“大水害時代”とどう向き合う? 国内最長「信濃川」の治水対策に迫ってみた ※防災情報サイトのリスト付き

ここ数年、全国各地で大雨による大規模な洪水や土砂災害などが発生しています。特に毎年7~10月は、梅雨前線や台風の発達に伴う大規模な水害が起こる危険性が高い時季。今年も静岡県熱海市をはじめとした地域で豪雨が続いたことによって土砂崩れが起こり、死者や行方不明者が出る甚大な被害をもたらしました。「自分のまちの河川も危ないのでは!?」と心配になった方も多いかもしれません。

ところで、新潟県を流れる日本最長の河川「信濃川」は、どんな水害対策を行っているのでしょうか?水は私たちの生活になくてはならないものですが、これからの時代、本当に川のそばで安心して暮らせるのでしょうか。気になる信濃川の水害対策について、専門家に聞いてみました。

「米どころ・越後」を生んだ一大工事!
信濃川「大河津分水路」の歴史

2021年4月、新潟に赴任した今井誠さん。東京・北海道・オーストラリアなどで治水事業を行ってきました。

今回お話を伺ったのは、国土交通省北陸地方整備局・信濃川河川事務所の所長、今井誠さん。「治水」事業のスペシャリストとして、各地を飛び回って河川整備のマネジメントを行っています。ちなみに「治水」とは、河川堤防やダム・遊水地などを整備して、洪水が起こらないようにすること。川から水があふれることで起こる浸水被害を、防いだり軽減させたりする役目も果たしています。

「信濃川の治水事業のなかでも特に注目したいのが、長岡市寺泊と燕市分水の境を流れる大河津分水路(おおこうづぶんすいろ)です。大正時代に施工された歴史ある人工の川で、2022年で通水100年目を迎えます」

現在、この地域は辺り一面に田園風景が広がっていますが、大河津分水路が通水する100年前は水はけが悪い湿地で、洪水がひとたび起これば浸水が続き、米作りには条件の悪い環境でした。今でこそ新潟はお米の産地として有名ですが、当時この地域でとれるお米は「鳥またぎ米」と呼ばれ、“鳥さえもまたいで避けるほど食味が悪い”と評判だったそうです。

「あまりに洪水が多いので、江戸時代から何度も治水構想が持ち上がっていたようです。明治3年に第一期工事に着手しましたが、当時は技術がないため頼るのは人力のみ。さすがに限界があって、途中で中止になりました」

(左)堤防が決壊し、濁流が押し寄せる様子。(右)「横田切れ」で浸水した地域。

工事再開の目途が立たないまま時は経ち、ついに大水害が発生してしまいます。明治29年7月の大洪水、いわゆる「横田切れ」では、数日間続いた大雨で信濃川堤防が決壊し、破堤箇所から約40km先の新潟市中央区関屋まで、広いエリアが浸水しました。海抜の低い土地では4カ月経っても水が引かず、衛生状況の悪さから伝染病が蔓延して命を落とす人も続出するほど、記録に残る大災害となってしまいました。

通常時は堰(せき)で水の流れをせき止め、洪水時はあふれる水を日本海に逃がす仕組み。

この甚大なる被害をきっかけに、明治40年に大河津分水路の工事が再スタート。信濃川中流から洪水を日本海に逃がす分水路をつくり、下流へ流れる洪水を小さくすることを目指しました。

(左)初期の工事は山を掘削するのも手作業。約1,000万人の人員を導入した総力戦でした。(右)通水を喜ぶ人々。しかし、分水路完成後まもなく、川底が削れて堰が倒壊する大惨事に……。

「新たに川をつくるには技術と労力が必要です。山を掘削して洪水を流すための水路を整備し、水の流れを制御する堰を造り、13年の歳月をかけて大正11年に通水しました。

当時の土木技術を駆使して建設しましたが、大河津分水路の建設を巡っては様々なトラブルが起こりました。分水路の整備中に地すべりが発生したことにより分水路が埋没したり、通水後も勢いを増した水流で川底が掘れて堰が倒壊したり。堰が倒壊したことに伴い、信濃川の水が下流に流れなくなり、河口に近い地域では海水が逆流して、水道水が塩辛くなったこともあったそうです。

