「発酵・醸造のまち」の知見がこの先の社会をリードする⁉︎「長岡バイオエコノミー・シンポジウム2022」報告

2022年2月24日、新潟県長岡市のアオーレ長岡にて「バイオエコノミー・シンポジウム2022」が開催されました。バイオエコノミーとは、再生可能な生物資源(バイオマス)やバイオテクノロジーを活用しながら、経済成長を目指す考え方のことです。現在、エネルギー源として大量に使われている石油や石炭は限りある化石資源であり、使い続ければいずれは枯渇するものです。また、こうした化石資源を燃焼することで発生する二酸化炭素は温室効果ガスの濃度を上昇させ、地球温暖化の原因ともなっています。生物資源を利用したバイオマスエネルギーは二酸化炭素の発生が比較的少ないことから化石資源の代替として、そして温室効果ガス削減の可能性のひとつとして、世界中で注目されています。

長岡市は「バイオコミュニティ未来創造都市ながおか」として、バイオを用いて持続可能な循環型社会を作り上げ、発信しようとしています。長岡でバイオエコノミー・シンポジウムが開催されるのは、2年ぶり2度目。前回に引き続き、多くの大学や高専の教授、研究員、企業から、現地の参加者は100人ほど、オンラインでは日本全国から363アカウントの参加がありました。今回は、バイオエコノミーの世界の潮流を伝える五十嵐圭日子教授と、バイオエコノミーの可能性についての佐伯耕三氏の基調講演をメインに、海外における農業分野でのバイオ事業の取り組みや、長岡市でのバイオ排水処理実証実験の取り組み事例、市内の大学、企業が取り組むバイオエコノミー事例の数々が紹介されました。その講演内容の一部を紹介しながら、学びに満ちたシンポジウムの様子をリポートします。

バイオコミュニティ 未来創造都市ながおか

 

洗米水から出る廃棄物が
バイオの力で堆肥に変わる!

シンポジウムは、長岡市の企業によるバイオエコノミーへの取り組みの紹介からスタート。培養土メーカー株式会社ホーネンアグリの小林ひかり氏からは、未利用資源を微生物の力で発酵させる土づくり、緑のリサイクルシステムへの取り組みが発表されました。また、柏露酒造、みそ蔵のたちばな本舗、水耕栽培など環境負荷を減らす農業技術に取り組むプラントフォーム、県醤油協業組合による共同プロジェクト「越後ど発酵」の遠﨑英史氏からは長岡の発酵の歴史を生かして食品ロスをなくしていこうとする試みとして、柏露酒造から大量に出る酒粕と、プラントフォームのレタスを利用した漬物の商品化についての発表がなされました。

ホーネンアグリ代表取締役小林ひかり氏による発表「有機資源と微生物活用の取り組み」

 

長岡市に本社を構える発酵とバイオの技術を持つ四社が共同で行う「越後ど発酵」の発表を行うプラントフォーム営業本部長遠﨑英史氏。

 

長岡技術科学大学大学院教授の小笠原渉氏によるN.CYCLE エヌサイクルプロジェクトの発表。

「な!ナガオカ」の発酵関連記事でもおなじみ長岡技術科学大学の小笠原渉教授からは、市内企業と大学が共同で行う米どころ・長岡の新しい資源サイクル「N.CYCLE エヌサイクルプロジェクト」が発表されました。エヌサイクルプロジェクトは岩塚製菓、長岡技術科学大学、ホーネンアグリ、JA越後ながおか、運営コーディネートNEOSによる共同プロジェクトです。

米菓を作る課程では、高濃度の洗米水が出ます。これを廃棄するにあたり、沈殿させて固める処理をしなければならないのですが、これまでは化学薬品でその処理がなされていました。しかし、酵母の力を用いた「微生物凝集」という処理を行うことで、ケミカルなものを含まない有用微生物発酵液として活用可能になります。ここから堆肥を製造し、化学肥料をなるべく使わない米栽培へとつなげていこうという、米をキーワードにした資源循環の取り組みなのです。

エヌサイクルの「エヌ」は、長岡の頭文字「N」からとられています。長岡の米、土、水、微生物を、各分野のエキスパートが手を結ぶことで資源循環させていこうとする、実に期待の高まる発表でした。

