「思い出マップ」から「未来キャンバス」へ。世代を超えた「地図づくり」のバトンで描く、地域再生のかたち
かつてのまちの姿を次世代に伝える
「思い出マップづくり茶話会」
“発酵するまち”長岡市のユニークなまちづくりを牽引する宮内・摂田屋エリア。JR宮内駅から醸造蔵が立ち並ぶ摂田屋に向かって県道370号線沿いを歩いていると、目を引く建物が見えてきます。「秋山孝ポスター美術館 長岡(APM)」です。
こちらは長岡市出身のイラストレーターでグラフィックデザイナー、秋山孝の世界に浸れる美術館。建物は大正時代に建てられた旧北越銀行をリノベーションしたもので、登録有形文化財に指定されています。中に足を踏み入れると、天井が高く開放感たっぷりの空間にビビッドカラーで描かれたイラストレーションのポスターが展示され、その奥の金庫室だった部屋には週末オープンのカフェ「APM cafe」も。地元ならではの発酵を生かしたスイーツやドリンクが楽しめます。
宮内・摂田屋のまちづくりに重要な役割を担っているのは、このAPMと2020年10月にオープンした摂田屋地区情報発信・交流拠点施設「摂田屋6番街 発酵ミュージアム・米蔵」、美しい鏝絵(こてえ)の蔵が地域のシンボル的な存在である旧機那(きな)サフラン酒製造本舗などを運営する「ミライ発酵本舗株式会社」。2020年の春に始動した、このフレッシュな会社が今回の地図づくりの仕掛け人です。プロジェクトを担当した坂詰夏鈴さんにAPM cafeでお話を伺います。
まず、宮内・摂田屋の地図づくりが始まった経緯について聞いてみました。
「きっかけは、今年1月に『な!ナガオカ』の主催で行われた『宮内摂田屋TOWN MEETING』です。この地域のこれまでの歩みとこれからについて、まちづくりに携わるメンバーが語り合うイベントに、地域住民の方々が来てくださいました。終了後に『昔はこのあたりに映画館があって、あそこは銭湯だった。賑やかだったんだよ』などと昔話ですごく盛り上がっていて、なんだかおもしろいなぁと思って聞いていました」
「そのうち、まちの住民の方々と一緒にお茶会ができたらいいなと思ったんです。雪が降る冬の間は摂田屋を訪れる人も少ないですし、平日の日中にお茶とお菓子を用意して、ここでおしゃべりしたいなと。そして、せっかく集まっていただくなら、なにか目的を持ってやってみよう、じゃあ、みなさんに昔のお話を聞こう。そんな流れで『思い出マップづくり茶話会』がスタートしました」
近隣への大規模店舗の出店、人口減少、高齢化や後継者不足などで小さな商店が次々に閉店し、いまでは“シャッター通り”になった宮内商店街。この地域に限らず、地方都市のあちこちで同じ現象が起きていますが、そうなってしまう前のまちの記憶は、古くからの住民にしっかり残っています。その時代を知らない世代がかつて賑わっていたまちの記憶と接続するには、まずは、世代を超えて語り合う場が必要なのです。
茶話会は4回開催され、人が人を呼び、10人ほどが参加してくれたそうです。参加者が口々に語る昔の街並みの記憶や、ご自身の青春時代の記憶なども紐づいて、元気だったころのまちの姿がどんどんその場に蘇ってきました。
「昔はこうだった、あのころは賑やかでよかったね、などと語り合うみなさんの様子がとても楽しそうで、生き生きしているんです。昔の商店街の風景が脳裏に焼き付いているのか、お店の名前が次々にすらすらと出てきて、もうお話が止まらない(笑)。私もこの地域の出身なので、先輩たちのお話を聞いてまちの歴史について知ることができてよかったです。私自身にとっても、すごく楽しい時間でした」
話を聞き取りながら、商店街にあったお店を一軒ずつ、手描きの地図にしていきます。坂詰さんが地図に店名を書き込み、特に印象的だった業態を選んで、飲食店は赤、理容室・美容室は水色、旅館は緑に色を塗り分けて整えました。
さて、「思い出マップ」制作に参加した山本正明さんと頓所(とんしょ)良雄さんが取材場所に駆けつけてくれました。おふたりにもお話を伺います。
