給食からおいしく楽しく学ぼう! 食育の工夫とアイデア豊富な「長岡の学校給食」の現場をリポート
長岡市の給食の特色=
「市内全域で取り組む食育」
ご紹介した新町小学校の試みは、学校独自の食育プログラムですが、他の学校が何もしていないというわけでは決してありません。実は、長岡市では、すべての市立小中学校で、子どもたちの食育につながるイベント的な特別給食を月に2回、共通メニューで提供しています。全市をあげた給食への取り組みやその狙いについて、小中学校の給食を統括する長岡市教育委員会の学務課保険給食係の加藤陽子さんと田中麻衣子さんにお話をうかがいました。
「今年の共通メニューのテーマは二つあります。一つ目のテーマは、塩分を控えても食材の風味や調理方法の工夫で料理が味わえることを体験してもらう『ながおか減塩うまみランチ』。もう一つは長岡市産の食材への関心を高める『地場もんランチ』です。子どもたちには、自分の育った地域でどんな食べ物がとれるのかを学んで、大人になったときに『自分の故郷の産物はこれ』と言えるようになってほしいと願っています。だから給食にはなるべく地場産の食品を取り入れていますし、お米ももちろん長岡産米です。各学校のあるエリアを管轄するJAを通じて、納入してもらっています」(加藤さん) 「毎年、1月24日から全国給食週間が始まるのですが、その期間も特別な共通メニューとなります。今年の給食週間のテーマは「発酵のまち 長岡」。長岡市は多くの酒造があり、発酵醸造文化が根付く「摂田屋エリア」があることから、塩こうじや甘酒、味噌など様々な発酵食品を取り入れた料理が提供されます」(加藤さん)こうしたメニューやテーマを考案するのは、共通メニュー担当班の栄養教職員と学務課の方たち。栄養教職員には担当する学校の業務のほか、学務課と共に市内共通で取り組む業務があり、現在は6班に分かれて、食指導や衛生管理、おたよりやPR資料作成、共通メニュー考案などに取り組んでいます。
「給食は一日三食のうちの一食です。日々食べる量の三分の一でしかありませんが、家庭で不足しがちな栄養素は、学校給食で多く摂れるよう工夫をしています。カルシウムはじめ、基準量を摂りづらい栄養素も給食で半分程度は摂取できているわけです。だからこそ給食の献立を考えることはとても大事な仕事です。栄養教職員の方々も誇りを持って活動されています」(田中さん)
栄養価の計算をし、予算内におさめ、学校ごとの食育テーマをふまえながら献立を考え、食材の発注や衛生指導も行う……。栄養教職員の多岐にわたる仕事とその重みに驚かされました。そして、もうひとつ、給食には意外な役割が期待されているというのです。
「今、大人にこそ、食の大切さを伝えるのが非常に難しくなってきています。そのため、私たちは、子どもが親に給食の話をしてくれることで、食育が子どもから親世代に広がっていってほしいと期待しています」(田中さん)
「例えば、習慣となってしまっていた場合、『なんにでもしょうゆをかけないように』と伝えても、身についた食生活を変えることは難しいと思います。だから小・中学生のうちに、素材の味を味わって食べる薄味の料理に慣れてほしいですね」(加藤さん)
給食にこめられた子どもたちへの食育の教えは、なんと、大人にも伝えたいメッセージだったのでした。小中学生のお子さんのいるご家庭では、「今日の給食なんだった?」と声をかけてみてはいかがでしょうか。もしかすると、親よりよほど進んだ食の知識を話してくれるかもしれません。
もう一つ、長岡の給食の特徴といえるのは、多くの学校が「自校方式」の給食だということ。給食センターからの配送が多くなっている昨今の給食事情ですが、長岡市では給食室がある学校がまだまだ多く、出来たてのご飯をいただけるのも魅力です。給食センター方式の学校もありますが、そういう場合でもセンター一カ所につき担当範囲は近くの小中学校3校程度と、比較的小規模。配送エリアが近いので、多くの学校であたたかい給食が提供されています。地域の人が育て、販売し、調理員さんの手によって作られたあたたかい給食が今日も長岡市の小中学生を笑顔にしています。市内に住んでいると当たり前のことと考えてしまうかもしれませんが、実は、この仕組みは、とても大事な長岡市の財産なのです。
アイデアあふれる取り組みで「食」を伝える
栄養教職員の仕事内容とは?
