平日・夕方・市役所で。小さなトライを重ねる「あったか横丁」が生み出す出会いの場

水曜日の昼下がり、長岡市役所の本庁舎が置かれている「アオーレ長岡」の中庭・通称ナカドマに手際よくテントが立ち、たちまち屋台街の様相に早変わり——この一年と少しのあいだ繰り広げられてきたイベント「あったか横丁」開催日の一風景です。市役所で、行政と市民の垣根なくみんな一緒に飲み食いしながら、なんてことない話をする。1〜2か月に一度というなかなかのハイペースで開催されるこのイベントは、どのような背景で、どんな思いとともに開催されているのでしょうか?
「あったか横丁」を主催しているのは、「発酵・醸造のまち」長岡の秋を彩るイベント「HAKKO trip」を主催している「長岡の発酵ミーティング」。その番外編として、主にHAKKO trip出店者のみなさんと一緒にひらく小さなお祭りです。スタートから1年が過ぎたこのタイミングで、はじまりのきっかけからこの先に見たい景色まで、これまでの取り組みを振り返ります。
「みんなで熱燗呑もうよ」
雨の中、蔵元さんの一言をきっかけに
「あったか横丁」の記念すべき1回目は2024年2月7日、長岡市の郷土料理としてもおなじみ煮(2)菜(7)の日でした。そもそものきっかけは、2023年秋のHAKKO tripの際、アオーレ会場での開催日が容赦ない土砂降りだったこと。集客も難しく、みんなの心が折れるほどの雨を眺めながら、日本酒で出店していた蔵元のみなさんから「寒いし、今度熱燗のイベントをやろうよ」と話があがりました。

そこで、町内会長でありながら「ナガオカ・クラフトビール・フェスティバル」実行委員であり「ザ・ビール展 in NAGAOKA」というイベントの主催までしている大竹祐介さんに話をしてみたところ、「やってみようよ!」と前のめりで、一度集まって相談会を開催することに。その中で、高知県の「おきゃく」みたいな感じはどうだろうとアイデアがあがりました。おきゃくとは土佐弁で「宴会」を意味し、高知市の中心部で年に10日弱、この名を冠した飲み会イベントが開催されているのです。商店街に畳やコタツを出し、まるで街そのものを会場にした飲み会です。まちで活動する様々な人が集まる場として、ここから何か新しいことが生まれそうな気配も感じます。
とはいえ、これほど大規模なイベントにするには予算的にもマンパワー的にも難しい。それでも、出展者やお客がもっと話せるようにしたい……。チームでいろいろと案を出し合っていく中で、「横丁」というキーワードが浮かんだといいます。そこから「熱燗だけじゃなくて、あったかい食べ物も欲しいよね」「寒いからストーブやこたつが欲しいよね」と、コンテンツが次々に決まっていきました。大事なのは「まずはやってみよう」精神です。こたつはハードルが高かったものの、ストーブは避難物資として持っているものを使用することができ、最低限の予算で「あったか横丁」はスタートすることに。実は、ここにはもう一つ、イメージの源がありました。メンバーが思い浮かべていたのは、2016年に惜しまれながら閉店した、長岡駅前の「酒小屋」という居酒屋。一日に2時間程度だけ営業し、地元の酒飲みに愛されたお店です。「あの感じでやりたいね」と、みんなの意見が一致したそうです。
酒小屋のメニューは、モツ煮込みオンリーでした。最小限のメニューと時間でも、人がいればそこは唯一無二の空間となるのです。



2024年2月の初回開催から2025年3月まで、あったか横丁は計9回行われました。「日本酒で乾杯条例制定10周年」を記念した回や、「な!ナガオカ」とコラボして記事に登場した人や物にフィーチャーする回など、毎回さまざまな方達と小さなトライと新しい出会いを重ねていきました。
「まずやってみる」ことで生まれた
「出会い」と「市民参加」の場

