市民の手でつくった「未来につなぐ里山」。一度は訪ねたい早春の雪国植物園

2018.4.29

「山笑ふ」という俳句の春の季語のごとく、いよいよ、新潟県各地でも柔らかな薄緑色の新芽が山々を彩り始めました。この景色に喜びを感じている人はきっと少なくはないはず。それくらい格別な雪国の春を楽しみに、県内外から足を運ぶ人がいるスポットがあります。それは、長岡市の西山丘陵にある雪国植物園。雪どけ直後に雪割草やカタクリの花が咲き誇ることで、里山の植物を愛する人たちによく知られた植物園です。しかし、この植物園にはそれだけではない魅力もいっぱい。今回は、そんな雪国植物園の楽しみ方をご紹介します。

 

東京ドーム7つ半!園内は多様性の宝庫

雪国植物園は、長岡ICを降りてから柏崎方面に国道8号線を10分ほど進んだ宮本町にあります。なんと東京ドーム7つ半の面積があり、一番高いところは標高165メートル。環境問題への危機感から長岡の自然を次の世代に残していこうと、公益社団法人平成令終会が1987年に長岡市からの土地提供を受けて整備を開始。1996年に開園しました。

雪割草やフクジュソウ、カタクリが見ごろを迎えた4月上旬、園長の大原久治さんを訪ね、園内を一緒に歩いてもらいました。20分程度の間、入り口付近を巡っただけでも、ざっと20種類以上の植物の名前を上げて解説してくださった大原さんの言葉を借りつつ、植栽豊かな園内の様子を一部、紹介します。

雪国植物園園長の大原さんとショウジョウバカマの群生。シロやピンクなど様々な色の花が咲く。地面に触れた葉先から新たな根が張り、次の葉を出すのが特徴。

園内を歩き始めてほどなく目に入ってきたのは、ショウジョウバカマの群生です。同一種の植物が1カ所に群がって生えることを群生というのだそう。植物が群生するのは環境が適しているということもありますが、他にも理由があると大原さんは言います。「ハチなどの虫たちが花の蜜を取りに騒ぐことで、植物にとっては受粉の助けになります。そこで同じ植物で群れていた方が受粉されやすいんですよ。他の植物の花粉が付いても受粉しませんからね」植物にとっては生きていくための工夫であり、何事にも意味があります。

小さな紫色の花が可愛らしい、ミチノクエンゴグサ。

イワナシは木の一種。春にはピンク色の花を咲かせ、夏になると梨に似た味の実が付く。

雪国植物園の植物たちは、もともとその地に生えていたものもありますが、多くは一つ一つ植栽したもの。太陽の光を好むもの、湿気が苦手で根腐りを起こしやすいものなど植物によって特性は様々です。そこで大原さんは、専門書を開いたり、時にはその植物がどんな環境で自生していたか、山歩きをした時の記憶を思い出して、一番の適地を考えながら植栽しています。「簡単に枯らせるわけにはいきません。愛情を込めていいところを探します」。一つひとつの植物の声に耳を傾ける大原さんです。

4月は芽出しの季節。「小さな芽を見分けられるようになると里山の楽しさは更に広がりますよ」と小さなリンドウの芽出しを指す大原さん。

「樹木が葉を広げる前に、背の低い植物がまず顔を出して日をたくさん浴びる。雪割草やカタクリとか背が低いものから始まるわけです。そうやって生き延びています」。大原さんはそういった植物たちの関係性や性質も考えながら里山づくりを続けてきました。

シラネアオイの芽出し。「昨日までは芽が出ていなかったですよ。これが1カ月後の5月始めには50センチくらいにまで成長して花も咲かせます。力強くてすごいもんですよ!」

「この辺りは杉を切って日当たりを良くしました。もうすぐここにもシラネアオイが出てきますよ」

シラネアオイは、「山野草の女王」とも呼ばれ、ファンの多い植物です。もみじ型で青々とした大きな葉と直径5センチほどの薄紫色の花が咲きます。ここで根付いているのは、市内の小国地域で自生している「八石ボタン」と呼ばれるシラネアオイを分けてもらったもの。今では種が落ち、4,000株、20,000本もの群生となっています。花の見ごろは、5月上旬です。