「私はずっと宮内で暮らしていて、公務員でした」と頓所さん。
「私はここ、『山屋』という店で飲食業をやっていたんです」と山本さん。
「今回の地図づくりは知り合いにも声をかけて来てもらって、とてもうまくいきました。この地図はパーフェクト」と笑う頓所さん。参加者同士で記憶や意見の相違もなくスムーズに進み、完璧な「思い出マップ」が出来上がったと、ふたりともご満悦です。
「太平洋戦争の末期、長岡は空襲に遭いましたが、いま私たちがいるこの場所、北越銀行で食い止めて摂田屋は燃えずに済みました。宮内駅からここまでは戦災後につくり直して、商店街は雁木(がんぎ)通りだったから、雨や雪の日も傘をささずに歩けたんです。駅の近くに大きな会社があって電車通勤の人たちがいたので、飲み屋も賑わっていました。旅館も8軒以上あったけど、いまは2軒だけ。吉乃川の倉庫や駐車場だった場所に昔は上組小学校があって、駅から上組小までの地図を地元の子ども会育成会と一緒に作ったこともあります。私も上組小の卒業生で、当時は1クラスに子どもが60人もいました。通学中に吉乃川の蔵からいい匂いがしてきて、仕込んでいるところを見せてもらったこともあるんですよ。こっちからは醤油の匂いがしてね」(頓所さん)
醸造蔵から漂う芳香を感じながら、この地域で生きてきた頓所さん。一方の山本さんは魚沼市のご出身だそうです。
「私はよそ者なんです。15の春、中学を出て宮内の仕出し屋に丁稚奉公に来て、いま78歳だから、ここは60年以上になりますね。山屋は私が二代目で、仕出し弁当を作ってたんだけど、だいたい二代目はダメなんだよね(笑)。70歳を過ぎて貯金もあるし、もういいかと思ってコロナ禍の前に店を閉めました。いまは昔から好きだった作品制作、“我楽多”をつくりながら細々と暮らしています。昔のことはよく覚えてますよ。最近のことはすぐ忘れるけど(笑)」(山本さん)
「やはりコロナ禍の影響はあって、果物屋さん、八百屋さんなど、コロナ以前は営業していたのに閉めてしまったお店がありました」(坂詰さん)
現在は軒並みシャッターを降ろし、ひっそりしている宮内商店街ですが、新しい動きも生まれています。ミライ発酵本舗では、茶葉の販売店だった空き店舗を活用したスペースを計画中なのだとか。
「シェアキッチンやアーティストが滞在できるレジデンス(宿泊施設)もある『食とアートのシェアスペース』をオープンしたいと思っています。ここをきっかけに、さらにいろいろな人が来てくれるといいなと。お店を閉めて住み続けているところもありますが、空き家もたくさんあります。その調査も進めていて、活用してもらえるような体制づくりをしているところです。商店街でいまも営業しているのは旅館、飲食店、お魚屋さん、金物屋さんなど。ほかの場所に移転した薬屋さんは、また戻ってきました。宮内・摂田屋が注目されることで、再び賑わうといいですね」(坂詰さん)
楽しかったこと、苦しかったこと、このまちで生きてきた人たちのさまざまな思いが詰まった「思い出マップ」。これで終わらせたくないという気持ちが湧いた坂詰さんは、住民に借りた昔の写真と完成したマップを持って近隣の上組(かみぐみ)小学校を訪ね、これをもとに子どもたちとなにか一緒にできないかと相談を持ちかけました。
長岡市立上組小学校は、50年以上にわたり造形美術教育に注力し、ユニークな取り組みで知られている学校です。
「先生と話をする中で、3年生がちょうど『総合』の授業でまちを盛り上げるプロジェクトに取り組んでいると知りました。昨年度からまち探索をして地域のいいところを見つける授業をしてきたそうで、先生いわく、地域を盛り上げたい、輝かせたいと考えている子どもがすごく多いとのこと。子どもたちが望んでいることと私たちがやりたいことがマッチしたんです。縁がつながってスムーズに話が進み、その総合の授業を使わせていただけることに。地域にこんなお店や施設があったらいいなという、『未来予想図』を子どもたちに描いてもらうことになりました」(坂詰さん)
どんなまちになってほしい?
