場をひらき、共有する。空き家リノベーションでまちの風景を変える「かきがわ不動産」
新潟県長岡市の中心市街地を縫うように流れ、信濃川に注ぐ「柿川」。江戸時代は河川水運を担う「長岡船道(ふなどう)」が貨物の積み替えを行う船継地として繁栄し、沿岸には船着場や倉庫が軒を連ねて賑わう商業活動の拠点でした。現在は、川沿いの桜並木がお花見スポットとして親しまれ、毎年8月1日には、1945年同日の長岡空襲で亡くなった方に捧げる灯籠流しが行われる川としても知られています。
長岡市民の生活と深く関わってきたこの川の名を冠する「かきがわ不動産」は、市内に点在する空き家を発掘し、それぞれのポテンシャルを引き出して紹介。ニーズに応じて個性を生かしたリノベーションを手がけています。仲介業に留まらず、「シェア(共有)」を1つのキーワードに、空き家を再生したシェアアパートメントや学生向けのシェアハウス、地域の拠点となるシェアスペースの開設に携わり、柿川周辺に賑わいを呼ぶイベントを開催するなど、まちづくりにも邁進中です。ユニークな活動を展開するかきがわ不動産を取材しました。
減り続ける人口、増え続ける空き家
地方が抱える課題にどう向き合うか
かきがわ不動産を運営するのは、1915年創業の株式会社池田組。大正時代から100年以上にわたって長岡市中島で建設業を営み、“長岡市の顔”ともいえる複合施設「アオーレ長岡」をはじめ、学校、保育園、病院、店舗、子育て支援や介護の施設、共同住宅など、たくさんの建築工事を請け負ってきた地域密着の建築会社です。
2017年11月、池田組は「LOCAL LIFE STANDARD」というブランド名で住宅事業部を再始動しました。そして、翌年の2018年5月に不動産事業部「かきがわ不動産」を立ち上げ、空き家のリノベーション物件を独自の切り口で紹介するウェブサイトをオープン。同年12月、池田組本社の50mほど先に「ナカジマアトリエ」を開設し、「LOCAL LIFE STANDARD」と「かきがわ不動産」の事務所をここに移転しました。
池田組の専務であり、かきがわ不動産とLOCAL LIFE STANDARDを担う池田雄一郎さんは、幼いころから建築現場が身近にあり、職人さんたちの仕事ぶりを見て育ちました。東京の大学で建築を学び、社会人1年目の2004年に中越地震が、そして2011年に東日本大震災が発生。それぞれの被災地を訪れて自然の脅威を目の当たりにしたことで、持続可能な生活やエコハウスへのまなざしが生まれたそうです。2004年に長岡に戻った池田さんは人口減少問題にも直面し、地域資源の活用や雪国での心地よい暮らしについて思いを巡らす中で、かきがわ不動産の構想が生まれました。「人口減少は全国各地の地域課題ですが、長岡市も同様で、今後どんどん人口が減り、空き家が増えていきます。そういう現状を踏まえた上で、若い世代にとって“魅力的なまち”とはなんだろう、移住を促進し、定住してもらうにはどうしたらいいのだろうと考えていました。たくさんある空き家をまちづくりに利活用し、社会問題や空き家問題に向き合う活動を展開してみたい。そんな気持ちで、かきがわ不動産を立ち上げました」(池田さん)
かきがわ不動産の名称とコンセプトについては、ウェブサイトにこんな記載があります。柿川から名前をいただいた理由は、「地域に寄り添う姿勢を大切にしたい」「ずっとそこにあるものの価値や物語を伝えていきたい」そんな思いを込めたかったため。
一般的に流通しやすいきれいで新しい物件を本流としたとき、かきがわ不動産で扱う古くて味わい深い物件は本流から外れる支流的なものかもしれません。しかし、その支流的なものを活かすことこそが、まちには必要だと考えています。
かきがわ不動産は、昔から生活を支えてきた柿川のように暮らしに豊かさを届ける存在でありたいと思います。