オクチョウジザクラ。雪国植物園には原種の桜のうち、新潟県内に自生している5種がある。

83歳とは思えない軽やかな足取りで遊歩道をぐんぐん歩いていく大原さん。手入れの生き届いた園内を散策するのはとても気持ちがいい。お昼にはここでおにぎりを食べるのもまた良し。

園内に植えられている植物はなんと約850種! 植物だけではありません。園内ではたくさんの動物も見られます。トンボが40種類、チョウは45種類、鳥は82種類、ヘビが6種類、カエルは9種類。他にもリスにウサギ、タヌキ、キツネ、「最近はイノシシまで出てきてちょっと困った」と話す大原さんです。

カタクリの群生は見事。大原さんに植物との親しみ方をお聞きすると、「相手のことをよく勉強すること。相手をよく知らないと恋人にもなれませんよね。植物もそれと一緒です。愛してやらないと、向こうも応えてはくれないですよ」。園内に感じる居心地の良さは、大原さんの愛が要因の一つかもしれない。

5月の連休には、シラネアオイの他にも、ユキツバキが約3万株の樹が花を咲かせます。そして5月下旬からは、ヒメサユリ、ヤマツツジと続き、景色は賑やかに移り変わっていきます。園内の花々は常時10種類以上咲き、一週間程で見ごろが切り替わっていきます。大原さんは、「毎週1回来ると、全部の植物の見ごろを見ることができますよ!」と勧めてくれました。

ユーモアたっぷりの四原則。みんなで守りましょう。

こんなにも多様性があり豊かな里山に魅せられ、昨年は植物園に年間17,800人もの人が足を運びました。地元住民はもちろん、県外から訪れる人も少なくありません。「シラネアオイも、実は関東や関西にはほとんどないんです。あと今、ギフチョウという黄色と黒の蝶が飛んでいますが、他県よりも少しサイズが大きいということで京都から見にやってくる先生もいます。雪国の春は他ではあまり見られないし、県内でも考えて整備しているところは多くはありません。そんな特徴がオンリーワンの個性として、お客さんが足を運んでくれる理由だと思っています」(大原さん)

 

次の世代に自然をつないでいくこと

「たくさん人が来てくれることは嬉しいですし、続けていくためにも必要なこと。でも一番の目的は、僕らのふるさとの自然を残していくことです」。そう話し、大原さんはこの里山づくりを始めるにあたって決めたルールを教えてくれました。

①新潟県内に自生しない植物は植栽しない。それも標高500メートル以下のものに限る
②園芸種、外来種は植栽しない
③樹木の伐採で光と風通しのよい健康な森づくり
④農薬の使用を厳禁する

開園以来22年、このルールに沿って整備を続けてきました。「次の世代のためですよ。今、私が生きている間に結果が出なくてもいいと思っています」。里山の風景生態系に徹底的にこだわり続けてきたことで、たくさんの人が訪ねたくなる里山ができています。

毎週切り替えられる「今咲いている花々」紹介看板。丁寧な案内は来場者からも好評で、これを頼りに散策する人も多い。

 

見本は100年前の先輩!市民の手でつくる雪国植物園

前述の通り、「雪国植物園づくり」の事業を構想し、旗を上げたのは大原さん。30代の時に環境問題が社会的に大きく取り上げられるようになり、当時、会社経営者として卸売り業の世界で仕事をしていた大原さんも関心を持っていました。また、同じころに、長岡市内にある「悠久山公園」をつくり、長岡市に寄付をした「令終会」という市内の経済人からなる会があったことを知り、大きな感銘を受けたそうです。長岡の次なる世代のためにと私財を当時、周囲と協力して集め行動した先達たちの姿は、大原さんの大きな励みとなりました。