開会後、主催者として登壇したのは長岡市の磯田達伸市長です。

長岡バイオエコノミーコンソーシアム会長 長岡市長 磯田達伸氏

「長岡は日本でも有数の豪雪地帯です。その雪が大地をうるおわせていることを私たちは忘れてはいません。またこの気候ゆえに、長岡は醸造が盛んに行われ、微生物利用の文化が発達してきました」と、長岡の風土と醸造の歴史に触れた磯田市長。大量消費社会から持続可能な循環型社会にシフトしようとしている今、微生物を利用し、発酵関連技術を磨くことですべての消費者が納得できるグローバルな商品が生まれていくのではないか、という考えを語りました。

さらに、内閣府が公募した『地域バイオコミュニティ』の全国4自治体の一つに長岡市が認定されたことを受け、「長岡市は自然と風土を生かし、研究協力機関と手をとり、スローライフ的な循環社会の、持続可能なまちづくりを目指したい。長岡をバイオの実験、実証フィールドとして使っていただきたい。日本海側全体のバイオの拠点を目指していきたいと思います」と、長岡をバイオのまちとして発展させる未来図が語られました。

生物圏に負荷をかけない経済活動
世界が目指すバイオエコノミーとは

ここ数年、猛暑に災害クラスの大雨、冬の豪雪と異常気象が続いています。そうした気候変動が地球規模で起こっていること、化石資源の利用の限界、その対策としてバイオエコノミーが重要な役割を果たすことを伝えたのが、東京大学大学院農学生命科学研究科の五十嵐 圭日子(いがらし きよひこ)教授による基調講演でした。

講師:東京大学大学院農学生命科学研究科 教授 五十嵐 圭日子氏による基調講演の様子

「非常に暑い夏、非常に寒い冬がくるような気候変動が起きて、その揺らぎが地球環境を振り回しているうちに、気候が崩壊する。CO2濃度と気温には相互関係があり、現在はすでに人類が経験したことのないCO2濃度になっており、今後、どのような気候になるのかわかりません。

北極点の気温は2018年2月25日に、通常よりも28度高い10℃にまで上昇しました。もう温暖化は起こっています。日本の年間気温は確実に上がってきており、京都における桜の満開日が平安時代の記録では4月10日から18日だったのが、去年は3月26日に開花しています。自然はすでに温暖化がここまで進んでいるよ、ということを示している。それなのに、私たちはいつまでも今までの生活を続けようとしています。

2016年に発行されたパリ協定により、世界各国で低炭素化の政策が進められています。このまま何もしないとどうなるでしょう。2100年には、北極の気温は12℃以上上がる可能性があります。北極周辺の氷が溶け出せば、海岸線の形も変わってきます。これを次の世代に持ち越してはいけないということを、どう自分ごとにできるか」

気候変動が遠い世界の話ではなく、自分の生活と直結していることなのだと訴えかけたうえで、五十嵐教授はバイオエコノミーが重要なカギになってくると語ります。

「今までの生活を維持しながら、気候変動と戦うにあたり、バイオエコノミーが重要になってくる。バイオエコノミーは生物圏に優しい、負荷をかけない経済活動です。世界の国々が自分たちの得意分野で、戦略を出してきています。これからはそうした取り組みをデザインする人がどれだけ出てくるかが大事です。

例えば、日常のものをすべてバイオで作ろうという動きが加速してきています。バイオ由来のものを作り、コンペで勝ち上がってきた者がベンチャーになってきています。フィンランドでは、すべての素材を微生物で作ったヘッドホンを開発するプロジェクトが進められています。きのこの菌糸やカビの菌糸、蜘蛛の糸などを使って、レザーや耳あてのスポンジなどが作られています」

これまでプラスチックなど、石油由来の化学素材で作られていたものが、こんなにも生物由来の原料で作れるとは。驚きの実例とともに、すべてのものが土に還る製品を実現し、考えていこうというメッセージが紹介されました。

最後に、今、欧州圏を中心に議論されている「サーキュラーエコノミー(循環型経済)」と「バイオエコノミー」を合わせた「サーキュラーバイオエコノミー」の考え方が紹介されました。バイオプロダクトと、社会のつながり、人間の健康とのつながり、ローカルの関わり方、二酸化炭素を減らすためにどのような生き方をしていくかが、今後いっそう大事になってきます。そして、その担い手である若い人にいかに取り組んでもらうか……という課題にも言及しつつ、バイオ研究の拠点としての長岡市の協力に期待をかける言葉で、五十嵐教授の講演はしめられました。

