心意気は“常在戦場”!? ブシロード取締役が語る「企業の心得」を魂に刻む
2018年3月、新潟県長岡市の複合施設「アオーレ長岡」で、長岡市と長岡技術科学大学、そしてカードゲームなどを展開するブシロードの共催によって、異色のイベントが開催された。
その正式名称は、「長岡技科大×ブシロード×新日本プロレス×長岡市 ― これからの常在戦場と米百俵 ―」。
タイトルだけではいったいどのようなイベントなのか、想像もつかない。
<常在戦場>とは、「いつでも戦場に在ると心得よ」との意味をもつ、旧長岡藩の藩是(藩の方針・指針となる思想)。長岡市出身で旧日本海軍の山本五十六連合艦隊司令長官が直筆で書をしたためるなど、大切にしていたことでも知られる。
<米百俵の精神>は、「現在辛抱し、努力することが未来の利益につながる」という、教育にまつわる逸話だ。小泉純一郎元首相が取り上げたことでも知られるが、明治初期にこれを提唱した小林虎三郎(長岡藩大参事)は、前出の<常在戦場>も心に留めていたとされる。
国会議員や経営者も時折引き合いに出す、いずれも長岡に深く根付いた思想のひとつだ。
これらの言葉の意味を把握すればなんとなくわかることと思うが、このイベントは、これからの長岡を担っていく若者たちに向けたもの。株式会社ブシロード、長岡技術科学大学、新日本プロレスリング、長岡市の共催により、社会の最前線でコンテンツやサービス、または様々な価値を生み出している人々の話を聞くシンポジウムなのだ。
登壇者の中心にいるのは、木谷高明(きだにたかあき)氏。カードゲームプロデュース、様々なコンテンツビジネスなど、多岐にわたってコンテンツ産業の最前線を走る株式会社ブシロードの取締役だ。
今回のイベントは、ベンチャービジネスの支援プロジェクトをいくつも立ち上げている長岡技術科学大学(以下、長岡技大)から講演の依頼を受けたことがきっかけだったという。
もともと、アオーレ長岡ではブシロードのグループ企業である新日本プロレスの決勝戦が開催される予定だった。ならばと、一緒にブシロードが関連する様々なイベントを同時開催しようということになったという(イベント内容については後述)。
開催に合わせ、ベンチャービジネス支援を打ち出している長岡技術科学大学のほか、長岡造形大学、自社や取引先のパンフレット、出版物などにマンガ・アニメを活用する試みを展開している大光銀行からそれぞれトップを招き、討論会も企画された。
当記事では、この討論会を中心に、イベントの模様をお伝えする。
「一見関係のないもの同士」の摩擦から新しいものが生まれる
討論会のテーマは「変える長岡 起業の魅力」。
長岡市は「長岡版イノベーション」と題して、新旧を問わず様々な技術を活かし、産業を活性化させ、若者が希望を持って働ける場を作り出すことを掲げている。
それを踏まえ、この日のトークは、おもに起業を志す若者たちが今後、社会に出ていくにあたってどのような志を持って生きていけばよいのか——というテーマに沿って進められた。
「会社を興そう!ということの前に、まずは志が大事なのではないか」との進行役・松田氏の問題提起から、各者は学生時代にどのような体験をしてきたのか?という
話題は、木谷氏の米国旅行の話題からスタートした。
「大学卒業後、山一證券(当時)に勤務していた26歳の頃、はじめての海外旅行で米国・ボストンを訪れました。車を走らせていると、郊外に延びるハイウェイに沿って立ち並ぶ、小さな建物が目に入ってきたんです。
「あれはなんだ?と聞いたら、全部ベンチャービジネスを立ち上げた会社だっていうんです。当時の日本には『ベンチャー』なんて言葉はなかった。調べていくうちに、これは面白いと思うようになったんです」(木谷氏)
このアメリカ旅行がきかっけとなり、その後、北米のベンチャー企業約20数社を訪問し、ベンチャービジネスの現場を見て回ることになった木谷氏。このことが、その後の起業につながったのだという。
「動機なんて、はっきり言ってどうでもいい。思いがけないことから始まって、それがまったく違うことにつながっていくのって面白いよなと」(木谷氏)
長岡技術科学大学学長の東信彦氏は第30・36次日本南極地域観測隊に参加したという経歴をもつ。南極大陸の奥地にある観測隊基地「ドームふじ」での氷床ドーム深層掘削計画に触れ、「挑戦の大切さ」を話した。
「冬はマイナス80度にもなる場所で、こういうところで果たして生きていけるのかという不安のなかでプロジェクトを遂行しました。誰も行ったことのない場所へ行き、やったことのないことをやる。そういう挑戦を、ぜひ若い人にはやってほしいなと今でも思っています」
また、長岡技術科学大学には約300名もの外国人留学生が在籍していることも紹介し、「学外でいろいろな体験をすることの経験」が大事であるとも語っていた。
長岡造形大学学長の和田裕氏は、いすゞ自動車で21年にわたってデザインを担当。勤務当時、同社は世界最大規模の自動車メーカーである米GM(ゼネラルモーターズ)と提携。それによって触れる機会のあった、当時最先端のカーデザインの技術に触れた経験について語った。
「大学時代はそれなりに成績が良くて、ある程度自信を持っていたのですが、入社後、アメリカの技術を実際に目にして衝撃を受けまして。スケッチと言って、車のデザインをするにあたって最初、絵を描くんですね。そのスケッチからしてまず違う。描き方のみならず素材から何からまったく違うんです。若者だった当時の私は、大変な衝撃を受けました」と和田氏。
その後3、4年後に今度はGMの本社に行く機会があったという。
