サステナブルで効率的、キャビアもとれる農業!? 日本最大級のアクアポニックス農場が長岡にある理由

アクアポニックスという言葉をご存知だろうか。これは、水産養殖の「アクアカルチャー(Aquaculture)」と、水耕栽培の「ハイドロポニックス(Hydroponics)」を掛け合わせた言葉。「なんだか難しそう」という声が聞こえてきそうだが、仕組みはいたってシンプル。ひとことで言うならば、養殖している魚の糞を肥料にして植物を育てるという農業の形態だ。
日本ではまだあまり浸透していないこの新農法だが、システムの内部で多くの栄養分が循環するため、サステナブルな農法として世界中で研究が進んでいる。その国内最大規模の農園がなんと長岡にあるというので、さっそく訪ねてみた。

生物の営みを活かす新農法、
アクアポニックス

長岡駅から車で15分ほど。新築の家々が並ぶ新興住宅街のなかに、大きくて立派なビニールハウスが建っている。一歩足を踏み入れると眩しいほど明るく、整然としたクリーンな空間が広がっていた。農業用ハウスというよりは、ラボに近い雰囲気。作業している人の服装は、Tシャツにスニーカーとカジュアルだ。
ハウスの端にある水槽に近寄ると、時折ポチャンという音がして生き物の気配を感じる。ライトを照らすと、魚の群が元気そうに泳いでいた。

「水槽ではチョウザメを600匹ほど飼育しています。チョウザメはキャビアがとれるし、お肉もおいしい。古代から生息し、様々な環境変化にも耐えてきた魚なので強く、病気になりにくいんです」と話してくれたのは、「プラントフォーム」代表の山本祐二さんだ。プラントフォームは、2018年からこのビニールハウスでアクアポニックスを実践し、野菜栽培と魚の養殖およびその販売までを行なっている。また、培った技術やノウハウを提供し、アクアポニックス事業への参入を支援するといったサービスも展開する。

人が近づくのを感じて、水面に顔を出したチョウザメ。

プラントフォームの水槽は現在6つで、成長度の異なる稚魚と成魚を別々の水槽に分けて育てている。餌は企業秘密だが、魚粉メインで化学的なものは入っていない。

「水槽と水耕栽培のプールは配管で繋がっています。チョウザメの排泄物をバクテリアが分解し、植物はそれを養分にして成長。その際、植物が栄養を吸うことで浄化装置の役割を果たして水をきれいにしてくれるので、水はまた水槽に戻すことができます。魚にとっては毒素になってしまう排泄物、つまり既存の陸上養殖としては不要なもので野菜が育ち、しかも有機栽培という付加価値を付けることができる。更に水も替えなくていい。アクアポニックスってすべてが効率的で、サステナブルなんですよ。自然界の仕組みを再現してあげることでこんなことができるなんて、おもしろくないですか?」(山本さん)

栽培はレタス、クレソン、サンチュなど葉物野菜がメイン。ほかにもワサビやイチゴ、ハーブ類なども育てている。「現在はレタスの大量生産と同時並行で、どんなものが育てられるのか、色々と試している段階です」と山本さん。

(左)壁面では花きやミントなどの香菜を栽培中。左下のオレンジ色の花はエディブルフラワー(食べられる花)で、一ついただくとしっかりした苦味のあるクレソンのような味で美味しかった。(右)ビーツなど根菜類も育てている。

アクアポニックスは生産性がとても高い。水耕栽培の場合、植物の根は水に浸っているため、常に水分や養分を吸収している。そのため、栽培期間は土壌栽培の1/2に短縮される。たとえば、レタスだと通常の露地栽培では収穫まで2〜3ヶ月を要するが、アクアポニックスだと最短3週間で成長する。さらに、農閑期である冬でも栽培が可能。年中を通して栽培でき、生産量は㎡比較で、1年で通常の露地栽培の10倍以上になる。

育成初期の状態。発泡スチロール板の穴に少しの土がついた苗を差し込み、根が水に浸かることで成長していく。

発泡スチロール板の下に溜まる水には、チョウザメの糞をバクテリアが分解して生成された栄養素がたっぷり。窒素やリン酸、カリ、ミネラルなど植物に必要な要素が含まれる。

アクアポニックスに限らないが、環境を制御して屋内で野菜を育てる“植物工場”への関心は世界的に高まりつつある。砂漠化や台風などの豪雨被害、異常気象のリスクなどがあると、農作物を安定して大量に作ることが難しい。しかし温度や湿度、空調などを徹底的に管理する技術があれば、言ってしまえば沖縄でも北海道でも、アフリカでもロシアでも同じ品質の野菜を生産できる。しかも長年の知恵と経験がなくともだ。農業の高齢化や担い手不足といった課題への対処としても期待されている。

