MoMA永久所蔵品の傑作が作られる場所。籐家具の名品を生み出すワイ・エム・ケー長岡
剣持勇、渡辺力、豊口克平……
モダンデザインの傑作がずらり
MoMA永久所蔵品となったそのアームレスチェアは、インテリアデザイナーの剣持勇(1912-1971)が1960年にホテルニュージャパンのバーラウンジ用にデザインしたもの。
愛嬌のある、ころんとした丸みを帯びたフォルムがチャーミングで、国内外のホテルや旅館、公共施設などで存在感を発揮してきました。どこかで目にしたことがある人もきっと多いはず。
丹下健三や前川国男らモダニズム建築の旗手たちと共に公共空間を考え、「ジャパニーズ・モダン」と呼ばれるデザインの礎を築いた剣持勇。内装や家具だけでなく、身近なところではヤクルトやジョアの容器も彼のデザインです。
そんな日本が誇るモダンデザインの巨匠と一緒にこの椅子を作り上げ、半世紀を経たいまも製作を担い続けているのがワイ・エム・ケー長岡なのです。
まずは会長の西脇裕二さんにお話を聞きました。
「ワイ・エム・ケー長岡の設立は2011年3月なので、会社ができてちょうど丸6年ですね。前身の山川ラタンと合わせると60年ほどになります。創業者は私の祖父とその弟で、私は3代目、息子が4代目の代表。YaMaKawaでYMKと名付けました。
山川ラタンは長岡と東京に会社があり、剣持さんのアームレスチェアは、企画から一緒に始めたそうです。創業者の山川譲は桑沢デザイン研究所で学び、そこで講師もしていたので、剣持さんと交流があったんです。1960年代、籐はおもしろい素材としてデザイナーにもてはやされて。たくさんの方が籐家具をデザインしていましたが、高級ホテルに置かれるようになったら一流ですよね。
この椅子は発表してすぐに話題になり、いくつかのタイプを作っていたのですが、現在作っているのはC-3150とC-3160の2つ。いまも人気があって、たくさんのホテルや旅館などで使っていただいています」(西脇会長)
「このアームレスチェアのほかにも、デザイナーと一緒に作っている商品がいろいろありますよ」と西脇会長。
ということで、有機的なフォルムが見事なデザイナーシリーズの一部を紹介します。
60年代の日本を席巻した籐家具ブーム。それを牽引した山川ラタンは、70人から80人の職人を抱えていたこともあるそう。デザイナーの自由なアイデアと豊かなニーズに、知識と経験、確かな技術で真摯に応える職人。両者のタッグでたくさんの名品が誕生しました。
軽やかで美しい曲線を描く籐家具はどのように作られているのでしょう。
「基本的な製法は昔から変わっていません。籐は熱で成形できるので、ボイラーの蒸気を当てて曲げて、火であぶりながら型に押し込んで形を作って。網の部分は手編みで、すべての工程を職人の手で作っています」(西脇会長)
では、さっそく製作現場を見せてもらいましょう。
強くてしなやかな特性を活かし
蒸気と火で作られる流麗なカーブ
現在、同社の職人は会長を含めて5人。それぞれ持ち場が決まっています。籐を蒸気で曲げて、火であぶって形を作るのは、ワイ・エム・ケー長岡設立から代表を務める西脇弘幸さん。
「この仕事を始めて18年くらい。気付けば人生の大半です。祖父や父の仕事をずっと見ていたので、それが日常でした。継いでほしいと親に言われたことはなく、高校卒業後はコンピューター関連の専門学校に進みました。
ただ、やってみて『これは違うかな』と思い、どうしようかと考えていたときに、ちょっと手伝ってくれないかと父に言われ、バイトのような感じで始めたんです。父や職人さんたちに一から教わりながらやってきましたが、途中でやめなかったのは楽しかったということなのでしょうね」(西脇代表)
「私たちがやっているのは趣味や芸術ではありませんから、時間をかければ、ちゃんとした形になりますということではダメ。時間をかけすぎずに美しく仕上げないといけません。そのためには工夫が必要です。
まずは職人の先輩に教わったことをやってみて、こうやったらもっといいかなとか、このほうが早いだろうとか、自分なりのやり方を編み出していく。試行錯誤しながら新しいやり方を見出して、みんな日々成長しています。職人は頑固なので、自分のやり方がいちばんだと思っていますが(笑)」(西脇代表)
教科書に載っている作品がここで!?
