雪国で生まれた夢の乗り物!「世界最小の雪上車」キューボードの実力を体験

2020/6/18

新潟県長岡市は全国で有数の豪雪地帯だ。中山間地域では積雪量が2~3mにもなり、市街地でも背丈を超す積雪となる年がしばしばある。雪化粧をまとった山や木々は美しく見惚れるが、冬季の移動は困難も多く、毎年住民を悩ませる。雪の降らない和歌山県に生まれ、長岡技術科学大学へ入学し、長岡市へ移り住んだ寺嶋瑞仁さんもその1人だ。彼は雪に苦労した経験と熱中していたロボット開発の経験を活かし、雪道を走行することが可能なとある乗り物を作ったそう。いったいどんなものなのか? 同じく雪の降らない県からの移住者・栗原里奈 https://na-nagaoka.jp/kokorozashi/128)が取材に伺った。

 

世界初!世界最小!
誰でも乗れる夢の雪上車

寺嶋さんと待ち合わせたのは、長岡市川口にある川口きずな館。2018年度の冬は雪が少なかったと言われるが、それでもゆうに1mは超える積雪が道の両端にそびえ立っていた。路面は除雪作業後で、2cmほど雪が積もっている状態だった。歩くには歩けるが、自転車やバイクなどだとちょっと厳しい高さだ。

だが、寺嶋さんは「いいですね!この路面状態なら余裕で走れます」という。
「大丈夫ですよ。でも、こっちにある1mの雪壁の走行は勘弁してください(笑)。さっき雪が降っていたせいでふかふかで、これだと埋もれてしまって走行できないんです。ある程度雪のしまりがないと走れないんですよ」

雪道でも走ることができる乗り物を開発した寺嶋瑞仁さん。

「じゃ、用意しますね」と寺嶋さんは車から大きなカバンをひっぱり出し、自身の肩に肩紐をかけて「ヨイショ、ヨイショ」と運んできてくれた。いよいよ、夢の乗り物との対面だ。

カバンから出して組み上げ、あっという間に準備完了!

こちらが世界初の雪道走行小型モビリティー、その名はCuboard(以下、キューボード)。一見、キックボードのようだ。雪上走行といえばスノーモービルのようなガシンとした乗り物を見慣れている身としてはずいぶんシンプルに見えるが、これで本当に雪道を走れるのか……?

「お、重そう…」と腰が引けるライター。サクサクと準備する寺嶋さん。

ちなみに、電車やバスなどの公共交通機関に乗る際にタイヤがむき出しだと乗車拒否をされる場合があるそうで、カバンに仕舞えるようになっている。道路を走って汚れたり、雪で濡れてしまったりしたタイヤで衣服などが汚れないためもあるという。
「持ち運びできることを念頭において開発しました。なので、キックボードのように折りたたんで仕舞えるようになっています。もしくはカバンに仕舞わず、キャリーケースのようにハンドルを持ってコロコロと持ち運ぶこともできますよ。」

「壊してはならない…!」と真剣に聞く。

操作は簡単だった。バイクの運転方法を知っていれば理解はさらに早い。バックミラーやベル、変速機がついている。

「ではさっそく乗ってみますか?簡単ですよ」とあっさり促してくれる寺嶋さん。眼の前にしているこの1台が、世界で唯一のキューボード……。緊張しつつ、操作方法について教えてもらった。
まず、スイッチをONにしてキューボードに乗り、ハンドルにあるスロットルを押し込み運転するとのこと。

「じゃ走ってみましょう。余裕ですよ」と気軽に体験を促してくれる寺嶋さん。「いやいや、そんなこと言われても」と思わないでもないが、そのいい意味での「軽さ」が、『誰でも乗って走れる物だ』という自信を感じさせる。寺嶋さんを信じておそるおそるキューボードに足を乗せ、ハンドルを回した。

の、乗れた~!

「ウィーン」と小さなモーター音を鳴らしながら、雪の上をスイスイ走りだした! やや緩やかな坂道だったが、速度もほぼ緩むことなく上ることができた。驚いたのは、乗車中の安定感。運転している、していないに関わらずバランスを崩しにくく、倒れることもない。スピードはスロットルの回し具合によって変わる。はじめはおっかなびっくり、徒歩よりも遅い速度で運転したが、ちょっと駆け足くらいの速度が出る程度には、すぐに運転に慣れることができた。止まる時はスロットルをゆるめ、地面に足をつければいい。本当にキックボードのようだ。

慣れるととっても楽しい。乗っているうちにどんどん欲しくなった。

キャリーケースのように引いてみた。こんな悪路なのに軽い!スムーズに進む。

 

大渋滞の車の中で生まれた
「誰でも乗れる雪上車」のアイディア

キューボードが生まれたきっかけを寺嶋さんに聞くと、少しつらそうに話してくれた。
「2016年1月に、長岡に集中豪雪がありました。大雪が降って車が次々にスタックし、降雪量に対し除雪が間に合わず、どんどん悪路となり、スタックする車がさらに増えて前代未聞の大渋滞が起きた。その渋滞した車の1台に、僕は居たんです。車内には僕1人で、食べ物の持ち合わせもなくて10時間以上飲まず食わずでした。いつ車が動き出すのかわからなかったので、常に車の中にいなきゃいけなかった。道の脇を歩いている人の方が早いんですよ。こっちは全く動けない。車ではない、手軽な移動手段が雪国にあればいいなぁと思ったんです」

