん(96円)。リーズナブルな価格も人気の秘密です。

このさわまん、どうしてこれほどまでに先代社長や、多くの人を惹きつけたのでしょうか? その理由は独特の生地の風味や食感にあります。食べてみると、しっとりと柔らかく、上品なあんことの一体感やバランス感が絶妙です。生地は少し塩っ気が感じられ、芳醇な香りがふわりと広がります。やや小ぶりなサイズなので食べやすく、甘さも控えめなので、何個でも食べられそう。ついついおかわりの手が伸びてしまいました。

この生地の材料、非常に気になるのですが、きっと企業秘密なんだろうな……と思いながらも聞いてみると、中川社長は惜しみなくその秘密を語ってくれました。

「生地の材料は、小麦粉と三温糖、上白糖、酒かす、卵黄、重曹、塩です。それにプラスして、これは企業秘密ですが、ある改良粉を加えています。おいしさのポイントは隠し味の酒かすです。水分と合わせてトロトロのペースト状になるまでかき混ぜたものを使用しているんですよ。

13年前の販売開始当初は、トヨばあさんのレシピに限りなく近づけた商品を作っていました。でも、現在は改良を重ねて、重曹を少なくすることで苦みを減らして食べやすくしています。また、以前は生地作りやあんこを包むのは手作業でしたが、現在は効率と衛生面を考慮して機械化しています。改良をしても『さわまんらしさ』は失わないように、懐かしいと感じていただける味をめざしています」(中川社長)

さわまんは生地が主役。驚くほどしっとりした食感なので、初めて食べる人はびっくりするかもしれません。

トヨばあさんのレシピを受け継ぎ、独自の改良を重ねたさわまんは、さらに進化を続けています。竹炭微粉末を練り込んだ生地で白あんをくるんだ真っ黒な見た目のインパクトが強い「竹炭まんじゅう」は、新しく生まれたメニュー。4月の取材時には淡いピンク色の生地に、塩っ気のある桜あん入りの季節限定商品「さくらまんじゅう」もお店に並んでいました。どちらもスタンダードなさわまんとはまた異なるおいしさで、食べ比べてみるのも楽しいものです。

(左)さくらまんじゅう(102円)。販売期間は3~5月。
(右)竹炭まんじゅう(102円)。上品な白あんが生地と相性ぴったり。

「生地だけでなく、あんこも自慢なんですよ。実は私はあんこの甘ったるさが苦手なんですけど、さわまんのあんこは、最後まで飽きずにおいしく食べられます」と中川社長。北海道産小豆を使用した、こしあんは甘さ控えめでなめらかな舌ざわりが特徴です。

13年前は菓子製造という新事業に不安を抱いていた中川社長ですが、今ではすっかり地元の銘菓として定着させることができ、現在はご自身もさわまんのファンになっています。またさわまんから逆に、にいがた花壇を知ってもらえることも増えて驚いているとのこと。

さわまん本舗では、まんじゅうだけでなく、にいがた花壇の野菜を使った漬物、また米粉おやきなども販売しています。今後も新商品を出していきたいとのことで、地域の食の魅力を伝えることにも大きく貢献し続けています。

体菜漬け、ヤーコン、かぼちゃ、ずんだなど、一風変わった具材入りの米粉おやき

巾着ナスの辛子漬け、ずいきの甘酢漬けなど、絶妙な食感や風味をもつ漬物も人気。

 

創業の父から二代目娘へ
バトンを渡して進化をめざす

にいがた花壇が地域の苗木会社として信頼されるようになったこと、そして懐かしの味・さわまんを復活させたこと――いずれも先代社長のチャレンジ精神や行動力の賜物であり、中川社長は「一経営者として、父を尊敬しています」と素直な気持ちを語ります。

語る中川社長

「父はやると決めたら必ずやり遂げる人なんです。しかも、誰もチャレンジしてないことに取り組んで、結果を出すまであきらめずに続けます。接木もさわまんも、自分の意志を曲げなかったからこそ成し遂げられたんですよね」(中川社長)

現在、先代社長は会長となりましたが、86歳となった今も現役で働いています。「苗作りは「苗半作」といって、苗の良し悪しで作柄・収量の半分が決まると言われています。お客様に品質・納期・価格すべてに満足して頂ける事をモットーに日々努力しています。これは常に会長に厳しく指導されています。」と中川社長。代替わりしてから大勢のスタッフをまとめる経験を通じて改めて父の偉大さを感じるとともに、ご自身の重ねてきた研鑽への自負をもって、会社を次の時代へ進めていくという意志を感じさせます。

今後の展開については苗栽培や野菜販売を進めると同時に、さわまんを「もっと広い範囲で、長岡のおみやげの選択肢として選んでもらえるような存在にしたいです」と目標を語る中川社長。じわじわと販売エリアを広げており、独特の味わいでさらにファンを増やす余地は十分にありそうです。

現在、さわまんを購入できる場所は、にいがた花壇の直営ショップや農産物直売所、道の駅など全9店舗です。まだ食べたことがない方は、まずは一度お試しください。まだ地域が、いや日本中が貧しかった明治時代に一人の女性が考案し、その娘さんの代まで一生をかけて売り歩いた、素朴で豊かなおまんじゅう。その記憶とレシピを受け継いだ一人の経営者の愛情によって蘇り、進化を続ける味わいの奥深さに、きっと魅了されてしまうはずです。

 

Text&Photo:渡辺まりこ

 

さわまん販売店
・にいがた花壇直営ショップ
・JA農産物直売所 とれたて旬鮮市なじら~て(関原店・東店)
・JA直売所 ふれあい青空市
・里山元気ファーム(岩塚直売店・中沢直売店)
・原信(七日町店)
・道の駅ながおか花火館(とれたてできたて直売所)
・花みずき温泉 旬食・ゆ処宿 喜芳

 

Information

にいがた花壇
[住所]新潟県長岡市才津西町 2084-1
[電話番号]0258-46-3332

さわまん本舗
[住所]新潟県長岡市才津西町1448-1
[電話番号]0258-86-7172
[営業時間]9:00~12:00
[定休日]火曜(臨時休業あり)
[HP]https://niigatakadan.co.jp/

 

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