高校の同級生が天才肌の職人に
アームレスチェアの特徴でもある、細い籐を編み込んでふっくらと立体的に仕上げる、「編み」が行われている部屋を覗いてみました。籐のいい香りが漂っています。この工程を担当する和田歩(あゆみ)さんは、西脇代表の高校の同級生だそう。
和田さんが加わった経緯を西脇代表が明かしてくれました。
「高校卒業後、東京で建築を勉強していた歩が、夏休みに遊びに来たんです。そのときは『籐家具か、ふーん』という感じでしたが、学校の教科書でアームレスチェアを発見した歩から『西脇のところのじゃないか!?』と電話がかかってきて。『そう、うちで作ってるやつだよ』と言ったら、『ぜひ入社したい』と。
『やめたほうがいいと思う。俺は息子だからいいけど、もう1回よく考えてみて』と言ったんです。しばらくして、また連絡があり、『やっぱりやってみたい。形が残るものを作りたい』とのこと。家業だからと自分はあんまり考えずに入ったのに、そんなことを言ってくれるなんて、なんだか申し訳ないような気もしましたが、私が入った数年後に歩も加わってくれました」
「建築の図面を引くよりも、自分の手で作るほうがおもしろそうだと思っていたんです。そんなときに高校の友人から『西脇の家が家具屋だよ』と聞いて、これはチャンスだ!と(笑)」(和田さん)
21歳でこの道に入り、最初は平らなものから編み始めた和田さん。10年足らずでアームレスチェアが編めるようになったのだとか。パタパタとリズミカルに編んでいく様子は、機織りのようでもあり、編み物のようでもあり。繊細な指先は、まるで楽器を奏でるかのよう。
「籐を湿らせてどんどん編んでいくんです。乾くと締まってくるので。これからの季節は乾きやすいので急がないといけません。普通の家具とはちょっと違う。こういうことをやっている人はあんまりいないでしょうね」と微笑む和田さん。
西脇代表いわく「図面がなく、だいたいの感覚で作っていきます。目で見て、歪みがあれば編み直して。網の締め方の加減で形が変わってくるので、経験を積みながら体得していくしかないんです」とのこと。
「出荷レベルに達していても、人間が作るものなのでひとつひとつ個性があります。『これはよく出来た』と職人が惚れ惚れするものもある。自己満足の世界なので、『これはすごい!』って自信を持って言いたいんですよ(笑)」(西脇代表)
では、和田さんの鮮やかな手仕事を動画でご覧ください。
職人と学生とのコラボレーションで
ニイガタIDSデザインコンペ大賞受賞
ワイ・エム・ケー長岡が日々の仕事と並行して取り組んでいる「長岡籐家具研究会」もユニークな試み。籐家具と向き合い、技を磨く職人と、デザインを専攻する学生が一緒に家具を作るという長岡造形大学との産学共同プロジェクトです。
2013年7月に発足して4年目に突入した同研究会。その大学側の担当、プロダクトデザイン学科で家具や生活雑貨を専門とする金澤孝和准教授を訪ねました。
「造形大の卒業生が『すごい籐家具メーカーが長岡にあるから、一緒になにかやれませんか』とつないでくれたのが始まりです。西脇さんたちにお話を持ちかけたところ、『いいですね、やりましょう!』とのことで、すぐに話が進みました」と金澤准教授。
「参加する学生は多い年では30〜40人にもなり、全員分は作れないので、コンペ形式で僕と西脇会長、職人さんたちが10点ほど選出しています。初年度は問題なく製作できそうなものを選んだのですが、それではおもしろくないとわかってきて。
翌年からはデザイン性を重視して選び、とにかくやってみようと。毎年夏にデザインをして、どれを作るか決定し、9月か10月に職人さんのところに持っていき、11月に作品を発表というタイトなスケジュールです」(金澤准教授)
デザインのラフスケッチだけでなく、選ばれたら製作図面も学生が起こすのだそう。プロと相談、交渉して自分の作りたいものを作ってもらうという、緊張と興奮が入り混じった貴重な学びの機会になるはず。