「バイクは便利なんですけど、雪が降ったら乗れないじゃないですか。公共交通機関は運行時刻に合わせなきゃいけない。雪でも関係ない、手軽に乗れる乗り物を常日頃考えてはいたんですよね。当時大学で研究していたクローラー(キャタピラの一種)を生活の中で使えるようにしたい、という気持ちがありました。」

 

小学生からはんだごて使いだった!
ものづくりのルーツはおじいちゃん

日常に不便があっても「こういったものがあればいいのになぁ」程度で多くの人が終わるところ、寺嶋さんの場合そうではない。「どうしたらいいんだろう」「なぜこうなんだろう」と疑問と課題解決の視点を持ち合わせ、ものづくりで解決を図っている。

幼い頃からものづくりが好きだったという寺嶋さん。そのルーツは、やはり自分で工作をするのが好きだったお祖父様にある。様々な道具に手が届く環境で、普通は「危ないから触らせない」という人も多いだろう、はんだごてなどの溶接機やドリルを、寺嶋さんが小学生の頃から触らせてくれたという。おもちゃではないリアルな道具を使って自分の手で何かが生み出されるのが楽しく、ものづくりがどんどん好きになっていったそうだ。

 

二足歩行ロボットからクローラー型へ…
キューボード誕生へと至る道のり

中学校を卒業後、和歌山工業高等専門学校(以下「高専」)に入学。高専時代はひたすら高専ロボコンに熱中したという。初年度以外はすべて設計班でマシンのメイン設計を務め、2010年に全国大会で準優勝した。

2013年に入り、卒業研究として被災地などにおける人探索ロボット(以下「レスキューロボット」)に着手。レスキューロボットを研究することを決めた背景には、2011年3月11日の東日本大震災があったという。そして、寺嶋さんには同時に、これまで作っていた歩行ロボットとは別の形のロボットを作りたいという思いもあった。そのタイミングで、先輩が研究していたクローラーを知ったのだ。寺嶋さんがプロジェクトリーダーを兼務しながら、クローラーを使ったレスキューロボットの足回りを担当。結果、学内での全学科合同卒業研究成果発表会で最優秀賞を獲得。研究内容で特許を取得した。このレスキューロボットが現在のキューボードの足回りの原型となっている。

瓦礫で入り込めないような悪路や暗い状況下でも走行できる確認ロボット。和歌山工業高等専門学校に飾られている。

2014年に高専を卒業し、長岡技術科学大学へ入学。引き続き、学生ロボコンやレスキューロボットの開発を推進。そんな中、大学内だけでは自由なものづくり活動ができないと感じ始めた時期に、丸栄機械製作所の協力のもと「ものづくり総合支援施設 匠の駅」(以下「匠の駅」)が設立され、工房設備が一般開放される。匠の駅は樹脂・木工・植物・裁縫などジャンル問わず、ものづくりを支援する施設。ものづくりをやったことがない人から玄人まで利用できる場所だ。寺嶋さんはその運営を手伝うことになった。自由に工房設備を自分の開発で使えるので、とても嬉しかったそうだ。ここで研究を進めた蓄積が、冒頭の大雪でひらめいたアイディアによって「誰でも乗れる雪上車」キューボードへとつながったのだ。

キューボードが誕生するまでの開発作品の時系列。高専、技大、匠の駅の場所を使って試行錯誤を繰り返している。

 

研究者、技術者、そして経営者。
その進化と挑戦は続く

現在、キューボードの最新型は長岡技術科学大学のテクノミュージアムに展示されている。2019年4月に納品したそうだ。大学在学中に仲間と起業した株式会社CuboRexの代表取締役社長でもある寺嶋さんは嬉しそうに報告してくれた。

技大に納品されたキューボード。「「乗りたい」と伝えれば乗れるかも!?」と寺嶋さん。

「冬の取材のときに乗ってもらったキューボードよりかなり改善しています。バッテリーの持ちも良くなりましたし、交換もしやすくなりました。その上、さらに軽くなりましたよ」
進化したキューボードは雪道だけでなく、畑、砂漠も走れる。例えば発展途上国などの道路が整備されていない地域でも活躍できると、自信をのぞかせる。
「道路を舗装しなくても、キューボードがあればインフラは機能すると考えたら、また別の発想も生まれる。固定概念を持たず、見えている課題に対して柔軟にどうしたらいいか考えるのが大事だと思うんです。」
経営者であり、研究者であり、技能者である寺嶋さんとキューボードの進化は止まらない。

キューボードの次の進化を探るため、研究場所を雪国から畑へ。

実際に体感しに鹿児島へ。「この作業の補助だったらキューボードにできるかも」と閃くそう。

Text: Rina Kurihara
Photo: Omura Hiroaki

●Information
株式会社CuboRex
[Cuboard購入先]
[URL]http://cuborex.com/
[問い合わせ]http://cuborex.com/contact/

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