その後、堰の改築や川底が掘れることを防ぐための施設などを設置する補修工事が実施され、現在の大河津分水路の姿になりました。」

人々の努力と英知の結晶として完成した大河津分水路。洪水を防ぐこと以外にも、新潟県全域にさまざまな恩恵をもたらしてくれました。

治水事業が成功したおかげで開通した、国道8号線、北陸自動車道、上越新幹線。

「洪水の危険性が低くなったことにより、新幹線や高速道路、国道が平地の中心に建設できるようになり、交通網が発達したのは大きな変化です。それ以前は洪水のリスクを避けるために、信濃川から離れた山沿いに電車の線路が設置されていたことを考えると、抜群にアクセスが良くなりました」

(左)新潟市中央区では川幅を約800mから約300mに縮小したことにより、新しい土地が生まれました。(右)新潟が「米どころ」として有名になれたのは、治水事業あってこそ!

その他にも、治水をきっかけに新潟は劇的な変化を遂げています。例えば、信濃川の下流にある新潟市中央区では、洪水リスクが減ったことから川幅を縮小。埋め立てた土地に「新潟県庁」やコンベンションセンター「朱鷺メッセ」、商業地「万代シティ」など、新潟市の経済や行政に重要な施設が建設されました。

洪水が起こらなくなったことから、土壌環境も激変。足場の悪い湿田から、お米の栽培に最適な乾田になり、飛躍的に食味がアップしたおいしいお米が育つようになりました。現在、大河津分水路下流域は、県内収穫量の約3割を占める穀倉地帯に発展しています。

長岡市街地の対策はどうなってる?
進化を続ける河川敷の形

それでは、信濃川中流域である長岡の市街地ではどのような変遷を辿っていったのでしょうか? そんな疑問に答えるため、今井さんが見せてくれたのが昭和22年の長岡市街地の航空写真です。

昭和22年の長岡市街地を流れる信濃川。※現在「長岡赤十字病院」やショッピングモール「リバーサイド千秋」が建つエリア

「昭和22年、長岡の市街地には、蛇行する細い川があちこちに見られました。川幅が狭くてクネクネと曲がっていると局所的に水位が上がり、洪水を河川内に収めるための堤防が削れやすくなります。つまり、堤防決壊などの災害リスクが高い状態といえます」

そこで、戦後にはじまったのが、川の流れを整える工事。堤防の整備や河川内の掘削、河川敷の造成などを行うことで、洪水の危険な流れ方を制御する対策をしました。

令和2年の長岡市街地を流れる信濃川。

「こちらの写真は、令和2年の長岡市街地です。細く曲がりくねった川は河川の中央を流れるようにまとめられました。そして、工事着手前にはなかった長岡大橋、大手大橋、フェニックス大橋が架かっています。

河川敷は公園やスポーツ広場など市営施設が設置されており、毎年8月には『長岡まつり大花火大会』の観覧場所にもなるので、市民のみなさんには親しみのある場所かもしれません。また河川敷を取り囲む堤防は、盛土やコンクリート護岸などで造られています。洪水時に決壊が起こらないように、劣化や強度の不足がないかを点検するなど定期的にメンテナンスをしているんですよ」

実際に長岡市中心部の信濃川沿いに行くと、もはや広大な森のような河川敷が広がっているのを目にすることができます。水害対策は完璧にも見えますが、まだ改善の余地はあるそうで、今後もより多くの洪水を流せるよう、樹木の伐採や河道掘削などを進めるとのこと。ソフト対策を含め想定外の豪雨にも耐えられるように、万全の体制を整えています。

河川災害は「全体」で考える!
流域自治体と連携して防災対策

長岡市では川の氾濫を防ぐために、さまざまな対策を講じていることがわかりました。ですが、川は複数の自治体にまたがって流れているため、ほかの市町村との連携が必須です。信濃川の流域全体として、どのような取り組みがなされているのでしょうか?