「学生にとっては、製作図面を描くのも初めての経験。僕が図面をチェックして、学生が修正して、それを繰り返して図面を完成させていく工程は最も時間のかかる作業です。自分の図面で職人さんに理解してもらえるのかなと学生は不安に思っているのですが、イメージどおりに出来上がったときは感動ですよね。スタート時の籐家具に対する印象は『おじいちゃんちにあった古めかしい家具』といったものでしたが、自由に曲がって三次元が作れる、天然素材としての籐のおもしろさを見出しているようです。
籐で編むというのは積み重ねていくということ。不可能に近いデザインを学生が出してくることもありますが、どうにかそれを実現させようと。その試行錯誤を職人の方々がしてくれているんです。自分がデザインしたものをプロフェッショナルの方が作ってくれるという、それはデザインを志す学生にとってかけがえのない経験だと思います」(金澤准教授)
ワイ・エム・ケー長岡の職人のみなさんは、研究会の活動をどう捉えているのでしょう。
「場数を踏んだプロのデザイナーはふわっとしたデザインで提案して、あとは職人さんにお任せということが多いですが、学生のみなさんはきちっと図面を描いて、こうしたいという希望がはっきりしています。
『ニイガタIDSデザインコンペティション2015』大賞受賞作品をデザインした学生は、毎日ここに通っていました。うれしいことです。これは難しいよと言ったのになかなか折れてくれなくて、歩が新しい編み方を提案して、どうにか出来上がって。職人は凝り固まったことをしがちですが、新しい考え方を知ることができるし、お互いに学ぶことがあると思います」(西脇代表)
「アイデアは奇抜ですが、やってみると意外とできたりします。絶対に無理、なんていうことはないんだなと、新しい発見がありますね。けっこうギリギリのタイミングでやってくるので、一発勝負みたいな感じではありますが(笑)」(和田さん)
籐家具にはぬくもりや味わいがあるから
籐家具ブームから約半世紀が経ち、需要は減少傾向にあります。ワイ・エム・ケー長岡でもかつてのような大量受注が減り、修理の仕事が増えているのが現実。西脇会長に今後の展望を聞きました。
「ブームが去り、業界は縮小して淘汰された状態。メーカーの職人たちは60代、70代など、後継者がいなければその代で終わります。フレームを作るのは力仕事なので、そこは外注して編む工程だけをやっている人も。うちは息子が継いでくれましたが、その次の代を育てることを考えていきたいですね。
宿泊施設などでうちの家具に出会って、同じものがほしいとか、製作現場を見てみたいという問い合わせが入ることもあります。私はできれば店舗を構えて直売したい。デザイナーシリーズ以外はオーダーメイドですが、実際に商品に触れてもらいたいし、買う人によって家具の使い方や組み合わせ方が違うので、お客さんの声を直接聞ける場所がほしいですね」(西脇会長)
工程の一部を機械化したメーカーもあるそうですが、ワイ・エム・ケー長岡では機械に頼ろうと思ったことはないと西脇会長。「手仕事のぬくもりや味わいが籐家具の良さですから。毎年新商品も出していますが、愛着を持って長く大事に使ってくださるお客さんから、修理のオーダーがくるのもうれしいことです」と笑います。
籐に惚れ込む職人たちの心がこもった籐家具。世界に誇れる手仕事を後世に伝えていくために、ワイ・エム・ケー長岡と長岡籐家具研究会の活動に、市民として注目していかなくては。家具をオーダーしてみたい人、また、弟子入りしたい!と思った人も、ぜひ連絡してみてください。
Text: Akiko Matsumaru
Photos & movie: Tetsuro Ikeda (PEOPLE ISLAND PHOTO STUDIO)
ワイ・エム・ケー長岡
[住所]長岡市高見町738-1
[電話]0258-89-7466
[HP]http://ymk-pro.co.jp