回を重ね、いつの間にか「あったか横丁は水曜日開催」が暗黙の了解となりつつありますが、最初は単に、土日はナカドマの予約が埋まっていたのが大きな理由でした。しかし、蓋を開けてみれば「イベントは土日でなければ人が集まらない」という思い込みを覆す大盛況。仕事帰りの人たちがふらっと立ち寄っては話に花を咲かせる、まさに「横丁」のイメージが、平日だからこそ出来上がっています。「スウェーデンでは水曜日をリトルサタデー(小さな土曜日)と呼んで、好きなことをしてリラックスして過ごすそうなんです。水曜日に休息して、あと2日頑張れば週末だ、という。狙って始めたわけじゃないですけど、そういう人生の楽しみ方って、なんだかいいですよね」と話すのは、市役所側の運営を担当する岩崎歩美さん。
そう、このイベントは、市役所と市民が主催から運営まで共同で行うイベントなのです。こんな“お役所仕事”もあるんですね。
実は岩崎さん、「あったか横丁」が誰かと誰かの出会いの場になるとは、はじめた当初はそんなに意識していなかったそうです。しかし、いざ実際に場をひらき、出店者や参加者がお互いに「あ、この人と会わせたいと思ってた〜!」と、自然といろんな人を紹介し合う光景を見て、それを体感するようになっていきました。この様子をみていた運営外の人が「市役所にこういう瞬間があることが大事なんだ」と何度も言ってくれたことで、場に対する運営側の意識も変わっていったんだとか。
夕方からの開催というのも成功のポイント。近所のおばあちゃんやおじいちゃんなど、普段なかなか夜に飲みに出られない年配の方たちもたくさん集まったのは運営サイドとしても予想外だったとのことですが、いまや「あったか横丁」の印象的な風景のひとつとなりました。「大型イベントも大事ですが、こういった定期的にやるミニマムなかたちのイベントは今まで長岡になかったんじゃないかな。『にいがた酒の陣』のような、規模も巨大で運営もかっちりしたもの感じとはまた違う、新たな可能性を感じています」と、市役所の佐藤泰輔さんも語ります。

年間の開催スケジュールをがちがちに組むわけではないので、「次は何月に開催だね」なんて、もはやお客さんに次回の開催日を決められることもあるのがこの「あったか横丁」。市の大型イベントは行政側で時期を決めて旗振りを行いますが、あったか横丁は逆で、最近は出店希望や、この人どう? なんて推薦話が来てから、その人が参加できる日取りを決めたりするのも特徴的。行政の意向のみで決めるのではなく、企画から出店者と一緒にやっているため、運営側の目線としてもこれまでにない感覚があるそうです。インスタグラムで長岡情報ガイドを出しているローカルインフルエンサー「三尺玉三郎」さんが遊びに来て、運営側でレポートを出すよりも早く、素敵な写真で情報を拡散してくれました。自分たちだけで頑張るのではなく、参加者や出店者も自主的にいろいろなことで助けてくれるというのは、運営サイドとしても嬉しい空気感だと言います。
「お客さんがなかなか帰らなくて片付けが進まなかったときに、常連さんが勝手にストーブを消し始めたんですよ。 消しちゃえば寒くてみんな帰るからね、もう消しちゃえばいいんだよ〜って、面白かったですね。そんなふうに、片付けまでみんなが一緒にやってくれるのも象徴的な気がします」(岩崎さん)
出店者も市役所のメンバーも、ときにはお客さんも含めて、垣根なくみんなで片付けを行うのはもはや、あったか横丁のお決まりの風景です。この「前のめりの協力感」はたいていの行政主催のイベントはおろか、企業主催のイベントでも見られないものでしょう。この場所には単なる“消費者”はおらず、お客さんも出店者も、みんなが協力して場所の雰囲気をつくり、お互いにネットワークを作り、運営を円滑に運び、片付けまで行う。ある意味、もっとも小さな市民参加の意識を育てる場所なのです。そう考えると、これも立派な公共の仕事ですね。

まちを形作るさまざまな人が
「姿を現わして語り合う」場に
「いつも『あったか横丁』に来てくれるおばあちゃんと一緒に出店のご飯を食べているんですが、ご自身が若かった頃の長岡での思い出話をしてくれたんです。昔の長岡の話を聞かせてもらえるのが面白いですし、いつもその場でまた次の『あったか横丁』でね、と約束をしていくんです。同じまちに暮らす人の思い出話を伺って、顔をあわせる回数を重ねるごとにどんどんその人のことを知っていけるのは面白いですね」こう話すのは若手職員の熊木七菜子さん。祖母と孫ほど年齢の離れた飲み友達ができるのも、場の持つ不思議な力なのかもしれません。
また、長岡市に移住してきた方が高頻度で遊びに来てくれるのも「あったか横丁」の特徴のひとつ。広報・魅力発信課で移住・定住領域も担当している佐藤さんは、移住してきた方達のその後の暮らしについて、楽しくお酒を酌み交わしながら話を聞けることがとても貴重で、何より嬉しい時間だと話します。
全国各地で移住への取り組みが行われ、取り組みの成否が「移住者の数」というデータ上の数値のみで測られることもありますが、移住はゴールではなくスタートです。「一時的に住所を移しても、その後の暮らしがその人にとってよいものだと思えなければ、結局その人は去っていく。まちの『満足度』を高める取り組みは、いくらあっても足りないくらいなんです」(佐藤さん)おなじ市民同士、交流が続いていく場にもなっているのが「あったか横丁」の面白いところ。「飲みに行きましょう」と約束して、日時を調整して、お店を決めて……と会うことももちろん楽しいですが、「あそこに行けば面白い人がいるかも」という期待や偶然性も楽しみながら過ごせる時間と場所が、まちには必要なのではないでしょうか。1〜2か月に一度開催しているというペースも、「予定が合わなくても次がある」という気軽さにつながっているのです。

