薬品、資源、先端医療…人類の未来はミミズにあり!? 専門家が語る無限の可能性
2019/10/21
細い体をくねらせ、土中の至るところを移動するミミズ。背骨を持たない環状動物で、自らが放出する粘液でヌルヌルとしているその見た目が「気持ち悪い」と嫌われることも多いが、「ミミズが沢山いることがよい土の証拠」という話は、誰でも一度は聞いたことがあるのではないだろうか。有機物を分解して土壌を豊かにしてくれる彼らの力は、有機栽培農家にとって貴重な存在だ。
そんな素晴らしいパワーを秘めたミミズに魅せられ、専門に研究する「ミミズ先生」が新潟県長岡市にいるらしい。一体どんな研究をしているのか取材した。
長岡駅から車を10分ほど走らせると、悠久山の麓にある長岡工業高等専門学校(以下、長岡高専)に到着。ここにミミズ先生の研究室がある。
物質工学科の実験室を訪ねると出迎えてくれたこの人物こそが、ミミズ先生こと赤澤真一准教授だ。「ミミズには無限の可能性がある!」をモットーに研究を進め、その成果が農業や医療業界など幅広い分野で応用されている。
「僕はもともと麹菌などの微生物研究をしていたんです。それが縁あってミミズの研究をすることになっちゃって、今ではすっかりミミズ一筋です(笑)」
2006年に長岡高専に着任してまもなく、研究のメインとしたのが「ミミズが持つバイオマス分解酵素」。ミミズは様々なものを分解する力を持つが、その中でも木材の繊維を分解する酵素「セルラーゼ」に着目。木などの植物から燃料を作るときにキーとなる酵素の一つで、化石資源に頼らない次世代のエネルギー生産に貢献する酵素として解析を進めた。
時を同じくして、糸状菌のバイオマス分解酵素を研究する長岡技術科学大学の小笠原渉教授をはじめ様々なラボと交流を重ね、企業との共同研究も順調に進行。しかしながら、赤澤准教授の胸中は複雑だった。バイオマス分解におけるミミズ酵素の研究は、低温高活性の酵素であることを明らかにするなど成果を上げていたが、この分野では小笠原教授をはじめ先駆者が多く、研究対象として少し魅力に欠けると感じ始めていたのだ。「もちろん興味深い特徴はありましたし、まだ解析されていない酵素もたくさんあります。ただ、ミミズならではの力をもっと活かせるはず、オリジナルの研究をしたいとモヤモヤしていましたね」と当時を「暗黒時代だった」と振り返る。
長岡における発酵文化のキーマン・小笠原教授の記事はこちらをご覧ください。
➣まちも人も「発酵で面白くなる」って!? 長岡が誇る「名物博士」の微生物ラボへ潜入
新製法を確立し、
大ヒットした「ミミズのサプリ」
転機は、共同研究している製薬会社の危機だった。ミミズ粉末の製法特許を持つ会社と縁が切れ、主力商品のサプリメントが製造できなくなり、これまでにない製法が求められたのだ。
カプセル状のサプリメントには血栓分解酵素を豊富に含むミミズ粉末が含まれているが、従来の製造方法では、雑菌消毒の際、高熱で活性がダウンするのが弱点だった。そこで赤澤准教授がひらめいたのが、ミミズに高圧をかけて行う低温殺菌製法。研究の結果、ミミズの酵素は圧力に耐性があることが分かり、製法に活かせることが分かった。このアイディアは革新的で、以前よりも飛躍的に血栓溶解効果がアップ。会社の売り上げは10億円を突破し、大ヒット商品になった。さらにアメリカや中国、台湾などで特許を取得し、海外では特にアジア圏での売れ行きが上々だ。研究で製品化して特許実施契約にまで発展したのは長岡高専初のことで、まさに快挙であった。
「昆虫と高等動物の間の存在」が
バイオテクノロジーを変える
「ミミズの底力を改めて感じた」と言う赤澤准教授。行き詰まっていたところから一変、チャレンジしてみたいことが次々と湧き出てきた。現在最も力を注いでいるのが「宿主(やどぬし)」としての活用だという。
現在、医薬品や健康食品、はたまた衣料洗剤の酵素まで、私たちの暮らしには生き物の遺伝子を活用して作られたものがあふれている。例えば血糖値を下げる薬は、小さな原核生物である大腸菌の遺伝子を組み換えることで作られる。研究には酵母や糸状菌、カイコなどの昆虫、ネズミの細胞やヤギの個体そのものが使用され、この時に用いる生物を「宿主」という。この宿主を選ぶのが、なかなか大変なのだ。簡単な構造の生物であれば動物性タンパク質を作ることが難しく、高等な生物であれば飼育コストがかかる。
