「地元の、日常の食」こそ世界に誇る文化。SUZUオーナー鈴木将さんが語る「地域」と「食」の未来像

長岡市と新潟市で12店舗を展開する「食」のプロデュース企業、SUZU GROUP(スズグループ)。居酒屋やカフェといった飲食店経営のみならず、食にまつわるセレクトショップや宿泊施設も運営するなど、「地元の食」にこだわりながら多角的な経営を行う、元気な会社です。
そんなSUZU GROUPの一番新しい店舗は、天然酵母のパンと発酵調味料を扱うベーカリー&レストラン「WILLOW HOUSE(ウィロウハウス)」。発酵・醸造蔵が集まる長岡市の摂田屋地区に立地したこのお店で、地域の食文化である「発酵」を体験してもらいたいというのが、SUZU GROUPの経営者であり、シェフでもある鈴木将さんの考えです。
鈴木さんのポリシーは、地域の食文化を紐解き、磨くこと。それによって「この土地でしかできない表現」ができ、さらには世界でも戦っていけるのだと言います。「地域の食」がもつ魅力や可能性とは。鈴木さんの飲食店ビジネスの考え方とは。WILLOW HOUSEでお話をお聞きしました。
雪国の食文化が育んできた
発酵の「複雑な味わい」
日本酒、味噌、醤油といった発酵・醸造蔵が集積する長岡市・摂田屋地区。鈴木さんがここにお店を開いたのは初めてではありません。2020年には、古い蔵を改装した地域の交流拠点「摂田屋6番街 発酵ミュージアム・米蔵」のなかに「おむすびと汁と茶 6SUBI(むすび)」を出店しています。
「摂田屋は発酵・醸造蔵や歴史的建造物を『見に行く』場所でしたが、飲食店が入ることでその土地でつくられているものを実際に『食べる』場所になったらいいなと思って。6SUBIは摂田屋でつくられた食材や発酵食品を使った料理を提供し、近隣の蔵を紹介するなど、地域の産業をつなぐ役割を担っています」(鈴木さん)
一方で、2024年12月に開店したWILLOW HOUSEは「お店で研究を重ねて生み出した、オリジナルの発酵食品を体験してもらう場」。目玉のひとつは天然酵母のパンで、フルーツや米麹から起こした酵母でパンを作っています。



もうひとつは、お店でつくるユニークな発酵調味料。もともとSUZU GROUPのお店では農家さんから直接仕入れた食材、特にはねもの(規格に合わず、出荷しにくい野菜や果物)を使ってジャムやドリンクシロップなどを作ってきましたが、WILLOW HOUSEでは、それを酵母や麹で発酵させています。「もともと自分で発酵を学んで実験していくなかで、いろんな調味料をつくれると気づいて」と、鈴木さん。
例えば、最近仕込んだのは、細かく刻んだはねもののすだちを塩と麹と合わせて発酵させた調味料。ほかにも、フルーツの酵母で発酵させたドリンクシロップ、新潟名産の洋梨ル レクチエの塩麹、トマトの麹、玉ねぎの麹など、色々な食材で試しているそうです。発酵は、料理にどんな味わいをもたらすのでしょうか。
「発酵させると微生物の活動によってゆっくりと味が変化し、『複雑な味わい』になるんです。また、麹や酵母がでんぷんや糖を分解すると、酸や旨みが生まれて、独特な香りがすることも。そういった複雑な風味は『調理技術では出せない味』なんです」

そもそも、発酵は日本人の暮らしに密接に存在してきたもの。味噌、醤油、酢など日本の基礎調味料は、ほとんどが発酵のはたらきによって作られます。鈴木さんは東京や大阪の飲食店で働いたあと、地元・長岡に戻ってきましたが、その際に感じたことがあったと言います。
「地元に戻って数年経ったときに、東京や関西の料理技術を追いかけるのではなく、この土地だからできる表現をしたいと思ったんです。その後、10年くらいレストランを運営する中で確信したのは、『雪国の食文化』がこのエリアの唯一無二の魅力だということ。雪国の暮らしの中で、先人たちは冬場の飢えをしのぐためにさまざまな工夫を凝らしてきましたが、その工夫はほぼすべて発酵に結びついています。発酵により、地場の食材を長期保存可能にし、美味しいものに変えていったのです」
日常の食文化がもつ
ポテンシャルに着目
そもそも鈴木さんが地元の食に着目して飲食店を経営するようになったのは、2010年以降のこと。2007年に長岡に戻ってきた直後は「県内では食べられないような全国のおいしいものを表現する」ことをコンセプトにお店を営んでいたそうですが、どんな心境の変化があったのでしょうか。
「県外から帰ってきて、田んぼや畑が広がる景色がすぐ近くにあるというのは、当たり前のことではないと気づいて。でも、こんなに近くにあるのに、食材のことをきちんと知らなかったんです。もっと勉強しなくてはと思い、市場に行ったり、田畑へ行って農家さんと話したりするようになって、長岡の食材や食文化に気づきました」