子どもたちが夢を描く「未来キャンバス」
過去から未来へ、子どもたちに託された地図づくりのバトン。上組小とミライ発酵本舗、そしてデザイナーのシマダマサノリさんのコラボレーションによる3回シリーズの授業「にじいろ太陽プロジェクト 未来キャンバス」に3年生の子どもたち62人が取り組みました。
夏休み目前の最初の授業ではオリエンテーションが行われ、ミライ発酵本舗の坂詰さんと神林美夏さんが子どもたちに「まちの自慢したいところ」をヒヤリング。「発酵のまち」「古い建物が多くて素敵」といった回答がありました。
続いて、近年また宮内・摂田屋に人が集まるようになった理由として、新しい取り組みと地域の変化を紹介し、今回の講師を務めるデザイナーのシマダマサノリさんが「未来キャンバス」プロジェクトについて説明しました。
プロジェクトの課題は、未来の宮内・摂田屋に「残したい!」「あってほしい!」店や施設を描くこと。まず、大きなテーマは「どんなまちになってほしいか」。みんなそれぞれ考えて「クラゲシート」のクラゲの頭の部分に文章で記入します。その下のクラゲの足の部分には、それを実現するために必要なこと、ものを記入。シマダさんからは「言葉で書くのが難しいときは、絵で描いてもいいよ」というアドバイスもありました。
夏休み明けの2回目の授業では、最初の授業で作成した「クラゲシート」からイメージする店や施設を描く下絵に取り掛かりました。
このまちに残したいもの、あったらいいなと思うもの、やってみたいことを自由に描く「未来キャンバス」。いよいよ授業は最終回へ。
62人の子どもたちと向き合うシマダさんは、長岡造形大学でプロダクトデザインを学び、地元の燕市を拠点に活動中。デザイナーとして、さまざまな媒体や商品、CIなどのグラフィックデザインを手掛けるほか、今年3月に「つばめまんなか商店街」にオープンした、カフェやシェアラウンジのある民営の複合施設「まちトープ」の運営を担い、まちづくりにも深く携わっています。シマダさんもまた、地元を愛し、まちを楽しく、居心地よくするために奔走する人なのです。
「おはようございます!」と元気に挨拶を交わして、授業が始まりました。今日は下絵を見ながら本番の紙に描き、色を塗って仕上げの作業に入ります。
「今日は最終回なので、どんどん進めてくださいね。みなさんの絵を見ながら教えていきますが、聞きたいことがあったら手を挙げてください。前回、色の塗り方のコツを教えたけど、ちょっとおさらいしましょうか」とシマダさん。
長岡市の事業にも携わるシマダさんは、今年も10月13日に摂田屋・宮内エリアで開催される『HAKKOtrip』のキャラクター、「みっそん」と「しょーゆーん」の生みの親でもあります。2021年度に誕生して以来、ポスターやチラシ、街角のサインボードなどで子どもたちに大人気で、長岡市民におなじみの存在になりました。
頭の中に生まれたイメージを膨らませ、子どもたちはすいすいと鉛筆やペンを走らせます。
「せったやクレーンゲーム」「はっこう食品が食べられるホテル」「てんぼう台とカフェ」「みっそんのアイスやさん」「スポーツ場」「せったやびじゅつかん」「もともとあった昔のたてものをしょうかいしてくれるお店」などなど。
まるでお祭りのように賑やかで個性豊かなお店や施設がいっぱい! 地域について学んでいる子どもたちが自分の興味関心のあることと結びつけ、自由に鮮やかに描き出す未来。楽しげな雰囲気が伝わり、絵の中から笑い声があふれ出てくるようです。
3年1組の担任の木村歩美先生が教えてくれました。「上組小では地域の幼稚園・保育園と連携していて、毎年秋に開催する展覧会を幼児さんが見に来てくれるんです。『自分もこんな絵を描いてみたい』と言って入学する児童もいますし、幼いときから絵に興味がある子が多いですね。上組小の子どもたちは絵が大好き。自分の思いを絵で表現することが好きで、そういう力のある子がたくさんいます。自分から発信したいという気持ちのある子が多いので、今回のプロジェクトは子どもたちの願いを実現する最高の機会でした」