「この先の気候変動時代、洪水の規模が大きくなっていくなかで、河川管理者など個別の治水事業だけで対応することは現実的でありません。ですので、国・県・市町村や民間のあらゆる関係者が協働して、“流域全体”で水害から身を守るための流域治水のプロジェクトに取り組んでいます。具体的には、定期的に流域内の関係者からなるメンバーが集まって、流域の治水の方向性について意見交換をしたり、自分の地域で行う治水事業を報告したりしています。信濃川に関わる人たち全体で治水に取り組むことが大事なんです」

プロジェクトに関わるメンバーは河川や下水道などの管理者だけではなく、土砂災害対策や農地、森林、まちづくりの管理・整備関係者など、多岐に渡ります。幅広い知見を集めてあらゆる角度から水害のリスクを考え、いざという時に備えた対策を行うのが目的です。

流域全体の治水構想。あらゆる施策を講じることで、被災リスクを抑えています。

「例えば、河川の氾濫による被害を減らす方策のひとつとして、田んぼや公園に雨水を貯める対策があります。大雨が続いたとしても、大量の水を貯めておく桶のようなものがまちじゅうにいくつもあることで、まちなかに水があふれだすリスクを減らせるというわけです。

そのほかにも雨水などを河川へ排水する「排水機場」の整備や、浸水が発生した場合でも機能するよう防水扉や防水壁による強化、土砂災害を防ぐための砂防施設整備、森林の整備・保全といった取り組みも行われています」

(左)学校のグラウンドにつくられた校庭貯留。豪雨時に雨水を一時的に貯めて、少しずつ流します。(右)山の荒廃や土砂崩れを防ぐための森林整備・保全にも力を入れています。

「また、万が一洪水が起きたときのリスクを低くすることも重要です。例えば、現在すべての不動産業者は入居者・土地購入者にハザードマップを見せることが定められています。当たり前ですが、水害リスクが高い場所に住む選択をしないことが好ましいです」

タブレットや立体模型で治水を学ぶ
「にとこみえ~る館」を見学!

工事現場の目の前にある「にとこみえ~る館」。

私たちの暮らしと安全を支えている治水事業ですが、その大切さを学べる機会はなかなかありません。そこで国土交通省が2020年7月にオープンしたのが、大河津分水路改修事業の情報発信基地「にとこみえ~る館」です。大河津分水路は河口部が狭くなっていることから洪水時に上流の水位を上昇させる課題を有しています。

工事現場マニアが歓喜しそうな光景。この日は、水の勢いを弱めることで川底が削られるのを防ぐ「減勢工」の工事をしていました。

現在、大河津分水路は新潟市まで及ぶ水害リスクを低減させるべく、改修工事の真っ最中。「令和の大改修」と称され、クレーン車など多数の工事車両が集結するダイナミックな現場の様子を間近に眺めることができます。工期は2015年~2032年、実に17年間もの歳月をかける大規模工事です。

施工後のイメージ模型。川幅が広くなることで水害リスクを抑えられます。

今回の改修ポイントは全部で4つ。山地を削って川幅を広くすること、山地部の掘削とあわせ老朽化した「第二床固(とこがため)」の改築、魚が上下流に行き来しやすくするための魚道整備、新しい野積橋の架け替えです。

なかでも、今、注目したいのが第二床固の改築工事。「床固」とは川底に造る小さなダムのことで、河川の勾配をゆるやかにすることで洪水時の流速もゆるやかにします。川底の土砂が削れにくくなるため、大河津分水路が洪水を安全に流すことができるようになる仕組みです。

一つ450トンもある巨大な赤い鉄箱(ケーソン)を全部で9つ川底に沈めて床部をコンクリートで固めますが、ここまでの大規模工事を誰でも間近に眺められる機会があるのは、国内でも珍しいそうです。大河津分水路改修事業の詳細は、動画でもチェックできます。

その工事現場の間近に建てられた「にとこみえ~る館」には、大河津分水路について楽しく学べる工夫がいっぱい。展示パネルは小学生でもやさしく理解できるように、図やイラストを使ってわかりやすく解説されています。

冬季に信濃川へ飛来するカモをモチーフにしたキャラクター「にとこちゃん」がご案内。

目玉はタブレット端末を使った工事現場の観察。中央にある大河津分水の模型にタブレットをかざすと、工事中の様子や完成後の水路が3Dで閲覧できます。360度パノラマのリアリティ溢れる映像に思わず夢中になってしまうはず。