そこでわかったことは、伝統野菜や地域の食文化が消えかかっているということ。担い手不足や農地の荒廃で、そもそも地域ならではの野菜を作る人が減り、高齢化によって郷土料理を継承する人も少なくなっていたのです。
「京都の『京野菜』は、おもてなし料理の一番高いコースで使われるような高級食材ですが、こちらでは伝統野菜は市場の隅っこに置いてあるようなものになっていて。これはまずいと危機感を感じるようになり、地元の農作物を知って、食べて、楽しめる場を作っていこうと、2010年ごろから地場のものに特化していく方向に一気にシフトしていきました」
なぜ長岡の伝統野菜は、京野菜のように扱われないのか。鈴木さんいわく、京都が「おもてなしの食文化」であることに対し、長岡は「日常の食文化」だから。
「この土地の食文化は、家庭の中で食べるものとして育まれてきたので、ほとんど外の人に知られることがないような料理が多いんです。雪国は食べものが少ないからこそ、あるものを生かして、さまざまな楽しみ方をします。そして、寒仕込みや雪室保存のように、寒さを活用した独自の熟成法が、この土地ならではの味を生み出しています。まだ発掘されていない発酵の技法だってあるかもしれません。そういうものをきちんと紐解いて、みんなが楽しめる食の形として表現することができれば、このエリアは世界と戦っていけると思っているんです。今まで日の目を見てこなかったからこそおもしろいと僕は感じていて、外食という形でいろいろな表現を試みています」


この日のメニューには「里芋ショコラ」という、里芋を練り込んだチョコレートクリームを挟んだパンがありました。冬に貯蔵ができる里芋は、長岡でよく食べられる根菜です。「長岡の里芋ならではの独特な粘り気を生かしているレシピなんですよ」と鈴木さんが教えてくれました。
ほかにも印象的だったのが、郷土料理である「のっぺ」をアレンジした「のっぺグラタントースト」。「のっぺは新潟の郷土料理のなかでも特別なもの。特徴は、干し貝柱に加えて根菜などからもしっかり出汁をとるところで、その出汁が特別においしいんです。出汁の旨みをクリームソースにして、グラタンにしました」

どちらのパンも今まで食べたことのないような新しい味で、素材の魅力がしっかり感じられ、滋味に富んでいました。鈴木さんは何を大切にしてレシピを考えているのでしょう?
「食材や料理の歴史的な背景を一回噛み砕いて、レシピの骨格をわかった上で再形成するのが、僕のレシピの考え方です。ただ新しい料理を作るというよりは、この土地ならではのおいしさを感じてもらいたいと思っていて。地場の人が当たり前に地場のものを選択して食べている。しかも、色んな楽しみ方が生まれている。そんな環境を作れたら、外からくる人の目にもすごく豊かに映るのではないでしょうか。それが一次産業の支援や食文化の継承、魅力的な観光にもつながるのではないかと思っています」
「適切な値段をつける」ことが
地域や業界を健全にしていく
素材や料理の歴史をふまえてレシピを再形成するとき、その味覚はきっと現代を生きる人、つまり来てくれるお客さんに合わせてアップデートが必要なはずです。変化させるところと、守っていくところ。鈴木さんは、その塩梅をどう捉えているのでしょうか。
「レシピ、空間づくりなどすべてに言えることですが、今の人の感覚的な部分と地域の伝統的な部分をいかに融合させるかというところは大事にしています。どちらかに偏ってはだめで、骨格がありつつ、新しくておもしろいと思ってもらえないといけない。でも、今の時代は『キャッチーさ』も必要で、そこにはすごくこだわっています。たとえばWILLOW HOUSEだと、『古民家リノベーション』『天然酵母、薪窯のパン』というように、意識的にトレンドを狙っているのと同時に、この時代にとって必要だと思うことを組み合わせて考えてるんです。でも、中身はちゃんとローカルなものというのが、僕のなかではすごく大事です」

