古民家に新たな息吹を吹き込み、地域にひらく書店・喫茶「Rural Reading」。ある移住者がこの場所をつくるまで
理想的な物件との出会いで移住を決め、
地元の協力者たちとセルフリノベーション
寺泊といえば、佐渡島を望む日本海と観光客で賑わう魚の市場通りをイメージするかもしれない。その喧騒を離れ、車で15分ほど内陸に入った小さな集落にRural Readingはひっそりと佇む。
冨永美沙希さんと夫の航太さんが寺泊に移住したのは2020年5月のこと。ふたりとも長岡市にゆかりがあったわけではなく、「好きなだけ改修できる古民家」という条件で物件探しをする中、長野、山梨、新潟の3県に絞り込み、この家と巡り合った。
「いろいろ探しましたが、なかなかピンと来る物件がなかったんです。ここを内覧して、私も夫も『わー、いいね!』って、とても気に入りました。1960年代くらいの建物で、私はその年代の古着とか、食器や小物が好きなんです。雨漏りもある空き家でしたが、柱がかっこいいし、囲炉裏や縁側もあって、おじいちゃんの家のような、ジブリの世界のような。裏山には竹が繁り、緑の匂いが濃くて、家の空気感がいいなと思いました」(美沙希さん)
「自然豊かな環境、新鮮な食材、森、山、キャンプ場へのアクセス」も欠かせない条件だった。なるほど、それなら寺泊はうってつけだが、20代半ばのふたりが都会から移住することは、簡単な決断ではなかったのではないだろうか。
「関東に住んでいたときはキャンプによく出かけていて、自然豊かな場所で暮らしたいという気持ちがありました。ちょっとドライブすれば周辺にも素敵なお店があるし、買い物やヨガのレッスンで新潟市にも行くので、都会的なものはそれでけっこう満足です。あとは寺泊の浜辺を散歩したり、日本海に沈む夕日を眺めたり、温泉でのんびりしたり。心の充足感が大切だと思っているので、移住してよかったと感じています。いつでも自然に触れられるから、キャンプには行かなくなりましたけど(笑)。定休日はお店のことをあれこれやっていて、今はそれが楽しいんです」
この日は定休日で、残念ながら不在だった夫の航太さんは上越市出身なのだとか。ふたりがこの場所に導かれたのは、やはり新潟と縁があったのかもしれない。
「そうかもしれませんね。物件を取得し、『ここで何かしたいね、何をしようか』と夫と話しました。夫婦ともに喫茶店が好きでしたが、一口に喫茶店といってもおしゃべりや音楽を楽しんだりするタイプのお店も多くて、本を読む私たちは、ちょっと肩身が狭いと感じることもあって。『賑やかなのもいいけど、違うのもほしいね。じゃあ自分たちがほしいものをつくろう』ということになったんです」
“読書ができる書店と喫茶”にしようと決め、動き出したふたり。リノベーションと起業に当たっては、長岡市と公益財団法人の補助金や起業支援センター「CLIP長岡」を活用し、積極的に公共のサポートを受けた。
「リノベーションには長岡市から補助金をいただきました。『CLIP長岡』で的確なアドバイスをたくさんいただいて事業計画書を作り、融資を受けて。にいがた産業創造機構(NICO)の補助金もいただきましたし、いろいろな方のお世話になっています」
ハイセンスながら居心地のいい内装のコーディネートは、古家具に精通した協力者の力を借りた。車で20分ほどの距離にある弥彦村の飲食店を営む方だそうだ。
「とても素敵で美味しいお店なんです。事業計画を立て始めたころ、そのお店によく通っていて、その方に『九州から古い家具を持ってきて、こんな空間をつくりたいんです』と私たちのプランを話したら、『家具の使い方とかアドバイスしますよ』と言ってくださって。なにもかも、この出会いからのスタートです。古民家なので、つくりながら考えて、じっくり時間をかけてリノベーションしました」
その店での出会いがさらなる出会いを生み、新潟市の建築事務所「wakai architect」がリノベーションを監修し、ふたりのセルフビルドをサポートした。100平米の空間に美意識が行き届き、お客さんにくつろいでほしいという、ふたりの細やかな心遣いがディテールにも宿る。テーブルやキャビネット、書棚など、使い込まれた手触りが印象的で、温かな雰囲気を醸し出す什器・家具類は、美沙希さんの母校である九州大学で廃棄されかけていたものを再利用している。
「ほとんどすべて、九大から借りた家具です。歴史的価値のある木製家具を救おうという、『九大什器保全活用プロジェクト』を立ち上げた九州大学総合博物館の教授に相談して使わせていただくことになり、この場所で保全活用に取り組んでいます」