栄養教職員の仕事が、いかに重要なものかは、ここまでお伝えしてきたとおり。新町小学校の津軽先生は、これまで様々なアイデアで給食を通じて食の大切さを伝えてきた、いわば食育のエキスパートです。栄養教諭としてどんなことを大切にされているのか、津軽先生に改めてお話をうかがいました。
――津軽先生は、なぜ栄養教諭になろうと思ったのでしょうか。「単純に食べるのが好きだった、というのもありますが、就職を考え始めた頃に、『食べることというのは一生に続くことだ』と思ったんです。栄養士の仕事は、家族も守れる。子どもが好きだった自分にとっては、子どもに関わる仕事にもつながる。食で、人の体を守れるような仕事がしたいなと考えたのが栄養士の仕事に進んだきっかけです」
――児童が考えたメニューを採用する試みは、いつから行ってらっしゃるのでしょうか。
「6年生が家庭科で考えた献立を採用したりという事は毎年行っているのですが、5年生が総合的な学習で考えた料理を給食メニューに取り入れるというきっかけは、去年、兼務している栃尾東小学校でのことでした。総合的な学習で5年生が米作りをしたのですが、そのなかで、お米をもっと食べてもらうにはどうしたらいいか、ということを考えた結果、『お米を食べたくなる料理の紹介をしよう』という結論になったんです。それで、子どもたちが、お米を使った料理や、お米が進むおかずとか、お米を使ったカップケーキとか、いろいろ考えて、校長先生と私に『プレゼンするので、ぜひ給食で採用してください』と言ってきたんですよ。そのときの子どもたちのアイデアがとっても素晴らしかったんです」
――栃尾東小のアイデアメニューを拝見しました。「セルフ塩おにぎり」なんていうメニューがありますね。自分たちでおにぎり作るなんて楽しそう!
「サプライズ枝豆ご飯というアイデアがありまして。なんと枝豆ご飯の中に、鶏の唐揚げを埋めるんですよ。『これは絶対みんながびっくりするから』と私にすごく熱心にプレゼンしてくれた子がいたのですが、その発想に『私もびっくりだわ』って(笑)。実際の給食では、鶏の唐揚げを小さめにして、5年生の給食では本当に枝豆ご飯の下に埋める盛り付けにして大好評でした。でも、プレゼンを知らないほかの学年には盛り付け方がわからないかも、と思って、枝豆と唐揚げの混ぜご飯にしたんですね。そうしたら、あとから他の学年からも、『自分たちも埋めてほしかった』って言われてしまいました(笑)。
このお米メニュー採用は、全部の班を採用したので1カ月間もあったのですが、子どもたちの給食への反応がすごくよくて、ご飯もたくさん食べてもらえました。このときの経験を今回、新町小でもいかしているんです」
――今のエピソードでも思ったのですが、今日の取材でも、津軽先生と子どもたちの会話がすごく楽しそうでした。先生からは、食育の勉強をしようというより、「みんな、食を楽しんでる?」というメッセージを感じました。
「楽しく食べてもらうことは私のポリシーなんです。昔は、食文化の伝統をそのまま伝えたいと考えていたこともありました。けれど今の子どもたちって『昔はこんな伝統があって、食べることも苦労していたんだよ』と教えても、あーそうかくらいの反応で、あまり関心をもってもらえない(苦笑)。伝統を伝えることはもちろん大切なのですが、食べることなので継続してもらいたいんです。継続するためには楽しみがなければいけない。だから、やはり楽しんで食べて、おいしいと感じることが大事だなと思うようになりました。今回の総合学習のように、学びに給食が乗っかると、最終的に口にできるので、得た食の知識や体験を『忘れないぞ』ってなりますよね。楽しく、おいしく、継続できるように、給食から食育を発信していきたいですね」
給食を通して子どもにも親にも
「食体験」を積んでほしい
――津軽先生は、今の子どもたちにはどのような食育が必要だと思われますか?
