子どもの笑顔を蘇らせる「おもちゃの病院」の名医たち
子どもの大事なおもちゃが壊れてしまったとき、自力で修理を試みても直せないとき、そんなとき、頼りになる存在があるのをご存じですか? その名も、日本おもちゃ病院協会。「壊れたおもちゃを原則無料で修理し、新しい生命を与えることに価値を見出し、生きがいを感じる」ことをうたったボランティアグループで、1,369名(2016年3月31日現在)もの会員が活動している全国組織です。
その支部が長岡市にもあり、毎月第2金曜日に千秋の子育ての駅「てくてく」、第3土曜日には「社会福祉センター」(※現在は水道町、11月より表町に移転)で開院されています。実はこの「長岡おもちゃ病院」、なんと年間400件というおもちゃ修理を手がけながら、完治率90パーセントという凄腕の集団なのです。しかも、ほかのドクターから全幅の信頼を寄せられるおもちゃ修理の「名医」がいるとの噂を耳にし、「てくてく」を訪ねてみました。
長岡おもちゃ病院、開院のきっかけ
「長岡おもちゃ病院」は平成20年開業。長岡市社会福祉協議会のボランティアセンターの発案で、「おもちゃドクター養成講座」が開講されたことがきっかけといいます。講座では、工具・材料の選び方から、ハンダ付けやモーター修理などの実習まで行われました。このときの第一回受講生のうち、勤めを退職した60代前後の有志30名が中心となり、「子どもたちに、ものを大切にするこころを持ってもらうこと」を趣旨に立ち上げたのが「長岡おもちゃ病院」。養成講座はその後2回開かれ、新しいドクターも増えていきました。
当初は月に一回、水道町の「社会福祉センター」で修理を受け付けていたのですが、平成24年9月に「てくてく」の「子育てフェスタ」イベントに参加したところ、大好評。以後、定期的に「てくてく」でも受け付けるようになり、小さな子どもを持つ親たちに認知が広がりました。来院する患者(おもちゃ)の数は年々増えていったのです。
抜群のチームワークで完治率を上げる
最初は修理に持ち込まれたおもちゃがなかなか難しい構造で直せないこともありました。しかし、そこは強者ぞろいの集団。一人で抱え込まずにみんなの知恵を借りるのがここでは当たり前なのです。わからないときは誰かに「おい、助けてくれ」「どうしたらいい?」と聞き、誰かが「ああ、それやったことある」と返す。そのやりとりを繰り返し、年々ドクターたちは経験を積み、互いの知識と技術を共有し合い、腕前を上げていきます。そうして、今では完治率はなんと90パーセントに! 電子部品の基盤に使われているIC(集積回路)が壊れてしまったようなケースを除けば、ほぼ直して持ち主に返せるようになったのです。
それでも、替えのきかない部品が修復できないほど破損していたり、すり減っていたりすることはあります。通常なら依頼者に理由を話してお返しするところですが、長岡おもちゃ病院には、なんと、新たな部品をイチから作れる、漫画『ブラック・ジャック』もびっくりの名医がいるのです。
壊れた部品を新たに作りだす“神の手”
経験豊かなドクターたちのなかにあって、ひときわ特別な技術を持っているその人こそ、榎本清さんです。榎本さんがおもちゃ病院のことを知ったのは、図書館で借りた本「おもちゃドクター入門」(著・松尾 達也/監修・おもちゃ病院連絡協議会)がきっかけ。「これこそ私のやりたかったことだと思いました」と、榎本さんは語ります。
当時、長岡にまだおもちゃ病院はありませんでしたが、数年後、退職を2年後に控えた榎本さんにチャンスが訪れます。「会社の人が長岡でおもちゃ病院養成講座が開かれることを教えてくれたのです。急いでその日のうちに講習の申し込みをしました」。そうして養成講座の一期生となった榎本さんは、そのまま長岡おもちゃ病院の設立メンバーとなったのです。
それにしても、「部品まで作れる」というおもちゃ修理の技術は、いったいどうやって身に着けたのでしょう。
「もともと子どものころから、おもちゃがどういう仕掛けでどうやって動くのかを知るのが好きだったんです。分解するようになったのは小学校低学年あたりからかな。買ってもらったおもちゃを、中が見たくてすぐに壊して開けちゃうんですよ。それでおやじに『おまえはなんですぐ中を開けるんだ!』と怒られまして。でも、とにかく中が見たいんだもの」と笑う榎本さん。分解して、組み立てて、なかには組み立てられなかったおもちゃもあったかもね、と言います。