飲食店が続いていくためには、当然ですが、ビジネスとして成り立つことが必要です。間口は広く、時にはキャッチーに。そう鈴木さんが考えるのは、外食産業がもつ課題を見ているからかもしれません。
「経済的な側面だけを見た競争でコスパや効率化を追い求めた結果、働く人や労働環境など、いろんなところに負担がかかっていて、外食産業は限界に来ていると感じています。WILLOW HOUSEのパンや食事は身体に負担の少ないものを選択していて、発酵技術も使われており、味が複雑です。そして、値段も安くはありません。それでもお客さんに来ていただけているのは、少しずつそういうものが受け入れられる時代になってきたということかなと思って。値段が高くても、ちゃんといいものをつくり、いい体験をしてもらえれば、お客さんはついてきてくれるはず。その利益が働く人の待遇や労働環境にきちんと還元されれば、もっと健全な業界になると思っています。お客さんの意識を変化させつつ、外食産業を変えていきたいです」

飲食店で働く人にとっても、ただ売り上げや利益のためだけに働くのと、お客さんの体験をつくるという意識で工夫しながら働くのでは、やりがいも変わってくるかもしれません。
「一緒に働いてくれている人たちは、お金のための仕事というより『やる価値のある仕事』というところに共感してくれているような気がします。特に若い人は、地域のことや、サステナブルなことに関心が高い。社会課題をビジネスを通して解決できる形をつくっていくべきだと思いますし、AIの時代になって仕事のありようも変わるなか、『人が働く価値のある仕事』をいかにつくっていけるかが、これから重要になると思っています」

外食産業や一次産業、そして働く人が健やかであること。そのために適切な価格設定をするということは、とても重要です。値付けは勇気のいることかもしれませんが、自信をもって値付けをするにはどうすればよいのでしょう?
鈴木さんは「絶対に誰も真似できないものをつくる」ことだと言います。たとえば、発酵の技術を用いて、今まで食べたことのないような複雑な味を生み出すこと。また、スタッフなどの働く人がただ食事を提供するのではなく、コミュニケーションや場づくりを通して「体験価値」をつくっているという意識を持つこと。信念を持ってオリジナリティを追求し、その価値をお客さんに届く言葉で伝えることができれば、ほかと比べようのないものになっていくのでしょう。
日常に眠る価値を見出し、
豊かな地域循環をつくる
鈴木さんが今新しく取り組んでいることは、味噌蔵のリブランディングです。2024年11月には、長岡市三島にある味噌蔵「柳醸造」の全事業を譲り受けました。柳醸造は、明治時代に創業した老舗の味噌蔵で、造りが難しいとされる玄米みそを先駆けてつくり始めました。SUZU GROUPでは「玄米味噌」を飲食店の料理に取り入れてきた経緯があり、「伝統ある味噌蔵をなんとか残したかった」と鈴木さんは言います。
「ひとつの味噌蔵がなくなることで、失われるものは大きいです。発酵という観点から言うと、味噌蔵がなくなるというのは、そこに棲みついている菌がいなくなってしまうということ。同じ味の味噌は二度とつくれず、ひとつの『ふるさとの味』が消えてしまいます。味噌などの発酵調味料は身近であるからこそ、無関心になりがちです。お客さんと直接つながっている飲食店が味噌屋を営むことで、歴史ある蔵が地域にあることの認知を促し、大切にしたいという思いを育んでいけたらと思っています」