かきがわ不動産は、柿川が流れる中心市街地のほか、寺泊や小国など中山間地域の物件も扱っています。物件オーナーの思いに耳を傾け、個性を生かして再生し、その家が持つストーリーや工事のプロセスも含めてウェブサイトやSNSで紹介。こまめに情報を発信していく中で次第にメディアに取り上げられるようになり、「これから空き家になる家があるのですが」といった相談がオーナーから入ってくるようになったそうです。
かきがわ不動産のロゴマークとウェブのデザインは、長岡市を拠点にデザインコンサルティングを展開するNEOSが担当しました。[こちらの記事も]
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ユニークな手法で空き家に息を吹き込み、賑わう拠点を創出するかきがわ不動産。まずは地元から、柿川周辺の風景を少しずつ変えていった事例を紹介します。
まちにひらく、他者とシェアする…
ユニークなスポットが続々誕生
リノベーションに伴う壁のペンキ塗りや床のワックスがけなど、かきがわ不動産は場所づくりのプロセスをオープンにして、関心を持ってもらうための仕掛けも積極的につくってきました。
たとえば、ナカジマアトリエから徒歩3分ほどの集合住宅をシェアアパートメントとして再生した416(ヨンイチロク)こと「416 STUDIO WATARIMACHI」。“長岡の暮らしをより楽しく、より豊かに”と、2018年に長岡造形大学の教員が中心となって設立した「長岡家守同人(ながおかやもりどうじん)」が416のリノベーションプロジェクトを立ち上げ、4階建のアパートと裏庭、敷地内の土蔵も含めた見学会や大掃除、DIYワークショップを行い、かきがわ不動産は参加者を募る告知と準備から終了後のレポート掲載まで、運営を全面的にサポートしました。
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続いて2020年10月、416から柿川沿いに8分ほど歩いた場所に、一軒家のシェアスペースがオープンしました。その名も「ひらく」。30代の女性たちが、「地域の人たちが気軽に集って、それぞれの人生が楽しくなる居場所に」という想いで運営しています。
運営者のひとり、田中佳苗さんが「ひらく」の利用状況を教えてくれました。「現在1階は曜日で変わるカフェ営業、2階はレンタルスペースとして貸し出していて、ベビーマッサージ、ヘアメイク教室、誕生日会やクリスマスパーティー、みんなで推しのアイドルのライブ映像を見るとか、いろいろな使われ方をしています。こちらからの発信はSNSが中心で、その情報をキャッチし、口コミで広がっているようで、利用者も来場者も長岡市民に限らず、市外の方にも使っていただいています」(田中さん)
「アクセサリーや小物などの展示販売もしているのですが、『ひらく』のイベントで初めて作品の対面販売をやってみたという作家さんも多くて、チャレンジの場になっています。定期的に同年代の人たちと『ごはん会』を開いていて、そこで仲良くなって一緒にイベントを開いたり、ビジネスが生まれたり、様々なつながりも出来ています。会社勤めの人とか、いろいろな働き方をしている人が関わっていて、フリーランスじゃなくても場づくりに参加できるという事例にもなるのかなと。使ってもらうことで生きてくる場所ですから、どんどん活用していただきたいですね」(田中さん) 「家と職場以外に、気軽に参加できるコミュニティがあったほうが精神的にもいいですよね。『ひらく』のような場所がほかにもできたらと思います」と田中さんは微笑みます。[参考サイト]
ひらく
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[Instagram]https://www.instagram.com/hiraku.nagaoka/
時間と空間、体験や情報を分かち合う
シェアハウスという小さなコミュニティ