続く基調講演では、経済産業省の佐伯耕三(さいき こうぞう)氏が登壇。

『バイオテクノロジーの新展開~合成生物学がもたらす新たな産業革命~』と題して、新型コロナウイルスのワクチン開発・生産体制の現状や、生産体制強化のための整備事業、バイオ医薬品におけるビジネスモデルの展開、日本の企業のバイオ事業の取り組みの数々が紹介されました。

「バイオこそ、デジタルの次の革新技術。社会全体を変革しうる力を持っている」と世界がバイオ分野に期待を寄せていることを熱く語る講演でした。

経済産業省 商務情報政策局 商務・サービスグループ生物化学産業課長 佐伯耕三氏による基調講演

 

微生物の力を生かして土壌を改良

事例紹介では、第一回のバイオエコノミー・シンポジウムに続き、今回も国内外でバイオエコノミー事業を展開する「ちとせグループ」の最新の活動状況が語られました。「千年先まで続く持続可能な農業を世界に拡げる『千年農業』」をテーマに登壇したのは、ちとせグループの小池亮介氏です。

ちとせグループ Executive Officerの小池亮介氏

微生物、細胞、菌類、菌叢など小さな生き物の力を最大限に発揮して、化石資源中心の消費型社会から、バイオマス資源を基本とした循環型社会に変えることで、千年先まで人類が豊かに暮らせる環境を残すための活動をしているちとせグループ。同グループが持続可能な農業のキモとして位置づけているのは、土壌への取り組みでした。今日の発表では、ちとせグループがマレーシアで、土着の微生物と有機物を活用することで痩せていた土地を豊かにするという流れを構築するプロジェクトに取り組んだ経験を紹介。化学薬品を使うことなく土から豊かにしていくことで無理なく持続可能な農業を浸透させただけでなく、その栽培ストーリーをシンガポールやマレーシアの消費者に適切に届けることで、ちとせの野菜は現地で「高品質ないい野菜」と認知されるブランドになったといいます。

ちとせグループは、日本でも『健全な土壌から健全な作物を』をコンセプトにした「千年農業」の取り組みを広げていこうとしています。土壌に着目し、生態系を守ることに注力して高品質な作物を継続的に作り続ける農業によって、農業全体のマーケットを大きくするという目標を掲げています。

「農業というのは、作物を育てるだけではなく、その作物を取り巻く環境や生態系をどう維持していくか、ということだと思っています。これを維持する農家さんの絶え間ない努力がきちんと対価という形で評価されれば持続可能な農業が広がっていくと考えています。我々は長岡市の協力も得ながら、作物を取り巻く生態系が維持されているか、土壌が生きているかどうかを動的に測定する仕組みを構築しております。バイオの視点から農地の健全性を見える化することでブランディングをしていこうと考えています」

その取り組みの一環として、長岡市のブランド米「金匠米」と、ちとせの「千年農業」ブランドのコラボレーションが進行中。長岡市主催の品評会を勝ち抜いた生産者である「金匠農家」で土壌の生物性に焦点を当てた土壌環境調査を実施したところ、すべての田んぼで生態系を豊かに維持できる環境が整っていたとして、お米に「千年農業」認定マークを付与しました。この商品は、持続可能な農業を応援する取り組みをPRしたい都内百貨店や高級スーパーに高い評価を得ているそうです。

微生物を排除するものではなくともに生きていく存在としてとらえる醸造文化を生んだ日本の風土が、土壌を作り、守ることで持続可能な農業を行うという、これからの世界に必要な農業観の転換をリードする可能性を秘めている。そんな力強いメッセージを、小池氏は送ったのでした。

全国有数の「発酵発電」施設で
存在感を放つ長岡市

続く事例紹介では、国立研究開発法人産業技術総合研究所の田村具博氏から「長岡市でのバイオ廃水処理実験試験の取り組み」が発表されました。

国立研究開発法人産業技術総合研究所 生命工学領域長・田村具博氏による「長岡市でのバイオ廃水処理実験試験の取り組み」

食資源の生産・加工・流通・消費の工程では、有機物を含んだ有機性廃水・廃棄物が生じます。これらは有機物の濃度も高く、汚泥が発生し、その処理も必要で、電力も消費量が多いため、処理にかかるコストは膨大になってしまいます。そこで、産業廃水処理のコストを低減するための技術を高めようということで始まったのが、この研究。

