食べることは生きること。管理栄養士ますがたみきさんが描く地域の健やかな未来像
ライフスタイルが多様化し、家族の食事の風景も変化している昨今、「子どもたちに栄養と愛情たっぷりの手料理を食べさせてあげたい。でも、忙しくて時間が足りない!気持ちの余裕もない!」というお母さんたちも多いかもしれません。
小学生と保育園児の2児の母でもある、新潟県長岡市を拠点に活動する管理栄養士のますがたみきさんは、食と栄養のプロフェッショナル。育児に奮闘するお母さんたちの悩みに寄り添い、フリーランスの軽やかさを生かして市内外で講演や料理教室を行っています。ますがたさんが代表を務める「はれいろごはん」が目指すものとは?長岡市で開催された講座を取材し、ますがたさんの活動の根底にあるものについて語っていただきました。
先輩ママのやさしい眼差しで、
離乳食を通じて子育てをサポート
管理栄養士は医師や看護師などと同様、厚生労働省所轄の国家資格のひとつ。一般的なイメージとしては「学校や病院で献立を考える人」かもしれませんが、それだけではありません。食と栄養の高度な専門知識とテクニックを持ち、赤ちゃんからお年寄りまで、病気や障害を抱える人も含め、あらゆる人の健康的な生活を栄養面でサポートするスペシャリストなのです。
ますがたみきさんもそのひとりですが、学校にも病院にも企業にも、どこにも所属しないフリーランス。どんな活動をしているのか、ますがたさんが講師を務める「離乳食に役立つ出汁(だし)講座」を取材するため、 長岡市の「子育ての駅ぐんぐん」に向かいました。
この日の講座のテーマは「だし」。しかも、離乳食でも活躍する「だし」ということで、小さな赤ちゃんを抱っこしたお母さんたちが会場に詰めかけました。赤ちゃんたちがおしゃべりしたり、泣いたりする声でとても賑やか。ハイハイしている赤ちゃんもいます。
「なかなか離乳食のステップアップができないなぁと心配している人もいるかもしれませんが、丸飲み傾向のお子さんでも、大きめのものをあげてみると意外とモグモグしてくれるんですよ」。キッチンの前に座るお母さんたちに、ますがたさんは経験談も交えながら語りかけます。
「手づかみ食べのころ、我が家では茹で野菜をごはんに取り入れていました。輪切りにしたり、半月切りにしたり、サイコロ状にしたり、切り方を工夫すると、いろいろな口の動きができて発達につながります。ぜひ楽しくチャレンジしてみてくださいね」。ほんの数年前ますがたさん自身が赤ちゃんのお母さんだった、その実感がこもった言葉の数々が、育児が始まったばかりのお母さんたちに安らぎと励ましを伝えているようです。
離乳食のお話を踏まえ、煮干し、カツオ、昆布、野菜のだしを手軽に取る方法を実演しながら紹介。「だしは日本人の味覚の基本。けっこう簡単に作れるんですよ。今日の説明は頭の片隅に置いておいていただいて、お母さんたちに余裕があるときにやってみてくださいね」
講座の最後に各種だしの旨みを味わう試飲タイムも。会場にフワッと、いい香りが漂います。お母さんたちからは「あ、これ、おいしい。今度うちでやってみよう」という声が聞こえてきました。
和やかな雰囲気の中、だし作りの基本と簡単テクニックを楽しく学び、「離乳食は愛情」という、ますがたさんの言葉に勇気をもらって、お母さんたちはまた育児の現場に戻っていきました。
チーム医療のメンバーとして
患者の回復に尽力する日々
ますがたさんは長岡生まれ、長岡育ち。ずっとここで暮らし、活動している理由を「食も風土も自慢できる故郷だから」と語ります。いつごろから食や栄養に関心を持ったのでしょう。
「小学生のころ、植物や生き物が好きな父の影響で、いろいろな虫を飼っていました。せっせと餌をあげて、幼虫が葉っぱを食べて蛹になり、成虫になったら外に逃がすという作業にすごくやりがいを感じて(笑)。食べて育って、形を変えて巣立っていくことに興味が湧いたんです。母は3食しっかり作る人で、冷凍食品などは使わず、いまも父のお弁当を手作りしています。母の料理をイメージして私も作っているから、両親からつながっているものがありますね」
