自分らしい仕事を創り、地域の活力を生む“小商い”ネットワークの実験場「さんビズ」とは?
好きなことを仕事にしたい、仕事のボリュームを減らして家族と過ごす時間を増やしたい、のんびりと身の丈に合った暮らしをしたい……。社会の変化に伴い、終身雇用が過去のものとなりつつあるいま、生き方の選択肢は少しずつ広がっています。新卒で就職して一箇所だけに勤め上げるという形を選択しない人も多く、仲間と起業したり、副業として勤務先とは別の仕事をしたり、フリーランスとして活動したり、自分が心地いいと思う働き方を自由に選びながら仕事と生活の理想的なバランスを求める人も増えています。
新潟県長岡市を拠点とする「やまのみのり舎」は、そんな人たちが手がかりを求めて集まる場所。代表の榎本淳さんは、月3万円の利益を上げる小さなビジネス「さんビズ」のノウハウを伝える講座を開催し、最初の一歩を踏み出す人たちのサポートをしています。8期目となる「さんビズ」の講座を見学し、榎本さんにお話を伺いました。
様々なモチベーションで県内各地から集う
幅広い年代の「さんビズ生」たち
とある日曜日、「さんビズ」主催の「中山間地域の小さなビジネス起こし講座」が長岡駅に近い「まちなかキャンパス長岡」で開催されました。
全5回の講座の3回目となったこの日のテーマは「さんビズを実際に体験できるミニイベントを企画する」。まず、4人の受講生それぞれがイベントのアイデアを練り、まとめ上げた企画について順番に2分間のプレゼンを行います。それに対して、①商品・サービス内容と価格のバランスは? ②その人らしさが表れているか ③どうしても参加したい!と思えるか ④応援メッセージを一言、という項目でそれぞれがお互いを評価して、実際に開催されたら行ってみたいと思うもの2つに投票。その結果を踏まえつつ、それぞれの企画の「ここがいいね!」というポイントについて受講生がわいわいと語り合う、という流れで進んでいきました。
「さんビズ」とは何か? 主宰者の榎本さんによれば、「わたしらしさ」と「地域の宝」から生まれる幸せなスモールビジネス。月の利益が3万円ほどのごく小さな経済活動を目指すもので、中山間地域の「山」、3万円の「3」、山を照らし恵みを与える「太陽=sun」の意味が「さん」に込められているそうです。
特長は、競争しないこと、長く続けられること、失敗しても影響が少ないこと、環境への影響が小さいこと、そして、いくつものビジネスを組み合わせられること。
もちろん3万円だけで生計を立てることは困難ですが、この小商いをきっかけに地域に人が集まったり、価値観の合う人と人を結んだり、助けを必要とする誰かに手を差し伸べたり、そして自分自身もやりがいや生きがいを感じたり……。そういった好循環を生むアクションのノウハウを伝える「さんビズ」の講座は、一般的な起業講座とはひと味違い、利益を得ることを第一とするのではなく、他者や地域と関わり、人生を楽しむことに軸足が置かれているようです。
2016年3月、自身が受講生として参加していた新潟市での起業ゼミ最終回で、ずっと温めてきたプロジェクトの名称を「さんビズ」に決めた榎本さんは、同年8月に長岡で講座をスタートしました。第1期は定員10人を超える14人が集まり、そして2021年度の7期までの受講生は計66人。当初は男女比が半々でしたが、4年目から女性が増え始めました。
「講座の評判が女性たちの口コミで広がったこともあるし、スモールビジネスが女性のニーズに合っていたのでしょう。今日は大学生がいますが、年齢層は20代から70代までと幅広いです」と榎本さん。
長岡市民に限らず、近隣の小千谷市、見附市、新潟市、遠いところでは新発田市、上越市、津南町など、受講生は県内各地から集まります。
参加する動機は人それぞれ。たとえば、修了生にはこんな方々がいます。
「結婚して移住した十日町市で地域おこし協力隊に加わり、誰でも気軽に集えるカフェを作りました。退任後もその経験が根っこにあり、いつかまたコミュニティスペースをやりたいなと。そんな時にさんビズ2期生と出会い、受講してみようと思いました」(3期生)
「中越地震を機に故郷の越後川口(長岡市川口地区)に戻り、半壊した実家の酒屋を片付けて、飲食や歌などの一夜限りのイベントを企画しました。今後は日本酒をはじめ、地元の味噌、醤油などの発酵文化を親子で体験できるイベントをやってみたいです」(3期生)
「子どものころから図画工作など、ものづくりが大好きで、長岡技術科学大学に進学。博士課程在学中に生き方について考え、いろいろなワークショップで自分探しをしました。藤村靖之さんの著書『月3万円ビジネス 100の実例』に辿り着き、『地方で仕事を創る塾』と『さんビズ』に参加しました」(4期生)
