雪国の安全と生活を守る、隠れたヒーローたち——知られざるその仕事に密着!
日本有数の豪雪地帯をいくつも抱える雪国・新潟県。
なかでも、山間部を多く有する長岡市は、雪害の脅威と常に隣り合わせだ。
市内各所では、腕利きの除雪部隊が毎日のように雪害対策作業を行なっている。
雪が積もれば、速やかに現場に駆けつけ、
たとえ降らなくとも、いつ出動してもいいように待機する。
雪国の安全と市民生活のインフラを、人知れず陰で支える人たち。
日夜、雪と戦う彼らに、実際の現場で話を伺った。
隠れた脅威から道路の安全を守る
訪れたのは、長岡市南東部の太田地区。冬になると3メートルもの積雪量を記録する、市内でも指折りの降雪地帯だ。
山道を登ると、人気の観光スポットである蓬平温泉や、高龍神社がある。そのため、細い山道にも関わらず、頻繁にクルマが行き来する。
道中、除雪作業中と思われる工事現場に出会った。
しかし、普通の除雪作業にしては、かなり大掛かりな機材が出動している。
ひときわ目立つ、巨大なアームを持つショベルカーだ。
果たして、この工事はどのような作業なのだろうか。
現場を取り仕切る、株式会社新潟ヂーゼル工業の多田豊文さんにお話を伺った。
「雪庇(せっぴ)対策工事を行なっています。ほら、上の方に、張り出している雪が見えるでしょ?あれは『雪庇』と言って、大変危険なんです。毎年必ず、その対策工事に出動しています」
雪庇は、雪の積もった山の尾根などに、一方向から風が吹き付けることによってできる自然現象だ。雪の積もった屋根から張り出した状態のことも指し、それがまるで「庇(ひさし)」のように見えることから、そのように呼ばれている。雪山の写真などで見たことのある方がいるかもしれない。
雪庇が塊となって落ちてくれば、相当な衝撃になる。水分を多く含んでいるとなると、危険度が更に上がる。落差にもよるが、ランドセル程度の大きさでも、たとえばクルマのボンネットに当たれば大きなへこみができてしまうほどだという。人間に当たれば、ひとたまりもない。
「雪庇を落として撤去する。これが雪庇対策工事の基本的な流れです。取り除いた雪の置き場は場所が限られますので、道路脇に固めることが多いですね」
まずは、ショベルカーで雪庇を削り落としていく。
雪庇を落とした後は、すぐにその雪を取り除く作業が始まる。
まず前方に回転式の羽根が搭載されたロータリー車で雪の塊を巻き込んだ上、ブロワーと呼ばれる装置で雪を吹き出し、道路脇に飛ばしていく。
現場によっては、道路幅の関係で雪を寄せることができない場合もある。その場合は、地形の性質や道路状況を利用して、処理を行なうという。
今回は、雪の置き場として工事現場のすぐ脇を流れる太田川を利用。実はここにも、匠の技が光るポイントがある。
「例えばこの現場なら、すぐ脇が谷状の地形になっています。谷底には川があり、そこへと続くなだらかな斜面があるので、それを利用して雪の置き場をつくります」
その際、配慮していることがあるという。
「とにかく、川に落とさないように注意を払っています。たとえ少量でも、川の流れをせき止めてしまうことがありますから」
雪といってももとは水だから単純に捨てればいいのかと思いきや、さにあらず。作業する土地への影響を最小限にすることも重要な仕事なのだ。
「そうそう、ちょっとした『見えない工夫』もありますよ」
そう言って多田さんが案内をしてくれた先には、ラッセル車によって道路脇に寄せられてできた、雪の壁がある。
「道路脇に雪の壁をつくる際、奥に『ポケット』と呼ばれる穴を開けているんです。当然、工事を行なった後に雪が降ることもあり、また雪庇が出来てしまうことも考えられますから、その際に自動的に穴に落ちるようにしているんです」
「レジェンド」による神業を拝見
ちょうどショベルカーによる雪庇落としの作業を終え、小休憩に入った作業員の方がいたので、お話を伺った。
