破壊車両は累計800台!全国の消防士が長岡に集結する訓練イベント「レスキューデイズ」とは?
「救助者自身の命も守るのがレスキュー」
頭脳と技術を使う最先端の訓練
雪を待つ長岡市営スキー場に、今年も全国の消防士たちが大集合。東山連邦の麓にある、見晴らしのよい駐車場で、訓練が始まっていました。そこかしこに見える、追突されて側部がへこんだ車、横転した車。そのセットは本物の事故現場さながら。時折、バリバリ!ドカッ!ガガガー!と大きな音が聞こえて、気が引き締まります。
参加者は朝一番に座学で理論を学んだら、そのあと実技訓練へと移ります。この日は8グループに分かれて、グループごとに4つのステーション(模擬的な事故現場のセット)を巡回。各グループは、日本中の消防士で混成されていました。
「車の破片が飛んでくるかもしれないから、これをどうぞ」と保護メガネを手渡してくれたのは、インストラクターのブラッシュ・コバッチさん。ドイツ、オーストリアに拠点を置く救助機器メーカー、ウェーバー社が認めた、公認インストラクターです。レスキューデイズを主催する船山株式会社は、自社で防災ツールを製作するメーカーであると同時に、国内外の防災・救助機器を扱う商社でもあります。レスキューデイズでは、自社で取り扱うウェーバー社の油圧レスキューツールを使用。業界の最前線をゆく高性能のツールを用い、その使い方を熟知したプロを招いて、直接教わる。そんな特別な体験ができるのが、レスキューデイズの醍醐味なのです。
「まず事故現場に着いたら何をする?」「この車の重心はどこ?」コバッチさんが消防士に向かって質問を投げかけ、対話しながら訓練は進んでいきます。まずは、車のなかに要救助者がいると想定して、事故で開かなくなった車のドアを開けていく訓練。バックドアガラスを割ったら、バックドアを電動油圧式のスプレッダーでこじ開けます。バキバキ、メシメシと音を立てながら、徐々に車が破壊されていきます。「機械が動いている間は、人間はできるだけ身体を休めるように」とコバッチさん。救助ツールは年々進化しており、片手で操作できるものや、ボタンひとつで繊細な動きやスピードがコントロールできるものもあるそうです。長時間にわたる救助現場では、体力温存が必須。体を休めている間に、次の手順を考えることもできるでしょう。
印象的なシーンがありました。車の下にブロックを入れるため、車体を少し浮かす必要があったとき、消防士のひとりが自らの手で車の側部を掴んで浮かそうとしたのです。すると、すかさずコバッチさんが「腰を痛めるから、スプレッダーをうまく活用しなさい」とアドバイス。少しなら自力でやっても大丈夫、と思っても大怪我につながることがあるとのことでした。また、コバッチさんは車のなかにあるものを救助に活用する方法なども伝授。例えば、切断したシートベルトをロープのように使って要救助者を引っ張り出す、座席のマットを引き剥がして割ったガラス窓のフレームに被せて怪我を防ぐなど。体当たりで挑むのではなく、頭を使いながら、技術を駆使して、一分一秒でも早く要救助者を助ける。しかも、消防士自身の命も大切にしながら。ヨーロッパ式の最先端を行く救助のあり方を垣間見たようでした。
異なる自治体から消防士が集まり
研鑽と交流の中で対応力を磨く場に
この「rescueDAYS.JP」はそもそも、ウェーバー社によって20年以上主催されてきた、世界最大級のレスキューイベント「rescueDAYS」にインスパイアされてはじまりました。船山東京本店消防・防災部の藤澤佑介さんは、本場のレスキューデイズを知る一人。「車両の数も、参加人数も、とにかく規模が大きかったです」と藤澤さん。その大きさを例えるなら、レスキュー訓練の「オリンピック」。誘致で開催地が決まり、その土地に世界中から消防士が集まります。公道を封鎖したような大きな会場で、最新の救助器具を使い、数百も用意された車両事故のセットを進みながらトレーニングしていく。そこには、最新のテクノロジーが搭載された車両も含まれています。
ウェーバー社では、新しい車種が出たとき、自動車メーカーから新車を提供されて、救助の際にどのように破壊できるかを検討するそうです。例えば、電気自動車、水素自動車、ハイブリッド車など車の動力によっても注意する点が変わってきます。また、新しい車のなかにはより強固な車体もあります。ウェーバー社公認インストラクターは、そうした最新の車の扱い方も踏まえて、指導を行います。
そもそも、車両を破壊するという経験は、消防士にとって、そう何回もできるものではありません。「料理番組を見るのと、自分で料理するのは違いますよね。講義を聞くだけでなく、実際に車を破壊するというのは経験値ですから、そこでしか培われないものがあると思います」と藤澤さん。
レスキューデイズに参加した消防士にお話を聞いてみました。長岡市消防本部予防課消防副士長の渡邊雄仁さんは、休日にも関わらず、自主的に参加。消防士歴5年、20代半ば。昨年から特別救助隊に配属されました。
「車の事故現場を再現するのは難しいこと。あんなに忠実に再現されたセットで訓練ができるのは貴重な機会でした。車に閉じ込められるような悲惨な事故現場を、自分はまだ経験していません。普段はできない車両の解体や高度な技術を学んで、いざというときにどう動くのかシミュレーションする機会になりました」(渡邊さん)
渡邊さんは、「全国津々浦々から集まった他の消防士たちが、高い意識を持っており、積極的に動いていた」ことに刺激を受けたと言います。現場によって技術の運用の仕方が細かく異なることがあるため、ほかの消防士から学ぶことが多々あったそうです。