(左)シアタールームでは、2019年10月に起きた“晴天の大洪水”を動画で紹介。(右)橋をかたどった積み木、トキをつくる折り紙のコーナーもあります。

見晴らしの良い展望スペース。まるでエンターテイメントのように工事現場観察を楽しめます。

屋上は大河津分水を臨む展望スペースになっています。取材時は、大型の油圧ショベルが山を削っている真っ最中。床固の工事も着々と進んでおり、工事車両や船が忙しなく動き回っていました。

階段の先がチャレンジコース。少し歩いた先には、顔出し看板も用意されています。

工事現場をじっくり観察したい方は、施設脇にある展望台「チャレンジコース」がおすすめ。階段を上った先は、大河津分水路を見渡す一面の景色が広がっています。

17年間の長期に渡って河川の大規模工事が行われ、さらにそれを誰もが見学できるという機会はそうありません。床固や橋が完成する過程を眺めるのはまるで社会見学のようにワクワクする体験で、工事車両好きな子どもはもちろん大人も心が弾みます。

「工事の過程を見学できるのは2032年までの期間限定です。日々変わっていく川の様子を楽しんでもらえたら嬉しいです。近くには魚の市場通り(通称:アメ横)や日帰り温泉もありますので、ぜひ寺泊巡りを楽しんでいってください!」と今井さん。大河津分水路の大改修は、観光名所の役割も果たしているそうです。

Information

にとこみえ~る館
[住所] 新潟県長岡市寺泊野積
[電話番号] 0258-89-7105
[営業時間] 9:00~16:00
[定休日] 月曜(祝日の場合は翌平日)
[駐車場]50台
[Twitter] https://twitter.com/nitoko_mieru

 

水害から命を守るのは自分自身!
今すぐハザードマップの確認を

地球規模での気候変動に対応するため、そして河川の氾濫を防ぐために、治水事業に関わる人たちは日々努力と工夫を重ねています。しかし残念ながら、水害のリスクはゼロにはなりえません。私たちも「もしも水害が起きたら」という可能性を常に頭に入れておき、いざという時には一人ひとりが早急に行動することが大切です。

その中で一番にすべきなのは「ハザードマップを活用して、自分が住む地域の水害危険度、避難場所を把握しておくこと」。長岡市では「長岡方式の避難行動」としてその考え方をまとめ、基本的な避難行動として「①自宅の上の階に避難」「②浸水しない場所へ車などで避難」を優先し、①または②ができない方が「③市が開設する避難場所へ避難」する「分散避難」を推奨しています。命を守ることを最優先に行動することが大切です。

以下のサイトでは、自分が住む地域のハザードマップのダウンロードもできますので、ぜひ今すぐチェックしてみてください。

▼自分が住む地域のハザードマップをダウンロードする

「長岡市の洪水ハザードマップ」
http://www.bousai.city.nagaoka.niigata.jp.cache.yimg.jp/hazard-map/flood.html

▼長岡市の最新防災情報を知る

「ボーサイダー(長岡市危機管理防災本部)」
twitter: https://twitter.com/bousaider

「ながおかDメールプラス」(登録制メール)
http://www.bousai.city.nagaoka.niigata.jp.cache.yimg.jp/preparing/dmail.html

▼リアルタイムの川の水位や洪水危険度をチェックする

「国土交通省 川の防災情報」
https://www.river.go.jp/

長い歴史の中で大水害によるたくさんの犠牲があり、先人たちがそれを防ごうと努力を重ねてきたからこそ、向上を遂げた治水技術。その最前線の現場にいる今井さんは、「まちの人たちに河川の危険に関する情報をいかに伝えるかが最大の課題です」と話します。防災の主役は、街に暮らす私たち。雨が続き、水害の気配がしてきてから気を引き締めるのでは、一足遅いのです。日本最長の川「信濃川」の恵みを受ける一方で、その隣に潜むリスクを意識すること、備えることが、川のそばで安心して暮らすために必要なことといえます。

Text:渡辺まりこ

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