開業に当たり「図書館のように会話はお控えください」という程度の、ゆったりしたルールを設けた。店名の「Rural Reading」は、こんな経緯で着想したという。
「読むことにフォーカスした空間をつくりたい。それが出発点だったので、Readingは店名に入れたいと思っていました。どういう『読む』なのか、『静かに』などのキーワードを出していたときに、『今いる場所で静かに読む』ということではなく、『落ち着く場所に自分を連れて行ってあげて静かに読む』ことが大事なのでは、と立地に視点がいき、『Rural』という、田舎とか田園地帯を意味する言葉が浮かびました」
新天地に根を下ろし、新しいプロジェクトを始めた美沙希さんと航太さん。多くの人々がふたりに手を差し伸べ、雪国に遅い春が訪れた2022年3月25日、Rural Readingはグランドオープンの日を迎えた。
中国茶・台湾茶をじっくり味わいながら
日常から離れ、過ぎゆく時間に身を委ねる
Rural Readingでの時間は、まずカウンターで飲み物をオーダーすることから始まる。メニューにコーヒーはなく中国茶と台湾茶が中心で、その背景には、またもや弥彦村の店での出会いがあった。
「お店に来ていたお客さんに『喫茶の準備をしているんです』と話したら、お茶の販売をしている『IDLE MOMENT(アイドルモーメント)』の戸田裕也さんという方でした。お茶のことを教えてくださって、いただいてみたら、とても美味しいお茶だった。ゆったりしたお店なので、身体をほぐすような体験をしていただきたいなと思い、上質な茶葉のみを扱うIDLE MOMENTさんのお茶をメニューの中心に据えました」
オーダーが済んだら、本を手に、今日の読書を楽しむ場所を探そう。奥に大きなテーブルがあり、ここなら心穏やかに、集中して読むことができそうだ。
店内の随所には、まるでこの場所に息づいているかのような存在感を放つ植物のアレンジメントがある。それらを手がけるフラワーアーティストとの出会いもまた弥彦村の店だった。
「『田舎で読書をする』というコンセプトに合わせ、緑を外から持ってきて、野草も混ぜながら生けていただいています」
Rural Readingをつくりあげたハブともいえる弥彦村の店の名をここで明かせないことが残念だが、気になる人はRural Readingのインスタグラムを遡って読んでみてほしい。ふたりがどうやってこの空間をつくり上げたのか、日々どんなことを考えているのか。本をピックアップして紹介するテキストなど、美沙希さんが綴る機知に富んだ文章は読み応えたっぷりで、もしインスタグラムを使っていない人がいたら、Rural Readingのためだけにアカウントを作る価値ありとおすすめしたい。
美沙希さんの読書の原体験と
国境を越え、移動しながら考えたこと
出会いに恵まれ、無事にスタートしたRural Reading。たくさんの不思議な縁を引き寄せたのは、物怖じせず飛び込んでいくふたりの勇敢な行動力と、この人たちを応援したいと思わせる、愛すべき人柄によるものだろう。取材に応じてくれた美沙希さんはどんな道を歩み、ここに辿り着いたのか、彼女のバックグラウンドが知りたくなった。
「親が転勤族だったので、熊本で生まれ、すぐに倉敷、そして3歳で千葉へ。両親ともに本好きで、家には本がいっぱいありました。母がよく読み聞かせをしてくれて、文字が読めない年齢でしたが、『はっぱのおうち』(作:征矢清、絵:林明子、福音館書店)とか、お気に入りの絵本は丸暗記していました」
「よく家族で図書館や古本屋さんに行き、たまに『こどもの本の広場 会留府(えるふ)』という児童書専門店に連れて行ってくれて、ご褒美のように新刊を買ってもらいました。でも、基本は図書館ですね。絵本から入り、ヘレンケラーとかナイチンゲールなど、子ども向けの伝記へ。文字を自分で読むのはおもしろいなと思うようになり、子ども向けの小説『ダレン・シャン』やリンドグレーンの『やかまし村の子どもたち』『長くつ下のピッピ』などが大好きでした」
お父さんの転勤に伴い、美沙希さんが14歳のときに家族でタイに引っ越し、バンコク暮らしが始まった。
「14歳から18歳の多感な時期ということもあり、タイでの暮らしは大きな変化でした。バンコクには大企業のアジアオフィスがあり、いろいろな国の駐在員の家族がたくさん暮らしていて。インターナショナルスクールで様々な国の子どもたち、とりわけアメリカ人の子と仲良くなり、自分のルーツに親しんでみたくなったのか、遠くなったことで日本語が恋しくなったのか、日本の小説をたくさん読みました。バンコクに日本語の古本だけを扱うお店があったんです」