大学では農村のフィールドワーク
就職したNPOでの活動も糧に
大阪府茨木市に生まれ、小学2年生で滋賀県に引っ越して、大学の学部は岐阜、修士課程は姫路、そして再び岐阜に戻って博士課程に進み、農学博士となった榎本さん。どのような子ども時代だったのでしょう。
「ごく普通の地方都市の住宅街で暮らしていたのですが、小学生のときに遊んでいた川が高校生になって見たら汚くなっていて、何でこんなふうになっちゃったんだろうなと。それで、環境問題を学びたいと思って岐阜大学農学部に入学したんですが、バイオとか遺伝子組み換えとか、最先端のテクノロジーのことばかりで、思い描いていた世界とは違いました」
「そのころ出会ったのが農村の社会調査をする農村計画学の研究室です。フィールドワークで農村のじいちゃん、ばあちゃんの話を聞き、山に入ったり、地元の祭りの準備に参加したり。そのへんから山に興味を持つようになりました。子どもが減ったとか、大変だとか言いつつも、暮らしてる様子は楽しそうなんですよ。自分にできることは何だろうとずっと考えていましたが、学生のころは思いやアイデアはあっても経験がない。こんなことできます、知ってますと言えることが少ないから、ただ話を聞くだけ、手伝ってるだけ。そんな状態が長くて。大学で研究しても、上から物を言ってるだけでは何も変わらない。現場に入って仕事をしようと思い、それがNPO入りのきっかけになりました」
「博士課程のときに岐阜の『NPO法人泉京・垂井(せんと・たるい)』に関わり、9年間にわたって、まちづくりの中間支援をしていました。僕ら自身もプレイヤーとしてまちづくりに関わりつつ、もう少し視野の広い政策提言とか協働事業などを企画したり、NPOとして提案したり。また、生活困窮者の自立支援法を施行する前のモデル事業を岐阜県がやっていたのですが、あらゆるタイプの困窮者がやってくるので対応しきれなくなり、『ぎふNPOセンター』に委託ということになって、そこに出向して約半年間、困窮者の人たちと関わる仕事もしました」
そして、榎本さんは2015年に長岡にやってきました。移住の経緯について、こう語ります。
「岐阜大学で出会った妻が長岡出身だったんです。移住前に長岡の花火大会を見に来ましたし、真冬に遊びに来て人生初の大雪も経験しました。妻は『関西は私、ちょっと無理かなぁ。住むなら長岡がいいんじゃないかな』という感じで、花火と雪で外堀を埋められたというか(笑)。直接の言葉はなかったけれど、僕が空気を読んで『長岡に行こうか? 行ったほうがいいよね』という流れになったんです。そしてNPOを退職し、長岡に移住しました」
長岡では、中越大震災からの創造的復興と持続可能な中山間地域づくりを進める「山の暮らし再生機構(通称LIMO=Life In Mother Land)」に就職。2年目に「さんビズ」をスタートしました。
「LIMOで、新しい企画を作って地域の人たちと一緒にやりなさい、という指示が出たんです。『やりたいことがあったらやりなさい』ってことですね。それで1年目に『山の暮らしサロン』という事業をやり、交流の場を定期的に作りました。2年目はもうちょっと地域経済を回し、自分でやりたい人を増やす活動をしたいなと思い、『さんビズ』を提案しました」
LIMOは財源の震災復興基金事業が終了し、役目を終えたこともあり、2021年3月に解散しました。
「LIMOは2007年4月に10年間の時限付き組織として設立され、僕は2015年からの3年間で終了の予定だったけれど、LIMOが延長されたので計6年間。終わったら起業の準備をしようかなと思っていたのですが、せっかくだから『さんビズ』を続けさせてくださいとお願いして、『やまのみのり舎』を設立して継続することになりました」
道はひとつだけじゃない。
いろいろな選択肢を子どもたちに
長岡で三児の父になった榎本さんは、地域の少し先の未来について、どんな展望を持っているでしょう。
「自分の子も周りの子どもたちも、人生のモデルというか、どういう人になりたいか、どういう人を目指すのかというイメージがしづらくなっていると思います。これまでの一般的な社会人としての成功、いい大学を出て、いい会社に入って、定年まで勤め上げたら楽しい老後が待ってるよ、という人生のレールは、いまではみんながイメージできるものではなくなっている。また、そこに乗れなかったらどうなるの? という不安だって多々あるでしょう。そういうときに自分の力で切り拓いていけるとか、自分が本当にやりたいこと、心の底から納得できることを自分の仕事として選んでいく力を身につける、もしくは、もうやっている人が周りにいる。そんな状態が、安心できる地域社会のカタチかなと思っています」