有機性廃水を浄化する装置にはいくつかの種類がありますが、基本的には廃水の中にいる微生物に空気を送り、有機物の分解に酸素を必要とする微生物が活性化しやすい条件にしつつ攪拌し、沈殿槽で沈殿させたり、あるいは膜でろ過したうえで処理をし、河川や海に排出する方法がとられています。しかし、電力コストが高くつくことや、微生物の活性が今ひとつだったりと、突発的に処理が不調になることがあるという問題もあります。

それを解決するため、2020年12月から2021年11月にかけて、生ごみや汚水の処置を行う長岡市環境衛生センターにバイオ廃水処理試験装置を設置し、実証実験が行われました。環境衛生センターの施設の一つである生ごみバイオガス発電センターのメタン発酵槽から生じる廃液から様々なデータを採取し、廃液の処理効率向上や、廃水から他の有価物への再変換へとつながる様々なデータが収集されました。この実験を経て、廃水処理装置がどのような条件で最も有効に稼働することができるかを見出すことができるのです。

「長岡市は全国でも非常に珍しく、生ごみだけを回収してそれを発酵させて発電させるという発酵施設をお持ちの自治体です。なかなか実証テストをさせてくれるところが見つからなかった私たちは、本当にありがたかったと思っています」と、研究所ではかなわなかった規模の実証実験が実現したことの感謝が述べられました。

株式会社INDEE Japan代表取締役マネージングディレクター 津嶋辰郎氏によるゲストトーク

シンポジウムの最後は、新規事業を支援するコンサルティング会社INDEE Japan津嶋辰郎氏によるゲストトーク。「新たな産業を生み出すための生態系のデザイン」と題して、持続可能性という切り口で地方がどう取り組んでいくべきかという視点でのトークがなされました。重要なのはどういう循環を回し続ければ、地域はどうなるのかというビジョンを打ち立てること。また、行政や産業界には、未来のサイクルを作るために、事業のはずみ車となるような助成金や投資が期待されることなどが語られました。

「バイオのまち」定着を目指して
会場外ではポスターセッションも

この日はシンポジウムの会場外でもイベントが開催され、ポスターセッションや、『第5回「発酵を科学する」アイディア・コンテスト(主催:長岡技術科学大学・発酵を科学する事務局)』の表彰式が行われました。

ポスターセッションでは長岡の企業や団体による微生物を利用した取り組みや、発酵技術を生かした商品開発、地球温暖化にまつわる問題とその解決方法の提案、循環型社会への取り組み事例などが紹介されました。

長岡の12の企業や団体のバイオエコノミーにつながる発表が掲示されたポスターセッション。

 

日本を代表する企業の数々が協賛に名を連ね、次世代の微生物研究を牽引する人材を育て、応援するコンテストに育ちつつある。

 

審査員の長岡技術科学大学・小笠原渉教授。

 

新潟県立海洋高等学校による事例発表「越後Wineヒラメ」の開発プロジェクト2020-2021~海洋高校産ヒラメのブランド化を目指して~

全国の高専生から『微生物の力を使ったお弁当』のアイディア動画を募集した第5回「発酵を科学する」アイディア・コンテスト。「発酵」「腐らせない」「サイエンス」をキーワードに微生物の力を用い、発酵の可能性を開くアイディアが寄せられました。当日は事例紹介や応募アイディア動画の紹介、受賞チームへの表彰式が行われました。

今回のシンポジウムでは、地球温暖化や化石資源の枯渇が身近な問題として身に迫るなか、微生物を利用した技術がその先の未来を示す可能性の広さに驚かされました。循環型社会を実現するために、産官学でこの問題に力を入れて対応する必要を感じ、また多くの地元企業・団体がそのための一歩を踏み出していることを知ることができたのも大きな収穫でした。発酵と醸造の文化が根づき、自然が身近な風土のなかで農作物を育ててきた長岡市ならではの取り組みが循環型社会につながる、バイオのまちとしての未来におおいに期待したいものです。

 

文・河内千春 写真・池戸煕邦/河内千春

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