多様な暮らしの選択肢として、かきがわ不動産はシェアハウスも紹介してきました。担当者は、仲間と共にDIYで空き家のリノベーションをして2017年4月に「ジーエスシェアハウス」をオープンし、そこで暮らしながら運営も担ってきた池戸煕邦さん。「シェアハウスは趣味であり、仕事です」と語る池戸さんは、ご自身が培ってきた経験を生かして大学と工業高等専門学校の近隣に新たに4軒のシェアハウス「コモンズ中沢」「コモンズ若草」「コモンズ福道」「コモンズ宮関」を開設。かきがわ不動産で入居者を募集し、管理運営しています。
長岡暮らしの当初はアパートに住んでいた池戸さんがシェアハウスを立ち上げた動機は、単に出費を減らすためでなく、一人暮らしが寂しいという理由でもなく、他者やまちとの関わりを求めた結果であり、社会における市民活動としての延長線上にあったそうです。「なにかプロジェクトを始めよう!という気持ちで、前から一緒に市民活動をしていた友人に声をかけました。みんなで達成感や充足感を得たいという思いもありましたね。5人で暮らし始めて、入居者以外に出入りしている人がいたり、卒業した人がずっと関わり続けていたり。落ち込んでいても、帰ればそこに誰かがいて、自分の生活に他者の生活が入り込むという環境には、ある種の癒し効果もあると感じます」(池戸さん)
共同生活から学んだこと、体験から得た知見をお披露目する機会として、ジーエスシェアハウスの住民による展示も何度か開催しました。
6年にわたるシェアハウス生活は、「人と人が共にあることに価値がある」と考えた池戸さんの実験でもありました。入居希望者の面接も彼の仕事です。「安いからというだけで希望される人はやめておいたほうがいいかもと思い、お断りすることもあります。場所を共有する暮らし方が好きな人がシェアハウスのコアターゲットですが、そういった暮らしに抵抗がなく、生活費も抑えたいと希望する人が多いかもしれません。人と話すことが苦ではなく、むしろ好きという人が向いていると思います」(池戸さん)
入居者が自由に加わり、それぞれのタイミングで卒業していく。流動的で風通しのいいスモールコミュニティで、人と人との関係性や地域社会のあり方を考える機会にもなり得るシェアハウス。池戸さんが創設したジーエスシェアハウスでは延べ29人が暮らし、卒業後に自分でシェアハウスやシェアスペースを立ち上げた人もいたのだとか。多様な価値観を認め合い、自分らしい暮らし方ができること。それは若い世代だけでなく、すべての人にとって“生きやすいまち”に必要とされる条件に違いありません。
[こちらの記事も]【公開取材レポートvol.2】「生きやすいまち」のヒントはシェアハウスにあり?「普通」が揺らぐ時代のコミュニティについて考えた
長岡の暮らしをぜひ体感してほしい!
「お試し移住」を長岡市とのタッグで
どこで暮らし、どこで働き、どう生きるか。ライフスタイルの選択肢が増える中、移住や二拠点生活を検討している人のために、長岡市は2022年9月に空き家を活用した「お試し移住」をスタートしました。6日間から10日間の長岡生活を体験し、まちの魅力を知ってもらうという事業で、かきがわ不動産は市とともに企画や移住施設の準備を担当、お試し移住コーディネーターも務めています。
「コロナ禍で急激に社会が変化し、リモートワークが一気に普及しました。416にもリモートで東京の仕事をこなしている方がいますし、以前は難しかったことが可能になっています。とはいえ、いきなりの移住はハードルが高いでしょうから、『お試し』で長岡を見て、体験していただいて、自分の感性に合うことを発見していただく機会になればと思います」(池田さん)
実際に「お試し」をする人には、どんなニーズがあるのでしょう。「お試し移住」担当の長岡市職員、佐藤泰輔さんに伺います。「釣りが好きで二拠点居住を希望されている方がいらして、山のほうに住んで川釣りを楽しみたいとのことでしたが、最初から山で暮らすのは大変なのではとお伝えしました。市街地から1時間もあれば釣りができる川まで行けますし、長岡は都心へのアクセスもいいということで、『これなら二拠点生活が可能』と言ってくださいました。ほかには、温泉や日本酒を取り入れた仕事をしてみたいという方、家族で移住できるかどうか、雪が心配なので『お試し』希望の方など、ニーズは本当にいろいろです」(佐藤さん)