「私は『自分はカーデザイナーである』と自己紹介をしました。そうしたら彼らは『デザイナーってなんだ?』というんです。彼らは『我々はカースタイリストだ』というんですね。さらに『我々は「ギフテッド」なのだ』、つまり神から力を与えられた特別な者たちだというのです。そして、彼らは高収入で、厚遇されている。そういう環境から、時代をリードする人材が育っていくのだと思いました」と続けた。
大光銀行頭取、古出哲彦氏。大光銀行は2017年9月に日本アニメ・マンガ専門学校と包括連携協定を締結。同行の行員向け教材などにアニメ・マンガを使用するほか、取引先にもその活用方法を提供することで、わかりやすい情報伝達を目指すとしている。
「アニメ・マンガには人を惹きつける魅力がある。アニメ・マンガを使うことで、情報がより伝わりやすくなると思います。新潟県は非常にアニメ・マンガの盛んな土地。結果として将来クリエイターを目指す若者たちへの支援にもつながると思います」(古出氏)
起業のきっかけを見つける「場」を長岡に増やす
「最先端の技術を使ってビジネスを生み出していこうということも大事だと思うのですが、まずはワクワクすること、おもしろそう!ということをイノベーションの動機づけにしていくのが正道なのではないか」
磯田長岡市長は、2017年に米カリフォルニア州・シリコンバレー、スタンフォード大学などを視察。その時の印象を交え、技術の前に、まずはワクワクすることが大切なのではと語った。
「スタンフォード大学にはFail Early.Fail Often(早く失敗せよ、多くの失敗をせよ)という標語が掲げてあった。若いうちに失敗することが大切。そういった場を多く用意するのが我々の役目」とも話した。
面白いことを見つけ出すこと=イノベーション
山一證券勤務後、1994年に株式会社ブロッコリーを創業。自らもベンチャー起業を経験した木谷氏は、当時世界的な流行をみせていた「マジック・ザ・ギャザリング」(※)に大変な刺激を受け、カードゲームビジネスに着目する。
※マジック・ザ・ギャザリング……1993年にアメリカで発売された世界初のトレーディングカードゲーム
ブロッコリーでの経験をもとに、2007年には新たに株式会社ブシロードを立ち上げ、一貫してカードゲームビジネスの最前線に立ってきた。まさに氏の情熱がもっとも注がれているビジネスだ。
「マジック・ザ・ギャザリングをはじめて見たとき、この仕組みとビジネスモデルを作った人間は大変な天才だと思いました。カードゲームって、日本だと、なんだかメンコみたいな単純なことをやっているんでしょ?というイメージを持たれがちですが、実は数学と国語の塊なんです。相当高度なことをやっている」
しかし、高度なルールを構築していくだけでは、無味乾燥な面白くないものが出来上がってしまう。
ブシロードの手がけるカードゲームには、アニメのストーリーとの関連性も盛り込まれており、余計に高度になる。アニメの中で活躍しているものは、カードの世界でも実際に活躍させつつ、そのカード、デッキだけを活躍させてはいけないなど、運営者が常にバランスを取らなければ成立しなくなる。
そこで木谷氏が重視しているのは「おもしろいことを考える人間の大切さ」だという。
「ブシロードの代表的カードゲーム『ヴァンガード』や『バディファイト』はアニメのストーリーとのリンクも考えて作らなければいけないので、大変高度になります。そういうことを考える上で、『面白いことを考える人間』が必要だと思います」
討論の場では、自然とプロレスの話題も持ち上がった。木谷氏は新日本プロレスの子会社化についても言及し、「圧倒的な知名度、クオリティの高さ、膨大な映像資産」からコンテンツとしての強さに魅力を感じたと語った。
それぞれ産官学金のトップが共通して語ったのは、「場づくりの大切さ」。
面白さ、ワクワクすることを土台とした場づくりを続けることが重要との意見で各氏は一致し、討論会は幕を閉じた。
賑やかだからこそ人は集まる
「いま日本に必要なもの。それは祭りだと思っているんです。今回のイベントのコンセプトは『お祭り』です」
事前に行われた記者会見の場で、そう語った木谷氏。言葉通り、イベント開催当日はアオーレ長岡という会場全体をひとつの祭り会場に仕立てた。
「いわゆる『ガチのプロレスファン』が、当日初めて見たカードゲームの会場に入って行ってくれるって、そんなことは正直、あまりないのかもしれない。でも、それでいいんですよ。市役所に来ただけの人が『あ、今日プロレスやってるんだ』とかね。たまたま見てくれるだけでも、相当なことだと思う」(木谷氏)
祭りのような賑やかな場所があれば、人は自然と集まる。魅力的なコンテンツを組み合わせることで、偶然の出会いも生まれ、可能性も広がる。
長岡技術科学大学発のベンチャー企業「CuboRex」など、大学の研究成果を発表する展示場も各所にオープンし、アオーレ長岡内を回遊することによって、「たまたま」を生み出す仕掛けが、この日は随所に見られた。
地方都市こそ歴史と地の利を活かすべし
6200名もの人が足を運び、大盛況のうちに幕を閉じた今回のイベント。
木谷氏は非常に手応えを感じているという。
トークの中では長岡が2018年で開府(長岡藩の立藩)400周年を迎えることにも触れ、「『歴史』は強いコンテンツになる。そういう意味では、長岡はコンテンツがまだまだ見過ごされていることがあるのではないか。歴史があるということは『引き出しが多い』ということに多くの人が気がつくことが重要では」(木谷氏)
アオーレ長岡があるのは、旧長岡城の跡地だ。まさに常在戦場の思想が生まれ、育まれた土地であるといえる。
こうした試みに刺激を受け「よし、自分も」と思い立つような若者が増えていくことこそが、地方都市の未来へとつながっていくのだ。
Text and Photos: Junpei Takeya