この先の展望として、「気になっているけどまだ来たことがない方が気構えずに参加しやすいよう、もっと垣根を低くしていきたい。お酒を飲めない人ももちろんいらっしゃるので、ノンアルコールでも大丈夫ですし、がっちり決めすぎずに、みんなで考えながらいろんな人の話を聞き入れていきたいです」(岩崎さん)と意気込む運営メンバーたち。長岡駅前だけでなく支所地域での開催も計画中で、小回りが効くイベント形態だからこそ、新しいトライを都度試していきたいとのことです。
「私が入庁したばかりの頃、ひっきりなしに外の人が会いにきて、ずっとお茶を出して話している人望の厚い上司がいたんですけど、その人が辞めたとたん、職場が急に静かになってしまいました。自治体業務もどんどん効率化・オンライン化が進んでいることもあり、実際に人が来てくれる機会はますます貴重になっていきます。単に用事を済ませるだけでなく、面と向かって会うと思ってもいなかった話ができるし、何よりも楽しい。『あったか横丁』ではみなさんといろいろ話せるので、とても大事な機会です」(岩崎さん)
「市役所職員もお客さんとして来ますしね。同じ職員と言っても担当領域が違うとわからないことも多いので、仕事終わりに『あったか横丁』で喋っていると新しい発見も多いです。他部署の職員に民間の人を紹介するのも、普通だとセッティングして打ち合わせをして……と実施までさまざまなフローが必要になりますが、『あったか横丁』ではその場で紹介できるので、思いもよらない組み合わせで新しいつながりができていくのも面白いです」(佐藤さん)
行政に用事がなくても市役所に行っていいし、平日の夕方からお酒を呑んで職員も市民も出店者も関係なくお喋りする時間があってもいい。ナカドマではよく地元の学生らが寒い中でもコーヒーを飲んでお喋りしている光景を目にしますが、平日の夕方に、大人が大真面目に屋台を建てて飲み会をしているというのも、その延長のようなもの。市役所だからと言ってビルの中に閉じこもるのではなく、どんどんまちにひらいていく姿を見せることができている自治体は、なかなかないのではないでしょうか。そこに、その状態を面白いと思う市民たちが顔を見せ、半径2メートルのコミュニケーションからまちに新しい何かが生まれていく。彼ら彼女らにとって、いまは当たり前かもしれませんが、進学などで一度長岡を離れて他の街を見た時に「長岡のまちはちょっと変わってたんだな、あの感じはよかったな」と思い出すような光景になりつつあるかもしれません。

2025年3月開催の「あったか横丁」は、久しぶりの大雪の名残のような寒さも感じつつ、年度の変わり目ならではの話題に花が咲きました。ほとんど毎回姿を見るお客さんに話を伺ってみると、「仕事帰りにちょうどいいのよね。だいたい1〜2か月に一回、水曜日にやるもんだと思ってチェックしているの」「会社からランニングがてらやってきました。『あったか横丁』の日は定時ダッシュのお楽しみです」なんて嬉しい言葉もいただきました。
季節の折々、週の半ばに市役所の下で、忙しい足を止めて呑み交わす。そんな風景が長岡の1シーンとなっているのは、面白いと思いませんか?
……と言いつつ、2025年の4月はBリーグの試合に合わせて土曜日開催の予定です。「平日だとなかなか行けなかった」という方も、これまで何度も足を運んでくれている方も、アオーレにてお待ちしています。
次回の「あったか横丁」
新潟アルビレックスBB VS ヴィアティン三重の試合がシティホールプラザアオーレ長岡にて開催されるのに合わせて、いつものアオーレナカドマで「あったか横丁」を開催予定。
詳細は、な!ナガオカInstagramをぜひチェックください。
日時 2025年4月5日(土)16:00〜19:00
会場 アオーレ長岡 ナカドマ
Text&Photo: 八木あゆみ(「な!ナガオカ」編集部)