おもちゃ好き、仕掛け好きの熱と探求心は大人になっても冷めることはなく、鉄道模型や船の模型作りを趣味とするようになります。模型といっても、製品化されたパーツがすべてセットになっているプラモデルのようなものとは違い、車両を自作する本格的なもの。そのために揃えた工作機械や技術が、今、おもちゃの修理や部品作りにいかされていると言います。
「まるでゲームのよう」
おもちゃの仕掛けを探る喜び
榎本さんは手掛けたおもちゃの修理過程を、写真付きの詳細なカルテにして残しています。その中から、ご本人が「面白い修理だった」と語るカルテを見せていただきました。
「これは踊るペコちゃん人形の修理のレポート。足の骨が折れてしまって動かなくなった。接着しただけではまた折れてしまうので、別の材料から作り直しています」と語る榎本さん。複雑な形の部品をひとつひとつ作り上げる大変な技術で、手間暇かけて修理されているということに驚かされます。
続いて、ブリキのバイクのおもちゃを直したときのカルテ。電池ボックスの欠損、鉄板製のギアの歯欠け、嚙み合わせ部品の摩耗、といった数多くの故障の原因と修復過程、自筆のギヤのイラスト、自宅の旋盤で型から材料を作り出している様子などが克明に記されています。「これは走って、人形が降りて、また乗って走る、という凝った仕組みでね。栃尾に住むおじいさんが『昔、自分が大事にしていたもので、これ治りませんか』とおもちゃ病院に持ち込んできました。非常に古いもので、傷みが激しい。修理を越えた修理でした。」
とりわけ思い入れ深い修理だった、という二つのカルテを振り返りながら、「昔から大事にされていたおもちゃを直すのが嬉しいですね。お返ししたとき、本当に喜んでもらえます。お母さんからもらったおもちゃを、娘が自分の子に渡したいから、とおもちゃ病院に持ち込んできたこともあります。三代続けて愛されるおもちゃの修理なんて、やりがいがあります」と語る榎本さん。
おもちゃを直す仕事は忙しくても全然大変ではない、むしろ楽しい、と言ったあと、「それからね、いわゆる自己満足かもしれませんけれど。例えばラジコンカーが動かない、きっとどこかの部品がおかしい、で、どこの部品が悪いかを追究する。これ、ゲームの犯人捜しと同じなんです。どの部品が犯人なのかを探し当てるこの過程がけっこう楽しいんですよね。」
そう笑う榎本さんの目は、きっと好奇心に満ちた子どものころと全く変わっていないのでしょう。
好奇心と情熱が支える
おもちゃ修理のボランティア
現在、おもちゃドクターの人数は女性3人を含む29人。多くは仕事を退職した60・70代の方々ですが、なかには仕事をつづけながらドクターをされている方もいます。
おもちゃドクターになるにはドクター養成講座を受けるのが早道ですが、受講していなくても、電気関係に詳しい人やおもちゃを直すのが好きな人、街の子どものために何かしたいという気持ちがある人、好奇心と情熱をもって続けられる人であれば、誰でもおもちゃドクターになる資格があるのです。
預かったおもちゃの中でその場で直せないものは、自宅に持ち帰って修理することもあります。無料のボランティアということもあり、この仕事が好きだという気持ちがなければ続けられることではありません。つまり、それだけ情熱を持って「みんなの笑顔を作っていきたい」と考える人たちの集まりなのです。そんな魅力的な人生の先輩たちがいるからこそ、若いお母さんたちも続々と大切な品物を持って訪れるのかもしれません。
動かなくなったけれど、どうしても捨てられない大切なおもちゃがある方は、一度、長岡おもちゃ病院の、笑顔の素敵な凄腕ドクターたちに、宝物を託しに行ってみてはいかがでしょう。
長岡おもちゃ病院 「てくてく病棟」
[場所] 子育ての駅てくてく 長岡市千秋1丁目99番地6
[日時] 毎月第2金曜日 10:00~14:00◆
長岡おもちゃ病院
[場所] 社会福祉センター(※) 長岡市水道町3丁目5番30号
※2016年11月より、大手通表町2丁目「ながおか町口御門」内、新社会福祉センターに移転
[日時] 毎月第3土曜日 10:00~15:00◆
2016年9月11日(日)、「子育ての駅てくてく」で開催される「第16回 子育てフェスティバル2016」でも長岡おもちゃ病院が開設されます(開院時間9:45~12:30)
[問い合わせ] 長岡市おもちゃ病院事務局 090-2167-1323(小林)