今後は、昭和の時代に拡大した大量生産路線の商品はつくらず、「玄米味噌」を含めた国産・県内産の原材料を使った味噌づくりを基本に、熟成期間の長い味噌、天然醸造の味噌などに挑戦して「地域の小さな味噌蔵だからこそできる表現をしたい」と鈴木さんは言います。
飲食店の経営も、味噌蔵の経営も、地域特有の食の魅力を伝えるというところでは共通しています。さらに、その延長線上にあるのは、ツーリズムだと鈴木さんは言います。SUZU GROUPは2022年に長岡市内で一棟貸切の宿「HAKKO HOUSE」をオープンしました。
HAKKO HOUSEでは、地域の食材やユニークな発酵を使ったディナーを楽しめ、さらに産地や発酵醸造蔵など、地域の食を担う生産者を訪れる体験ができます。一人あたり一泊およそ8万円〜(ディナーやガイドを含める場合)という価格帯で、毎日のように予約が入るというわけではないそうですが、世界各国から発酵に興味のある人が宿泊しています。
「地域の食材や食文化の価値を感じてもらうためには、飲食に限らず『もっと伝えられる方法があるよな』と課題に感じていて。たとえば、自分が産地を訪れた時の感動は、きっとお客さんも喜んでくれる価値あるもののはず。ヨーロッパのオーベルジュ(フランス語で「宿」や「旅館」の意。それが転じてレストランを併設した宿泊施設を指すことが多い)は、産地を目の前にしながらそこで生まれたワインを飲み、料理を楽しみます。新潟もその切り口なら、ツーリズムの可能性がすごくあるのではないかと。豊かな日常の食をうまく編集してパッケージにできれば、地域の産品に光があたり、外から来る人にも満足してもらえるいい循環が生まれるはずです」
つい先日は、韓国からお客さんが来て、鈴木さんが自ら料理をつくり、長岡市内の醸造蔵などを案内して、地域の食文化を伝えたそうです。ちょうど柳醸造で味噌用麹の仕込みが行われているタイミングで、ゲストと一緒に麹を仕込みました。
「麹の仕込みは、地元の生活の中ではいわば日常の作業。それが海外の人に喜んでもらえて、地元の人に『日常の作業が誰かにとっては価値ある体験になるんだ』と気づいてもらえたのではないかと思っています。海外の人の視点が入ることで、僕らも、受け入れた事業者も、地域の食や産業に自信をもてるんです。地元の人たちに土地の価値を再認識してもらって、『シビックプライド』が生まれていくといいなと思います」

身近なものの価値に気づくこと。その本質は「視点を変える」ことだと鈴木さんは言います。
「地域外の人にも地域の価値を伝えて、ビジネスを成り立たすということも必要です。地域にあるものが視点を変えれば価値になるということに、地元の人自身が気づき、自らビジネスをつくれるようになることで、地域資源が残っていく。事業者だけでなく、普通に生活している人たちも、地域への見方を変えて、地域がよくなることを意識して生活したり、選択したりすれば、大きな経済成長ではないかもしれないけれど、地域の魅力を残しながら豊かな生活ができるのではないかと思っていて。僕は豊かな地域循環をつくっていきたいんです」
ここで鈴木さんが言う「視点を変える」というのは、奇抜なアイディアで新しいものを生み出すこととは少し異なります。みんなが目の前のことだけでなく、地域や社会の中でそれがどのように存在しているのかという俯瞰的な視野で物事を見る意識を少しずつつけること。例えば、飲食店と農業を分けて考えるのではなく、「食全体」で考える、といったことです。
「飲食店は飲食、一次産業は一次産業、と世界をわけて考えるのではなく、食全体で考えたら、お互いの困りごとを組み合わせて逆に価値にすることができたり、マイナスをプラスに変えられたりします。例えば、作物のリアルな旬と市場で高値で取り引きされる時期がずれていたりするところを、シェフたちが理解して素材を活かした調理をすることができればいい。こんなふうにちょっとしたパズルの組み合わせで地域の循環はつくっていけるし、そういう事業者がもっと増えていくといいんです」
鈴木さんが一貫してやってきたことは、地域のなかで埋もれているもののよさに気づき、視点を変えてビジネスとして成り立つ方法を生み出すこと。そして、事業者として、きちんと儲かるビジネスになると証明し、新しい地域経済やマーケットを切り開いてきたのではないでしょうか。止まらない鈴木さんのアイディアの数々と行動力に刺激を受けている人はきっとたくさんいるはず。鈴木さんの背中を見て、これからもさまざまな人の「視点」が変わり、地域にいい循環が生まれていくはずです。
Text & Photo: 橋本安奈
「柳醸造」に味噌ミュージアムをつくるためのクラウドファンディングへの挑戦が始まります。プロジェクト詳細は6月下旬に公開予定。どうぞ続報をお待ちください。