「ミミズは『宿主』としては昆虫と高等動物の中間なんです。だから、低コストで飼育できるのに、高レベルな製品を作れる可能性があります。こんなに稀有な存在は、ミミズ以外に例がありませんね」
その他、研究室ではミミズを利用して液体肥料やコンポストを作り、野菜を育てる実験もしている。今年はキュウリやトマトなどを収穫したところ、どれも濃厚な味わいが楽しめる最上の出来だったそう。最近は有機栽培に興味を持つ農家が増えており、ミミズ液肥の需要は増えている。ミミズの糞や尿から作るために成分値が安定しないのが目下の課題だが、「今後は、長岡の名産である枝豆に使用して、出荷レベルにまで引き上げたいですね」と赤澤准教授は目を輝かせる。
いずれは各家庭でミミズ液肥を作れるようにと「ミミズ飼育キット」も開発中。そのために、赤澤准教授は自宅で約3,000匹のミミズを飼育し、家庭で簡単に養殖する方法も研究しているのだとか。ちなみにミミズの養殖は研究室でも行っており、室内や屋外など条件を変えて試行錯誤中。飼育ノウハウが確立すれば、コンサルティング事業の展開も視野に入れている。
さらに、ミミズは養殖魚のエサとしても活躍する。高タンパク質で栄養豊富なうえに、養殖は比較的簡単。不漁が続くイワシに代わる飼料として最適なのだ。長岡市の魚「錦鯉」のエサとして利用すれば、色や模様にどんな変化が出るかと夢が膨らむ。
「ミミズっておもしろい生き物ですよ。臓器がたくさんあって何でも食べるし、体内には多種類の酵素と抗菌物質があります。切断されても再生できるから、発生分野の研究材料にもなり得ます」
ミミズは世界中で研究されているが、未知なる部分がまだまだ多いようだ。どこでも誰でも簡単に飼育できることから、ノウハウが確立さえすれば爆発的に広まりやすい。あの小さくて細い体には、夢と可能性が詰まっている。
11月9日(土)「HAKKO Trip」にて
「おがくず発酵風呂」を披露!
来たる11月9日(土)、JR長岡駅直結の施設・アオーレ長岡で発酵イベント「HAKKO Trip」が開催される。実行メンバーの一員でもある赤澤研究室では、現在新しいチャレンジに取り組み中。それが、「おがくず発酵風呂」だ。
おがくず発酵風呂は温浴効果で代謝を活性化するとされ、専門店も数多く存在するが間違った情報も多い。その材料はいたってシンプルで、主におがくずと米ぬかをブレンドしたものを木箱に入れるだけだが、酵母などの微生物が発酵熱を出すことで、なんと60℃以上にも達するそう。イベント当日は手や足を埋めることで「発酵熱」を体感できる。
「新たな取り組みをするにあたって、多くの皆さんにご協力いただています」と赤澤准教授。越後杉の浴槽やおがくず、発酵を促すために加えることにした種菌は企業からの協賛を受け、発酵過程を自分達で確かめるため、「プレラボ」という研究室外の学生メンバーに参加してもらう制度を利用し、約20人の学生らと共に実験を進める。
「まだ実験の途中ですが、少なくとも2週間は温かさが持続することが分かりました。イベントでは発酵風呂の作り方や浴槽にどんな微生物がいるかなど、科学的知見を入れたポスター発表もします。お楽しみに!」
ミミズ研究にとどまらず、微生物へのアプローチをすることで、新たな世界が広がっていきそうな赤澤研究室。イベントの詳細はfacebookページ「HAKKO Trip」をチェックしよう。発酵マルシェや体験コーナーの他、発酵界の有名人をゲストに迎えてのトークショーもあり、誰もが楽しめる内容になっている。「発酵・醸造のまち 長岡」だからこそできるアカデミックなイベントで、食だけじゃない発酵の魅力をぜひ体感してみては?
Text and Photos: 渡辺まりこ
●Information
微生物化学研究室(赤澤研)facebookページ
https://www.facebook.com/biseiken/