プラントフォームでは「FISH VEGGIES」というブランドで野菜を販売している。長岡市内のスーパーや長岡駅のCoCoLoでも購入可。

「良くも悪くも、近い将来に農業は植物工場が中心になっていくと踏んでいます」と山本さんは言う。その上で課題になっていくことは安心安全な野菜が作れるかということと、エネルギー消費の問題だ。アクアポニックスは有機栽培で、LEDの光を当てる植物工場に比べて導入のコストは1/4、光熱費などのランニングコストは1/10で済む。さらに、プラントフォームにはユニークなエネルギー調達の仕組みがある。その秘密は、「データセンター」と呼ばれる施設にあり。農業とデータという意外な結びつきだが、そもそも長岡で国内最大級のアクアポニックスの施設ができたのには、このデータセンターが関係しているのだ。

プラントフォームの一角には、LEDを当てて植物を育てる部屋も。室温が低く設定されており、徹底した温度管理のなか発芽や育苗が行われていた。

長岡の環境が可能にした
排熱や冷却水のエネルギー循環

データセンターとはサーバを安全に保管するための施設で、日本では東京や大阪など都市部やその周辺に多くが置かれている。プラントフォームが誕生する前、山本さんはデータの保管から解析までを行う企業「データドック」の立ち上げに携わり、長岡でデータセンターを設立した。なぜ主要都市圏ではなく、長岡だったのか?

「データセンターは膨大な情報を保管するため広い面積を必要とし、24時間365日稼働して熱を持つので冷却するために大量の電気を消費し、さらに外へ排熱します。東京都の企業・個人を含めた全電力の10%を、東京にあるデータセンターが消費しているなんてデータも。そこで着目したのが、『雪冷熱を利用できる地方』だったんです」(山本さん)

山本さんはもともとデジタル系の広告代理店で新規事業の立ち上げやコンサルティングを経験し、キャリアを積んだ。その後、取締役CMO(最高マーケティング責任者)としてデータドッグを起業した。

つまり寒冷地であれば、外気や雪を利用してデータセンターの熱を冷やし、電気の消費量を抑えられるというわけだ。仕組みは簡単で、冬に降った雪をデータセンターの敷地内に積み上げて保存し、雪が溶けてできる冷水をデータセンターに送ってサーバ室を冷却する。そんな画期的な省エネのデータセンター事業を構想し、具体的な場所を検討しているときに出合ったのが長岡市だった。ちなみにこのビジネスを始めるまで、山本さんは仕事では新潟に一度も来たことがなく、地縁もなかった。

「東京の人って新潟のことを遠いと思っていますが、長岡は東京から新幹線で1.5時間。意外と近いということがポイントになりました」と山本さん。データセンターに重要なのは、システムトラブルなどが起きた際、東京にいるエンジニアがすぐ駆けつけられるアクセス性だ。千葉など東京近郊にもデータセンターはあるが、東京から在来線を乗り継いでいくしかない辺鄙な場所にあることも多く、結局は同じかそれ以上の時間がかかる。新幹線に乗った方が実は快適でスムーズだ。

また、雪についても好条件が揃っていた。当初「長岡は全然雪が降らない」「もっと降る場所が新潟県内にある」と心配されたが、降りすぎて道が閉鎖されてしまうようでは緊急時に駆けつけることができない。「そういう条件をそろえていくと、長岡は正に適地だったんです」と山本さんはしみじみと語る。こうして東北や北陸にある数々の都市から長岡を選び、2016年に世界で2例目となる雪冷熱を利用した最先端のデータセンターが誕生した。

プラントフォームの外観。ビニールのハウスの設計は地元の施工会社に依頼して雪国仕様に。屋根の傾斜は雪が自然に落ちるような角度にしてある。

さて、ここからどうアクアポニックスへ繋がっていくのか?次に山本さんが着目したのは、データセンターの余熱だった。

「せっかくハイスペックで環境に配慮したデータセンターを作ったのだから、もう一歩進んだエネルギーのリサイクルモデルが築けないか?と考えていたんです」(山本さん)

東京のデータセンターは周囲に土地が余っていないことが多く、あったとしても賃料が高い。一方で、長岡は首都圏に比べれば地価も安いし土地に余裕がある。そこでデータセンターから排出される熱を回収したり、冷却に使ったまだ十分に冷たい雪解け水を再利用したりするビジネスができないか?というアイディアが浮かんだ。プロジェクトを組み、技術やマーケットの研究をしていく中で見つけたのがアクアポニックスで、「これなら無駄になっているエネルギーをビニールハウスの環境管理に活用できる」と確信した。