ショベルカーのオペレーター、田中仁さんだ。年齢を伺うと、なんと、74歳。この道50年以上という、大ベテランである。雪庇対策工事における最も大事なこととは、何なのだろうか。
「構造物をうまく避けることだね。雪の中から電柱や看板などが出てくることもあるし、あと、あそこの家にはここに雨樋があるとか、アレがある・コレがあるっていうのを、頭に叩き込んでおかないと壊してしまうから」
構造物は、深い雪に閉ざされていてほとんど見ることができない。それにも関わらず、まるでセンサーでもついているかのように雪庇だけを取り除いていく。
悠々と二階建て住宅の屋根にまで伸ばせるアーム。その長さは10メートル以上。自重も加わってくる。操縦レバーを倒しすぎると、数十センチ単位でショベルの位置が狂ってしまうこともある。
敷地の少ない山間部での工事。足場がない場合はどうするのかという質問に対しては、次のような答えが返ってきた。
「まず足元に雪を集めて、がっちりと固め、足場を作るんだ。その上にコイツ(重機)を乗せて、確認しながらやるしかないさ」
まさに神業である。こういう方々の不断の努力によって、雪国の生活は守られているのだ。
日々の業務が除雪を支える技術をつくる
雪庇対策や除雪作業は、早朝や深夜に行なわれることが多い。
交通の妨げにならないようにするためだ。限られた時間のなかで、正確な重機操作を行なうスキルが求められる。
新潟ヂーゼル工業は総合建設業者でもあり、建物の解体工事などを手がけている。そうした日々の建設業務が除雪・雪庇対策工事に活きているという。
「大型ショベルカーを操作する技術というのは、非常に繊細な操作スキルが必要とされます。アームがこれだけ長いので、自重もかなりある。冬季期間だけで磨かれるものではないです。日々の業務で慣れていないと、冬の現場では到底扱えないですね」
また、重機や機械の操作だけでなく、作業が必要か、必要でないかの判断にも経験が必要だ。
いつ出動を決める?
長岡市の除雪出動体制
(提供:長岡市除雪本部)
ところで、除雪車の出動のタイミングは、どのように決めるのだろうか。
「雪庇の発生が予想される時期になると、毎年必ずパトロールによる目視確認を行ない、出動の是非を判断します」と多田さん。
ここで、長岡市の除雪体制についても触れておきたい。
除雪業務や雪害対策は、長岡市の除雪本部に報告することが義務づけられている。長岡市は平成20年度から「除雪出動管理システム」を構築している。
市内全域の除雪業務をシステム化し、出動管理をPC上で行なうことで、効率化とミスの削減を図っている。
長岡市は、市域をA〜Iまでの9つのブロックに分け、除雪出動の管理をしている。新潟ヂーゼル工業の担当する太田地区はDブロックだ。
積雪の時期になると各地の除雪代表者までパトロール出動要請が送信され、その結果をもとに必要・不要を判断していくという寸法だ。
通常、午前0時頃にパトロールが開始され、数時間後に出動の是非を判断。未明から早朝にかけて作業を行なうことが多いという。
我々の多くが寝静まっているまさにその時に、彼らは各地で黙々と作業を続けるのだ。
多田さんも、午前0時からパトロールに出かける日々を送る。
12月後半から、雪がなくなる4月頃まで続く。ハードな仕事である。
「大変といえば大変です。けれど、大事な仕事ですから」
作業現場を通過するクルマの中には、作業員たちに向かって深々と頭を下げるドライバーの姿があった。
それを見るなり、多田さんは、こう呟いた。
「やはり、嬉しいですよね。ありがたいことです」
雪の降る季節。日夜、人知れず雪と戦う除雪部隊。
彼らは、我々の安全を陰ながら支え続けてくれている。
※本記事制作にあたっては、特別な許可を得て取材及び撮影を行なっています。
Text and Photos: Junpei Takeya