紙の防災グッズが大活躍! アイデアと課題解決力で世界を驚かす “地方企業の底力”
戦争で呉服商から商売替え
「すぐ近所の北越製紙さん(北越紀州製紙株式会社)が作る紙を使って、うちの本社隣の工場で作っているので、製品はどれも本当のメイド・イン・ナガオカ」と笑う安達社長。「いまは主に『バルカナイズド・ファイバー』『パスコ』という2種類の特殊紙を使って作っています」
「弊社は戦中の昭和17年創業ですが、それ以前は長岡市呉服町で呉服商だったんです。転業の理由としては、呉服が統制経済に指定され、軍事優先で自由に商売ができなくなったこと。もうひとつは、バルカナイズド・ファイバーがいまのプラスチックのような位置付けで、弾薬を運んだり、燃料を入れて戦地に送ったり、戦中も役立つということで、その加工業者を国が奨励したんですね。それで、この際だから商売替えしようということになって。長岡、見附、小千谷辺りにたくさんの業者ができました。北越製紙が近くにあり、身近な場所で材料を作っているということも大きかったでしょうね」
軍需産業との関わりからスタートした安達紙器工業。戦後はどんな製品を作っていたのでしょう。
「うちの材料は、わりと工業系なんです。ファイバーは電気絶縁特性がいいので、例えば蛍光灯の両端の絶縁部品とか、冷蔵庫やテレビの中の絶縁部品。ほかには郵便配達人が乗るオートバイの後ろに積む箱だとか。いまはプラスチックの赤いケースになっていますが、昔はファイバーのケースでした」(安達社長)
「こんな手作りのランドセルもね。戦中戦後のものです。塗装が少しはげてますが、塗り直せば十分いまでも使えますよ。同じものがほしいという声もありますが、残念ながらもう作っていません」と社長。
「柔らかくて水に弱い」——そんな、私たちが持っているステレオタイプな紙のイメージが覆されるような商品ばかり。企画開発はどのように進めるのでしょう。
「基本的にうちはずっとOEM(他社ブランドの製品の製造を担当すること)。お客さんから、こんなものがほしいというオーダーを受けて他社製品として作っていまして、いまでも90%以上はそういうOEM製品なんです」(安達社長)
「リサイクル」という言葉もない頃から
しかし、昭和中期に入るとプラスチックが台頭し、バルカナイズド・ファイバーは下火に。同業他社も廃業したり、ほかの業態に移っていったりしたそうです。
そんな時に現れたのが、もう1種類の特殊紙「パスコ」。同社を救ったのは、これを使ったヒット商品でした。
「北越製紙もこれではいけないということで、古紙を使ったパスコという別の特殊紙を開発し、ファイバーに近い硬い紙を作りました。ファイバーは1枚にしてあるので剥離は起きませんが、パスコは重ね合わせているので1枚ずつ剥がせる。ファイバーは硬くて加工しづらいのですが、パスコは紙に近いから加工もしやすいんです。
パスコは元々ヨーロッパで開発された紙で、北越製紙がその技術を導入して昭和46年(1971年)から作り始めました。うちが手掛けた商品で最初にヒットしたのがこれ、スヌーピーのケース。サンリオと一緒に作ったものです」
「底の部分にリサイクルマークが付いてるんですよ。ほとんどこれが最初くらいじゃないでしょうか。当時はまだ消費が美徳の世の中でしたから、どんどん使って、どんどん捨てて。『リサイクルってなに?』って感じだったでしょうね。
サンリオのデザイナーさんが『日本は資源がない国だから、もっとリサイクルをしていかなければいけない。このクラフト紙の色がリサイクルそのものなので、これでいきましょう』と。質感がいいですよね。当時2300円。大卒の初任給が4、5万円という時代ですから、けっこう高価だったのに、毎日ここの工場から10トントラック満載で出荷されていったんです。スヌーピーの図柄で売れたということもあるでしょうけど。それでパスコが勢いづいて、いろいろなところに使われるようになりました。
1992年の『世界環境サミット』で、もっともっと資源のリサイクルをしないとダメだと、そんな話になって。日本でも環境にいいものを使っていきましょうという機運が高まり、そして投票箱にも再生紙をということで、長岡市からオーダーが入りました」(安達社長)
「OEMでたくさんの商品を作っていますが、それだけだとお客さんの都合で仕事内容も変わりますから、自分たちで売り上げを上げていくようなものもやっぱり必要。そんなことを考えていたら、たまたま『ニイガタIDSデザインコンペティション』という新潟県のコンペがあり、これに参加したことがきっかけで、自社製品をいろいろ手掛けていくことになりました」(安達社長)
災害時の課題を紙で解決
1995年の阪神淡路大震災で報告された現場の様子をもとに誕生したのが「レスキューボード」。パスコで作られた担架です。
「大震災を経験したお医者さんの手記の中に、たくさんのケガ人が畳や戸板で運ばれてきたということが書かれていました。畳や戸板はそれ自体が重たいものだし、いまの住宅には少なくなっていますから、じゃあ丈夫な紙を使って作れないかと。95年から温めていて、最終的に1999年に製品化しました」(安達社長)
コンパクトにたためて、持ち運びも楽。使用するときはただ広げるだけで、即席の担架になります。日本語が読めない人も使い方を理解できるよう、説明を文章ではなく絵にしたことも評価されて、同年のグッドデザイン金賞を受賞しました。
紙で担架を作るとは斬新な発想ですが、耐久性はどうなのでしょう。雨に濡れても問題ないのでしょうか。