ビニールハウスは雪国仕様で、屋根の傾斜角度も雪が自然に落ちるような設計。「新潟は日照条件が悪く、太陽光発電の導入が難しいところが課題です」と山本さん。

「知った瞬間、アクアポニックスのことしか見えなくなるぐらい琴線に触れました。エネルギーが無駄にならないことも重要ですが、単純にアクアポニックスの仕組み自体がおもしろく、野菜や魚を販売するだけではなくて、農法自体がエンターテインメントに近い形で広められると直感しました。もちろんビジネスとしても成り立つし、可能性にあふれています」と山本さんは楽しそうに話す。

そして2018年に日本のアクアポニックスの第一人者であるワイコフ尚江氏をCTO(最高技術責任者)に迎え、プラントフォームが誕生した。

地域とともに発展していく
アクアポニックスの可能性

現在プラントフォームのメンバーは山本さんを含め13人で、うち正社員が4人で役員が2人、そして7人がパート社員だ。ハウスのある地域は若いファミリーが多い新興住宅街なので、近くに住む子育て世代の主婦も多く働いている。「すぐ自宅に戻ることができますし、通常の農業よりはハードルが低いと思います。農地だと遠くに行かなければならなかったり、泥で汚れたり虫に刺されて怪我をしたりということがありますが、ここでは気軽に働けます」と山本さん。確かにアクアポニックスは手間がかからず、魚に餌をやれば堆肥ができるわけで、特殊な技術は必要ない。そして虫も入ってこない。ちなみに、パートの時給は地域の相場よりもかなり高めに設定してある。

左が営業部の星野佑太郎さんで、右が生産管理を担当する中原茉世さん。星野さんは関東出身で元・大手ビール会社の営業マン。プラントフォームへの就職を機に長岡にやってきた。小さなチームなので生産を手伝うことも。中原さんは近くの地域に住んでおり、パートの中でリーダー的な存在だ。

従業員のアイディアで新しい種類の野菜栽培を始めるなど、チームで協力しながらノウハウを培っている。

現在、プラントフォームには視察に訪れる人が絶えない。東京を中心に全国から、意外にも建設業やアパレル、冠婚葬祭業界など、農業とはかけはなれた業界の人が多く訪れているという。その理由は、新型コロナウイルス感染症の影響もあり、新しいビジネスとして農業への参入を考えている企業などが増えているから。さらに環境への取り組みとしてアクアポニックスを事業に取り入れたいという会社も増えている。

「アクアポニックスはビジネスとして“筋がいい”と言われるんです。SDGs(2015年に国連が採択した「持続可能な開発目標」)の17の目標のうち、アクアポニックスは10個くらい当てはまります。世の中に儲かるビジネスはあるけど、今は世の中のために役立っているか、地球環境へ害がないかが問われる時代。それを企業の評価軸にしている投資家も増えています」(山本さん)

デジタルマーケティング業界から、IT業界へ、そしてアクアポニックスのアグリベンチャーへの華麗なる変身。柔軟な発想でビジネスを生み出していく山本さんの、今後の展望が気になるところだ。

「2、3年でプラントフォームをビジネスとして花開かせ、願わくは『日本のアクアポニックスといえば長岡』として、地方創生や次の長岡の新しい産業に結び付けられたらと思っています」と山本さん。図らずも、長岡には発酵関連企業やメタネーション試験場、バイオガス発電センターや研究機関があり、バイオテクノロジー産業の素地がある。共同研究にまでは至っていないが、長岡技術科学大学や長岡高専の先生と情報交換をするなど、連携も少しずつ進んでいる。

これから長岡でアクアポニックス事業を続けていく上でどんな展開ができそうですか?と質問すると、頭の柔らかい山本さんからは次々とアイディアが飛び出して来た。

「たとえば“チョウザメをたくさん養殖している街”って、ぱっと思いつかないじゃないですか。アクアポニックスはバイオテクノロジーという見方をすると固いイメージですが、観光農園のような展開もできるわけです。長岡で“キャビア丼”が破格で食べられます、なんてPRしたら、人が集まる街になるんじゃないでしょうか。これは一例ですが、そんな発想の広げ方があってもいいかもしれません」(山本さん)

長岡に通い始めて6年。「長岡が第二の故郷になりました」と笑う山本さんの、さらなる展開が見逃せない。

 

Text & Photo:橋本安奈

 

Information

株式会社プラントフォーム(Plant form Inc.)
[住所]〒940-1140 新潟県長岡市上前島1-1863

 

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