「これを機に、初めて長岡にいらっしゃった方が多いですね。長岡の暮らしが合うかどうか、思い描いているイメージにどこまで近づけられるか。やはり試していただくのは大事だと思います。100人いたら100通りの暮らし方があり、パターン化できません。移住後に『思ってたのと違う…』となってしまうのはお互いに残念ですから。長岡のいいところばかりを並べずに『ゴミの分別はけっこう細かいんですよ』とか(笑)、いろいろお伝えして、こちらはあまりガツガツせずに『移住してくれたらいいな〜』くらいのスタンスで、ゆったり構えようと思っています」(佐藤さん)2022年度は5組が「お試し移住」を体験したそうです。2023年度も継続予定とのことなので、関心がある人はぜひ下記のサイトをチェックしてお申し込みを。
[参考サイト]
長岡市移住定住ポータルサイト「長岡のはじめ方」
[こちらの記事も]
【お試し移住者インタビュー①】「長岡は子育てしやすい」って本当? 山下さんご一家の場合
【お試し移住者インタビュー②】至近距離でアウトドア三昧!20代エンジニア・福田さんの場合
自主企画イベント「かきがわひらき」は
まちにひらく暮らしのショーケース
かきがわ不動産のプロジェクトの数々を紹介してきましたが、それらを巡るチャンスがあります。それが、2023年4月9日(日)開催の「かきがわひらき2023 spring」。
「かきがわひらき」は2020年の秋にスタートし、年2回ほど開かれているイベントで、手づくり雑貨等のマーケット、フード&ドリンクの出店、ものづくりのワークショップなど、楽しい企画が盛りだくさん。小さな子どもを連れた親子、若い世代からお年寄りまでたくさんの人が来場し、柿川周辺に草の根的な賑わいが生まれています。
「416や『ひらく』など新しいスペースが誕生し、その運営に関わる人たちで集まって『よし、始めよう』ということになりました。拠点を巡ることで、暮らしの中の面白さ、楽しさみたいなものを見つけて、まちの魅力を再発見していただくきっかけになればと」(池田さん)
「ひらく」を利用している飲食店や作家、416を利用している大学生や教員、地域おこし協力隊のメンバーも出店者となり、回を重ねるごとに少しずつ輪が広がって、今回は5つの会場で約40の出店が予定されています。 「かきがわひらき」を開催していく中で、池田さんはこんなことを感じているそうです。「柿川自体は昔からここにあり、その周辺に暮らしている方々がいて、『かきがわひらき』が生活にちょっとしたスパイスを加えるものになればと思っています。幅広い年齢層の方が来場されていて、年齢問わず、こういうことに興味がある方がたくさんいるということは発見でしたね。若い人たちだけでなく、あらゆる人たちにとって、長岡が住みやすいまちになったらいいなと考えるようになりました」(池田さん)
長い冬が終わり、雪国・長岡にも待望の春が到来しました。柿川沿いをのんびり散策しながら、かきがわ不動産が手がけたスポットを巡ってみると、見慣れた風景が違って見えるかもしれません。まずは新しい視点でまちを見直し、当事者として関わることから。多様な選択肢があり、それぞれのライフスタイルが尊重されるまちの「住みやすさ」や「生きやすさ」は、ここで暮らす一人ひとりがそれを意識し、自発的に行動してみることで、ゆっくりと醸成されていくのではないでしょうか。
Text: 松丸亜希子 / Photo: 池戸煕邦、松丸亜希子
(物件やイベントの写真は、かきがわ不動産にお借りしました)
●インフォメーション
かきがわ不動産
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[イベント]「かきがわひらき2023 spring」4月9日(日)10:00〜16:00