地震など大きな災害があったとき、全国各地から消防士が集まって救助活動にあたる場面をニュースなどでも目にします。そうした現場では、誰かが指揮をとらなくてはなりません。レスキューデイズの実技訓練でも、まずはじめにグループで「誰がリーダーをやりますか?」とリーダーを決めるところから始まっていました。現場では、状況に合わせた臨機応変な判断がきっと必要になるはず。「現場ではひとつのやり方だけが正解ではない」と、藤澤さんも言います。そう考えると、このレスキューデイズの状況は、大災害の被災地に、日本中から消防士が集まってきたときに近いのかも。異なる自治体や組織の人が垣根を超えて協力し合う。そんな希少な実践の場をつくるレスキューデイズは、日本全体のレスキュー力をも底上げしているのではないでしょうか。
消防業界全体を底上げすることで
企業の立場から社会に貢献する
レスキューデイズでは、船山が宿泊と昼食を提供しています。昼食は、船山が扱う防災食をアレンジしたもの。宿泊は、テント泊です。驚くことに、全部で約70張りのテントは、すべて船山の社員により建てられました。このテントは模擬避難所であり、船山が被災地でボランティアをする際に使っているものと同様のものなのだそうです。
「被災された方の少しでも役に立つ、自立したボランティアであるために、被災地では社員のみでテントを建てます。レスキューデイズでテントを建てるのは、社員にとっても、いい訓練になっています」と話すのは、船山の代表取締役社長である秋山政信さん。
船山は、北海道南西沖地震、阪神淡路大震災、中越地震、新潟県中越沖地震、東日本大震災、熊本地震、そして今年の能登半島地震など、これまで30年以上、回数にして20回以上の災害に際して、各地で企業ボランティアとして活動を行っており、能登では2024年の1月から4月にかけて社員が被災地へ行き、特に断水によって課題になったトイレの水の供給、仮設の循環式お風呂システムなどで支援しました。
その地道な活動が評価されたからなのか、総務省の事業に選ばれて、海外に向けて消防・防災に関するレクチャーを行ったことも。これをきっかけに船山を知った海外の団体も多く、これまでのレスキューデイズには台湾、モンゴル、カンボジア、インドネシアなどからも参加者がありました。
今でこそ業界で知られるようになった船山ですが、防火衣のメーカーとしては後発だったそうです。防火衣の前は、主に紳士服やユニフォームを製造しており、その技術を防火衣に応用するようになりました。また、創業者の船山富作が創業以前に帝国製麻(現・帝国繊維株式会社)という、麻糸の紡績企業に勤めていたことも関係しています。昔の消防ホースは麻でできていたことから、船山でもホースなどの消防用品を扱うようになり、消防関連の事業が拡大していったのです。
「防火衣の製作販売が後発だったからこそ、何をやらなきゃいけないかっていうと、やっぱりお客さんの声を聞くことです」と、船山の藤澤さんは言います。船山の防火衣は、スペックはもちろん、デザイン性にも優れていることで好評を博しています。デザインのパターンが豊富なのは、「3本線を入れたい」といったお客さんの細かな要望にその都度応えてきたから。「こういうのがあったらいいな」という世の中のニーズを実現していくなかで、船山の事業が展開していったそうです。
レスキューデイズが始まったのも、そんな自然な流れだったのかもしれません。実はレスキューデイズ自体は「儲かっている事業」ではないそうです。海外からインストラクターを招き、通訳も雇い、破壊可能な車両を80台以上用意して、宿泊や昼食も用意して……と考えると、採算が合うのか心配になります。秋山社長は「こんなことを言うのは口幅ったいけど」と前置きして、日本の消防事情について少し教えてくれました。
「消防は自治体で行うものなので、たとえば村なら村が、市なら市が担当します。大都市は比較的予算があるけれど、小さな市町村では、最新の器具を使って車両を破壊するような、規模の大きな訓練は気軽にできないかもしれない。レスキューデイズは、そんな人たちにも来てもらいたいと思って続けているんです。特にPRもしていないんですけど、地道にやっています」(秋山社長)
船山の社員さんが「地方営業に行くと『今年のレスキューデイズはいつやるんですか?』とよく聞かれる」と言っていたように、レスキューデイズを楽しみにしている消防士は日本中にたくさんいるのでしょう。
「レスキューデイズに参加して、ウェーバー社のものを船山から買ってもらえたらベストですが、たとえ同業者の違うツールを買う形になっても、『ここに来てよかった』と思ってもらえるのが一番。うちだけ儲かればいいということではなくて、社長の言葉を借りるとレスキューデイズは『消防業界全体を盛り上げるための働きかけ』とでも言ったらいいでしょうか」(藤澤さん)
顧客や社会が必要としているものを考えながら、大きな災害があればボランティアとして駆けつけ、消防士の学びと交流の場をつくる。意義ある活動ですが、それをことさらにアピールしようとしないところが、また船山のかっこいいところ。私たちが知らないところで、今日も消防士や消防業界の人たちが、消防・防災技術の向上を目指して研鑽を積んでいます。生活者の安全や安心を影で支えてくれている人がいるということを、忘れずにいたいです。
Text & Photo:橋本安奈
船山株式会社
長岡本社
新潟県長岡市稲保4-720-6
電話番号
0258-25-2780
昨年までのレスキューデイズのレポート
https://www.funayama.co.jp/rescuedays/