授業の終わりの時間が近づいてきました。子どもたちからは「えー、まだやりたい!」という声が上がりましたが、授業中に完成しなかった絵は自分たちで最後まで仕上げることに。「これはみなさんに任された大事な仕事ですから、今週中に提出してくださいね」と木村先生はにっこり。
子どもたちが描き、色塗りをした62枚の絵をシマダさんがスキャンし、1枚の大きな絵として最終的な仕上げを施してデータ化。それをターポリンという丈夫な生地に印刷し、タペストリーのような「未来キャンバス」が誕生することになっています。「どんなものになるか、俺もドキドキです」とシマダさん。「いい感じにするから、みんな安心して仕上げてね!」
「未来キャンバス」の授業について、子どもたちからはこんな感想がありました。
「いろんなお店の絵を描けてうれしかったです」
「シマダさんがアドバイスをくれたり、一緒に手伝ってくれたりして、勉強になりました」
この授業の様子は、企画のもとになった「思い出マップ」茶話会チームにも、坂詰さんを通じて伝えられました。地域のみなさんもとてもうれしそう。
『HAKKOtrip 2024』で
完成した地図がお披露目!
さて、上組小の子どもたちは締め切りを守って絵を仕上げ、シマダさんがデザインワークを加えて「未来キャンバス」が完成!「思い出マップ」とともに2024年10月13日に開催される『HAKKOtrip 2024』で摂田屋の「米蔵」にて一般公開されます。それに先立ち、子どもたちと地域の人たちのお披露目会が行われました。
お披露目会には、「未来キャンバス」に取り組んだ子どもたちとその保護者、「思い出マップ」茶話会チームをはじめとする地域の人たちが一堂に会し、熱気に包まれました。司会を務めた坂詰さんの挨拶に続き、子どもたちによるリコーダー演奏、そして上組小学校創立150周年記念ソング『未来キャンバス』の合唱も。
地図のディレクションを担当したシマダさんからは、こんな挨拶がありました。「言葉にできないような感動がありました。先日、味噌汁を作ろうと思って本を見ていたら、微生物の活動によって想像以上のものが生まれると書いてあり、この地図もみなさん一人ひとりの夢が合わさって、想像を超えた作品になりました。今日聞かせてもらった歌もそう。とても素敵な発表でした」
「思い出マップ」茶話会チームの頓所さんは「『未来キャンバス』はすごく夢があって、この中から1つでも2つでも実現できたらいいなと思います。時間がかかると思いますが、どうか初心を忘れないで、夢に向かってがんばってください」とのこと。
最後に坂詰さんが、「ここがゴールではなく、ここからが始まりです。10年後も20年後もこの地図を残して地域の方に伝えていきたいと思います」という言葉で締めくくりました。
上組小は2年前の2022年から、地元の小学校として子どもたちが描いたポスターを掲示したり、絵付けをした行燈を道端に設置したり、アートワークで『HAKKOtrip』に参加してきました。
行燈は摂田屋の竹駒神社のお祭りでも灯され、「地域を盛り上げることができてうれしい!」と言って喜んでいた子どもたち。今回は、一人ひとりが描いた未来予想図でつくられた「未来キャンバス」が、まちの人々にどう受け止められ、どんな反響があるのか、みんな楽しみにしています。
たくさんの市民で賑わう地元の祭りとして定着してきた『HAKKOtrip』も今年で6回目。食べて飲んで、おみやげを買って、地域の歴史を学んで。発酵文化を全身で味わえる企画が今年も盛りだくさんです。まちの記憶と子どもたちの思い描く未来をつないだ2枚の地図にも、ぜひ注目してください。
Text: 松丸亜希子 / Photo: 池戸煕邦、松丸亜希子
(茶話会と授業の写真提供:ミライ発酵本舗、上組小学校、長岡市)
HAKKOtrip2024 ~Hakko×Local×Science~
開催日
2024年10月13日(日)10:00〜15:00
会場
宮内・摂田屋エリア
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