虫の飼育から食と命、子どもたちの成長へと興味がふくらみ、小学校の先生に憧れていた時期が長かったそうですが、小学校の栄養士になれば子どもと食の両方に関われると、長岡市内の高校から新潟県立女子短期大学(現・新潟県立大学)生活科学科食物専攻に進学し、夢を叶えるために一歩を踏み出しました。
「短大プラス2年間の専攻科で学んでいたとき、親しい人を亡くして、すっかり体調を崩してしまって。1年間休学したのですが、社会との接点は持っておきたかったので、地域で活動する栄養士会の方々のお手伝いをしていました。体は辛かったけれど、メンタルはけっこう強いんですよ(笑)。そんな中で『命とは何か』と考え、食べることは生きることだと、生きることへの執着が少しずつ大きくなり、病院で働きたいと考えるようになりました」
そして大学に戻り、卒業したますがたさんは長岡赤十字病院に就職しました。
2005年に管理栄養士の資格を取得したますがたさんは、入院患者のために献立を考え、栄養相談に応じながら、チーム医療のNST(栄養サポートチーム)メンバーとして、高度な知識を生かして医師や看護師、薬剤師、調理師らと共に全力を尽くす日々を送りました。
「担当病棟の患者さんの力になりたい一心でしたが、回復して退院する方ばかりではなくて。落ち込んでボロボロなときもありました。生活習慣病の指導もしていて、⾎糖値が⾼い方に『甘いものは控えてください』と指導しても、『昔から菓子パンや甘いものが食事の代わりだから』と言われて。体によくないとわかっていてもやめられない、食習慣ってなんだろう。どうすれば食習慣は変えられるのだろうと考えました。食習慣が形成する時期に力を注げば、若くして病気になる人を減らせるのではと予防医療に目が向くようになり、それは赤ちゃんにいちばん最初にあげる、ひと匙のスプーンから始まっている、やっぱり子どもだと」
子どもたちに命のバトンを渡す、
そのときまでにできること
ちょうどそのころ、ますがたさんは29歳で妊娠。「仕事を辞めて我が子の命にしっかり向き合いたい」と思い、悩みつつも退職を決め、惜しまれながら病院を去ることになりました。
「子どもたちが3歳になるまではフルタイムの仕事はせず、しっかり離乳食を作って育児に取り組み、下の子が3歳になったので、一昨年の4月にフリーランスの管理栄養士として仕事を再開しました。病院の仕事は6年間でしたが、医療に関わったことで視野が広がり、いまの仕事でも病気や健康のことも含めて広い視点でお話しできているのかなと思います。離乳食作りも育児も経験しているからこそ、お母さんたちに体験談を交えてお伝えしながら情報交換をして、こちらが学ぶこともあって。すべてつながっていますね」
ますがたさんに「はれいろごはん」の今後の課題について聞いてみました。
「生活習慣病も多く、食事の悩みも増えている中、『日常の食事を楽しく』が基本ですが、10年後、20年後に『長岡の人たちの健康寿命が延びているのはどうしてだろう、なにがあったのだろう』と言われるようになってほしいし、健康で幸せな未来を子どもたちにバトンとして渡したい。どうしたら子どもたちが豊かに暮らせるだろうかと、ついつい大きく考えてしまいます。そしてまた『ああ、でも、まずは日常からだ』と思い直すのですが(笑)」
「チーム医療で患者さんが一気に快方に向かった経験もありますし、これからの時代はやはりチームプレイ。フリーの強みを生かして農家や飲食店、学校や保育園、小児歯科など、ほかにもたくさんの気持ちが通じる人たちと連携しながら、未来の幸せな地域づくりのために活動していけたらと思っています」
今後は、ゆったりした場所でお母さんたちひとりひとり固有の問題に向き合い、もう一歩踏み込んだアドバイスをしてみたいという思いも明かしてくれました。
子どもたちが大人になるころの、少し先の明るい未来をイメージしながら、ますがたさんの試行錯誤の日々は続きます。
Text: Akiko Matsumaru
Photos: Hirokuni Iketo
●Information
はれいろごはん
[URL]https://www.hareirogohan.com
[Facebook]https://www.facebook.com/hareiro.gohan/
[今後の講座など]※各講座の詳細は上記サイトをご参照ください。