「そんな心配もあったので、建材試験センターという公的な機関の試験を受けたところ、これに500kgの重りを乗せても破れなかった。24時間水に浸けてから同じ試験をしたら220kgまで大丈夫でした。雨でも問題ないですよ」(安達社長)
このレスキューボード、2008年の四川大地震でも大活躍だったそうです。
「四川で地震が発生した日の夕方に中国の知人から連絡があって、『レスキューボードがあるだけ全部ほしい』と。すぐ運送会社に頼んで、在庫をすべてトラックに積んで成田に運び、現地に送りました」(安達社長)
また、2004年に長岡市を含む中越地方で発生した新潟県中越地震の際は、被災現場のニーズに迅速に対応する中から新たな商品も生まれました。
「中越地震後に避難所ができたわけですが、女性が着替える場所がなくて困っているという記事が新潟日報に載ったんです。それを見た先代の社長が『じゃあ、うちでなにか作って持っていこう』と。1週間くらいで紙製の更衣室を作って『使ってください』と5、6ヶ所くらいの避難所に運んだところ、とても便利で喜ばれて。急いで作ったものなので、組み立てにくかった点を改良し、より簡単にして商品化しました」(安達社長)
「被災地では“まず水と食料”ですが、1週間以上も避難所暮らしになるような大きな災害の場合は、プライバシーへの配慮も大事になり、こういうものも必要になります。2007年の能登半島地震と中越沖地震、2011年の東日本大震災でも、この更衣室は活躍しました。ユニセフや企業が現地に持っていってくれたり、あとは長岡市がいつも備蓄しているので、それを昨年の熊本地震の際に送ってくれたり。
自治体の予算にも限りがありますから、災害に対する準備の優先度としては決して高くはない。こういったものはいちばん最後ですが、自治体のほかホテルや企業、マンションの管理組合が買ってくださることもありますね」(安達社長)
「防災グッズは具体的に『こんなものが必要!』という声が出て、初めて取り掛かるわけです。災害がたくさんあっては困りますが、こまめに現場の状況を見て必要なものを開発し、災害があったら即行動しないといけません。レスキューボードも更衣室も、どの自治体も備蓄するようなものじゃないから商売としては難しいけれど、日常でも使えて災害にも役立つ防災グッズを作りたいですね」(安達社長)
もうひとつ、豪雪地帯である長岡ならではのリスク対応グッズも紹介していただきました。その名も「スグラ」。
「長岡造形大学の学生がうちに就職したのですが、彼は静岡県出身で、乗っていた車が雪に弱い車だったんです。自身が雪道ではまって困った経験を活かし、製造チームと相談して企画開発した商品がこれ。雪道にタイヤを取られても、この上を通れば滑らずに脱出できます。『スノーグラバー(=雪を掴む)』という意味ですが、長岡弁の『〜ら』にも、たまたまかぶっています(笑)。地元の人間なら乗らないような車だったから生まれたアイデアですね」
2005年にMoMA(ニューヨーク近代美術館)で開催された『SAFE: Design Takes On Risk』。リスクに対応するデザインを紹介する企画展に、レスキューボードとスグラが出展され、展覧会の後、MoMAのパーマネントコレクションに加えられました。安達紙器工業の優れた技術と発想力は、海外でも注目を集めているのです。
紙の可能性は無限大! 次々出てくるおもしろ製品
「紙で紙を切る」という、なんとも不思議なコンセプトの紙製ペーパーナイフも話題に。
「2005年に、にいがた産業創造機構が主催する『百年物語』というプロジェクトがスタートし、その企画として誕生した『Paper Made Paper Knife』です。毎年テーマに合わせて各会社が製品開発をするのですが、その年に作ってまずドイツ・フランクフルトで開催される『メッセ・アンビエンテ』で発表して、国内に持ち帰って販売という段取りなんです。
最初のテーマは『マイ・ツール・コレクション』。『刃物がテーマだけど、困ったな、うちで刃物か。レターオープナー、ペーパーナイフならなんとかなるかな』と悩みながら作ったのですが、2005年にドイツアンビエンテ・デザインプラス賞とグッドデザイン賞を受賞しました。今年リニューアルして、長岡市のふるさと納税の返礼品にもなっています」
同社の商品はショールームやオンラインショップで購入することができ、オーダーで作ってもらうことも可能です。
関東の人は、ぜひ9月6日(水)〜8日(金)に東京ビッグサイトで開催される「東京インターナショナル・ギフト・ショー秋2017」に行ってみてください。長岡商工会議所ブースに7社、安達紙器工業を含む長岡のものづくりに携わる企業が独自に開発したギフトや雑貨を紹介。新しいバニティーケースやペーパーナイフを手に取って見ることができます。
「第84回東京インターナショナル・ギフト・ショー秋2017」
環境負荷をなるべく減らそうという考え方が広く浸透し、人々の防災意識も高まる中、安達紙器工業が作る製品はますます注目を集めていきそう。次はどんなアイデアで新商品が生まれるのか、今後のチャレンジに期待が高まります。
Text: Akiko Matsumaru
Photos: Tetsuro Ikeda (PEOPLE ISLAND PHOTO STUDIO)
安達紙器工業
[住所]長岡市東蔵王2-7-30
[電話]0258-24-2145
[HP]http://www.adachishiki.co.jp
[ショールーム営業時間]月曜〜金曜の8:00〜17:00