「自分らしく生きたい、自分の仕事を創りたいと思っている人はたくさんいます。『社会の中にそういう人もいていいんだ』『こっちのほうがおもしろいかもしれないな』って、子どもたちがいろいろな選択肢の中から選べたらいいなと思います。もちろん全員『さんビズ』に参加しろというわけではありません。もう一つの選択肢があるって知ってるか、知らずに違和感がある現状の中から選ぶかというのでは、まったく違うと思うんです。その、『もう一つ』の側を『さんビズ』で提供できたらいいですね」
もう一つの選択肢を選んだ「さんビズ生」の中には、こんな企画を考え、仕事を創り出した人たちがいます。
◎生き物観察、自然遊びなど、地域資源を活用した自然体験プログラムの企画運営(1期生・長岡市小国地区)
◎土窯でのピザ焼き、刺し子の小物作りなど、各種体験ができる交流型ゲストハウスの運営(1期生・十日町市)
◎子どもたちが自然の中で遊ぶ機会と子育て情報交換ができる場の提供(1期生・柏崎市)
◎安心できる食品・調味料の販売と、商品の魅力を伝えるワークショップの運営(1期生・長岡市)
◎棚田のオーナー制度、参加型農業体験プログラムの企画運営(2期生・上越市)
◎自ら育てて収穫したナツメやハーブの商品開発、それらを使った料理・お茶作り体験講座の運営(2期生・小千谷市)
◎お寺でのヨガやごはんの会など、産後のお母さんたちが集い、学ぶ場の提供(5期生・長岡市)
2021年の春に「やまのみのり舎」を設立し、独立した榎本さんですが、その後も「さんビズ」への問い合わせは絶えないそうです。
「特に営業はしていないのに、まったく想定していないような人から『さんビズ』をやりたいんですけど、ちょっと話を聞かせてくださいとか連絡が入ってきて、それがおもしろいなと。コロナ禍でテレワークやワーケーションで新潟にやってくる人たち、移住した人たちの中で興味を持ってくださる方がちらほらと出てきています」
そして2022年の春、これまでの活動が1冊の本になりました。
「京都で出版社をやっている知人がいて、僕が作っている『ハロー!さんビズ』という冊子とFacebookの投稿を見て、『おもしろいね。話を聞かせて』と連絡をくださり、講座を見に来てくれたんです。『これは本にする価値あり!』と知人が出版の企画を持ち込んだ解放出版社の方に『これからの生き方として若い人たちに紹介したい』と言っていただき、企画がすんなり通ったんです。とてもいいタイミングで本にしてもらいました」
榎本さんがひとりで作ってきた冊子がこちら。これをベースに本が編集されました。
「主にひとりで作っていたのですが、2期生で写真を撮る人がいたので取材に同行してもらい、写真撮影をお願いしました。講座を修了した『さんビズ生』を訪ねて聞き取りをして原稿を書いて。聞き書きという手法で、本人が話した言葉そのまま、一言一句直していません。『ここ変えてよー』って言われても『ルールを伝えたでしょ。変えられませんよ』って(笑)。どうしても不都合があれば削除しますけど、『同じことを繰り返しててみっともないから変えて』って言われても、そのまま残します。そこにその人らしさ、雰囲気が出て、会ってみたいなという気持ちにもなるから。聞き書きはライフワークとしてやっていきたいです。さんビズ生が増えるたびに取材して、いまもテープ起こしが溜まっていますが、これからもずっと発表していきたいです。さんビズ生に『よくこんな変な人ばっかり集めてるよね』って言われるんですけど、なんで本人に言われるんだろう(笑)。僕としてはそういう人ばかり集めているつもりはなく、なぜかそうなっていて、講座の後もつながりがあり、家族みたいになっています」
現在の8期生も含めると「さんビズ生」は97人になりました。
「SNSで『試作品ができました』『イベントやります』『ご意見ください』などと交流している人たちもいます。回を重ねるとお互いに顔を知らない人も増えるので、講座終了後に修了生全員に声がけして企画した合同発表会で『私はこんなことやっています』という発表をしてもらいました。時々そういったイベントを設けると、その場でまた新しいつながりが生まれるから、定期的にやっていきたいですね」
それぞれの意欲とやりたいことを引き出して伴走し、アフターフォローも欠かさず、面倒見のいい榎本さんを軸に「さんビズ」の輪が広がり、地域の活力になっていきそうです。
10月30日(日)13:00〜16:00、まちなかキャンパス長岡301会議室にて第8期の成果発表会が予定されています。誰でも見学できるので、「さんビズ」をもっと知りたい人は、下記で最新情報をチェックしてお出かけください。
Text: 松丸亜希子 / Photo: 池戸煕邦
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