「タイに住んでいた17歳くらいのとき、インド人の先生に教わってヨガと瞑想を始めました。自分のために静かな時間を持つ、内省の時間が自分と相性が良かったというか、ウェルビーイング(心身ともによく生きる)的なものが自分の中でしっくり来たんです。そのころは、将来ヨガの先生として自分の場所を持ち、ウェルビーイングな時間や空間を届ける人になりたいと思っていました」
バンコク駐在が終わり、帰国して日本で進学することになった美沙希さん。家族は千葉の家に戻ったが、進学先として選んだのは九州大学だった。
「一人暮らしがしたくて(笑)。九州の人にとっては憧れの大学なので、熊本出身の両親が『九大ならいいよ』と言ってくれたんです。頑張って受験勉強をして合格し、福岡で4年間。『21世紀プログラム』という新しいリベラルアーツのコースで学びました。在学中の20歳のときに訪ねた金沢の『純喫茶ローレンス』がRural Readingに大きな影響を与えているなと思います。ドライフラワーが山もりで、アート作品のような空間がすごく素敵で感動しました」
「青春18きっぷで金沢から新潟まで旅行して、ローカル線で風景を眺めながら電車に揺られて。それが初めての新潟でしたが、いいところだなぁと思いました。ルートを見ると、そのときたぶん、寺泊も通過しているんですよ。直江津駅のクラシックな雰囲気とか、田園風景が印象に残っていて。そして今、新潟で暮らしている。不思議な縁だなと思います」
移動しながら思考し、各地で見て、感じたものが蓄積され、心身に染み込んでいく。美沙希さんの旅はまだまだ続く。
「20歳のとき、半年間ベルギーに留学しました。西洋美術史を専攻していて、美しいものや空間に興味があったので、半年で45ヶ所くらいの美術館や教会に行き、もちろん喫茶店も。そこで見た色彩や、古き良きものを使い続けていることなど、その記憶もまたRural Readingに影響していますね」
「そういったものが相まって『こんなことがやりたい』というイメージはあったんですけど、実現方法がわからないから、とりあえず普通に就活して文具とオフィス家具のメーカー企業に就職しました。学生時代にインターンに参加し、廃校を活用したコワーキングスペースを提案して優秀賞をもらっていて。人事部の方に『物を売るのではなく、素敵な時間、空間、体験を届ける。そういう仕事がしたいです』と伝え、東京のオフィス部門に配属してもらって、新製品のオフィスチェアのマーケティングやプロモーションをしていました」
満足して1年で退職した美沙希さんは、次なる場所へ。
「やりたいことができると気持ちが移ってしまって……。会社にいると人事部次第ですが、転職すればやりたいことができるから。その後は新規事業立案ワークショップなどの企画に携わったり、フリーランスでコワーキングスペースのコミュニティマネジャーをしたりしていましたが、そのころコロナ禍が始まって、コミュニケーションが減り、仕事もなくなりました」
コロナ禍が仕事にも生活にも多大な変化をもたらし、美沙希さんの気持ちも揺り動かして、同時期に離職した航太さんとの地方への移住に大きく舵を切ることになった。
訪れる人に豊かな時間を提供し
この場所から発信もする文化拠点に
軽やかに寺泊に着地して20代半ばで夢を叶え、店のオーナーとなった美沙希さんと航太さん。ふたりで思い描くのはどんな未来だろう。
「ポエトリーリーディングとか、作家さんをお招きしてイベントをしたり、ZINE(手作りの冊子)を作ったり、やりたいことはたくさんあります。本屋さんは情報が集まる場所ですから、文化拠点になりたいです。滞在型のお店なので、いらしていただける方の滞在時間をいかに文化的に豊かなものにしていけるか、これからもずっと考えていきたいですね」
おしゃべりしたい人のために、Rural Readingでは月に一度「喋れるルーラル」を開催している。インスタグラムの「ストーリーズ」で営業日やイベントなど最新情報をチェックして、またゆっくり訪ねてみよう。床板を丁寧に張ったり、ベーグルを焼いたりする航太さんはどんな人だろう。「喋れるルーラル」で、次は航太さんの物語にも耳を傾けてみたい。
Text: 松丸亜希子 / Photo: 池戸煕邦
Rural Reading
住 所
新潟県長岡市寺泊入軽井1878
営業時間
10:00〜18:00
※不定休あり、インスタグラムをチェックしてからお出かけを
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