「食体験を積ませてあげることですね。現代は核家族が多いので、お年寄りと一緒に住んでいない子が多いんです。そうした影響か、昔に比べて子どもたちが全体的に食体験に乏しいという印象があります。ブロッコリーだけ、トマトだけといった単品食材は好んで食べるけれど、多品目の食材が使われている料理はあまり好みではないという子も、現代では多くなっているんです。親御さんも忙しい日々で、食事が単調にならざるをえないこともあるでしょう。給食はそこを補える食体験をさせてあげる場だと思います。食に関わることは家族が一番大事ではあるんですけれども、どうしてもお家の中で食体験ができない方もいるので、給食を通して様々な食を知ってもらって、さらに子どもから親に発信してもらうという形で、親世代にも広まっていってほしいと思います」
――先ほど、学務課でも、子どもから親へと食育を広めたいというお話を聞きました。
「食材にしろ料理にしろ『給食で初めて食べる』と言われることが多いんですよ。また、初めての食べ物だと、口にするまですごく時間がかかる子もいます」
――私自身、小学生男子の母なのですが、子どもから『今日給食で初めて金柑を食べた、すごくおいしかったからまた食べたい』とか、プラムも『給食で初めて丸かじりしておいしかった』と感動の面持ちで言われて、食べさせたことなかったんだ!と驚いたことがありました。見落としに気づかせてくれた給食にありがとう、と思いました。以来、季節になると金柑やプラムを買うようになりまして。
「ご家庭ではなかなか買わない果物ってありますよね。体験として旬の果物を食べて、今の時期はこういう果物がおいしいということをわかっていってほしい。だから旬の食材はなるべく入れるようにしています」
――給食が、家庭の食生活をより豊かにするきっかけになるわけですね。給食室近くの献立表の掲示コーナーに、給食レシピカードが置かれていましたが、あれも家庭の食生活を豊かにする狙いがあるのでしょうか。
「レシピを持ち帰れるようにしているのは、実は家で作ってほしいからではないんです。子どもがおいしいと言っているメニューに何が入っているかがお母さんに伝わればいい。学校のホームページには給食写真も掲載しているので、写真とレシピを見ながら『こんな材料が入っているんだね』とか、親子の会話の糸口になってくれると嬉しいなと思っています。
実は、レシピの持ち帰りをできるようにしたのは今年度からなんです。きっかけは、コロナ禍のため、恒例行事だった1年生の親御さん向けの給食試食会ができなったことです。給食をPRする貴重な機会がなくなってしまったので、1年生の親御さんにはレシピを紹介したおたよりを出したんですね。そうしたら給食でおいしかった料理のレシピを聞きに来る子が現れたんです。一生懸命調理員さんに聞いてメモをとって。その姿を見て、『レシピが欲しい子がいれば詳しく教えるよ』って言ったら、毎日のように子どもたちが『給食のレシピをください』って言ってくるようになりました。それで、給食のエプロンポケットに『今日のレシピ』を入れて、いつリクエストされても渡せるように持ち歩くようになりました(笑)。今回の5年生メニューは誰でも自由にレシピを持ち帰れるように、掲示してみたんです。とても好評でした」
「今日の給食なんだった?」
その一言を食育の一歩に
――小学生の母親としては、子どもの好き嫌いや、食べるときの姿勢やマナーなど、なんとかしたいけれど、家でなかなかなんとかできない!という、子どもの食への悩みは本当につきません。学校給食の現場でも、子どもたちへの「なんとかしたい」が多いのではないでしょうか。
「野菜嫌いの子が目立つのは同じく悩みの種ですね。食べられないのは思い込みが勝っているケースもありますから、今回のようなイベント的な給食がきっかけとなって、苦手な食材を食べられたという体験が積み上がっていけば、やっぱり食べられるかも、という気持ちに繋がるんじゃないかなと思います。でも、その辺りはとても苦戦していますね。
また以前は肥満の問題が取りざたされていましたが、今は少食すぎる子も課題になっています。特に女の子は、この成長期にしっかり栄養をとらなければいけないのに、食べないケースもあるので、もう少し食べられるようになってほしいと思っています。
あと、実はマナーについても苦労しているんです。例えば、盛り付けのマナー。お汁の器の端からモヤシがだらんとはみ出しているのを気にする子と気にしない子がいるんです(苦笑)。それに食べ方のマナー、箸の持ち方も。最近気になるのは、お皿の縁を親指と人差し指の二本指で上からつまんで持ち上げる子が増えていることです。以前は給食時にマナーも教えていたのですが、今は給食時間も短く、感染対策で給食時間の会話が禁止されているので、集中して教えることができないのが悩みです。実は自分の息子も、箸の持ち方が昔は正しかったのに、ある日気がついたら、成長して手のサイズが変わったせいなのか、変な持ち方になってしまっていたんです。しまった!と思って。一度教えてそれで完了じゃないんだな、と反省しました。親御さんにも成長過程で、箸の持ち方や食べ方が変わることがあるので、時々見てあげてと伝えたいですね」
市内全域で、子どもの食への関心を高める様々な仕掛けに取り組んでいる長岡市の給食。そして、子どもたちに一生続く豊かな食体験をさせたいと日々の献立作りや指導、課題解決に取り組んでいる、津軽先生をはじめとした栄養教職員の先生たち。子どもたちの給食は、こうした多くの人たちに支えてもらっていることに気づかされ、あらためて、給食というシステムがあることに感謝の気持ちが深まる取材でした。
給食のある学校に通うお子さんの親御さんは、ぜひ、「今日の給食なんだった?」と子どもに声をかけてみてください。その一言が家庭の食を豊かにするきっかけになるかもしれませんよ。
写真・文 河内千春