「素人だった私も、34年間やれば専門家になれるんですよ」と大原さん。

そして、これからの生き方を考え始めた50歳の時に、覚悟を決めたと話します。「僕はそれまで、植物のことは何もわからなかった。でもね、思いや理屈はいろいろあるけど、純粋に子どもの頃の景色をまた見たいと思ったんですよ。それで覚悟を決めました」。始めの頃は会社経営も続け、土日中心で里山整備をスタートさせました。

周囲と協力で事を成した「令終会」の姿や、大原さん自身も人のつながりに恵まれていたことから、まずは協力者集めを始めます。手を動かして一緒に作業をしてくれる人、資金援助をしてくれる人、植物などの専門知恵を提供してくれる人。この3つのボランティアを柱に12年間、里山も組織も造成していきます。月2回の作業日には50人余りの人が共に汗を流し、会員数は1,700人となり500万円を超える資金を集めることができました。

「始めた当時は、ナタを持つのも初めてで、不慣れなことだらけでしたよ。でも、中途半端にしたらできないってことぐらいは知っていました。かえって人にも迷惑を掛けますしね。だから、朝から一生懸命に働きました」。そんな日々を数年続けているうち、周囲の人たちにも変化があったといいます。「手伝ってくれていた地元の人たちの中にも、“自分ごと”の顔で働いてくれる人が増えてきたんです。そんな姿が何よりも嬉しくて私自身もまた力が出ました」

「活動を始めた当初は、何事も手探り」だったと話す大原さん。ボランティアと共に敷地内で伐採した木々や枯れ枝をたくさん燃やし、山火事と間違われて大騒ぎになったこともあったのだとか。

今現在も多くのボランティアがガイドや園内の手入れを行う。里山を通して、関わる人たちそれぞれが、やりがいを感じながらみんなで運営している。

 

「時間」が作り上げたものを感じてほしい

これからの行楽シーズンの見どころを尋ねると、大原さんは「一つ一つが輝いていて、そういう部分を見てもらうことも大事なんですが、植物も生き物も全部つながっているので、トータルで見てもらえると嬉しいですね。ちゃんと手入れをすれば雪国の里山はこんなに素敵に輝くんだよ。こんなに美しくて、生き物だらけなんだよってことに気がついてもらえたら」と答えてくれました。

現在、雪国植物園では、「原種の桜3000本の花の名所づくり」を目指してあと400本、桜の木を植えようと企画をしています。桜は植えてから20年ほどかけてようやく花を咲かせ始める、根気のいる植物。カタクリは種が落ちて8年。花の咲くのが早いと言われるシラネアオイでも4年。今ここに広がる景色は、造成し始めた当時から数えると30年以上かかってようやく見ることができた景色です。

目の前の木々を見上げて、大きく育つまでの時間を思い、足元で顔を出したばかりの芽出しには、これからの数十年に思いを馳せてみる……。「時間」を感じる、という植物園の楽しみ方を大原さんに教わったように思います。

雪国植物園の見ごろは、早春だけではありません。春や秋に、野鳥を探す「探鳥会」や、夏には「ホタルの夕べ」が開かれ、秋にはもみじも見ごろになります。少し時間がある日には、雪国植物園を散策してみませんか。大原さんたちが少しずつ積み重ねてきた作業が、たくさんの花となって迎えてくれる雪国植物園。愛がいっぱい注がれた里山でどうぞ素敵な時間をお過ごしください。

4月25日現在の雪国植物園の様子。20日前には芽が出るか出ないかだったシラネアオイが一斉に花を咲かせている。大原さんが勧めるように、定期的に雪国植物園へ通いたくなるほどの景色の一変ぶり。

 

Text & Photos: Naoko Iwafuchi

 

雪国植物園
[住所]〒940-2024 新潟県長岡市宮本町3丁目
[電話] 0258-46-0030
[駐車場] 80台(東口のみで南口は閉鎖しております)
[入園料]大人(18才以上) 400円/小人(小・中・高生) 50円
[開園期間]平成30年度は3月17日~11月15日まで(期間中は無休)
[開園時間]9:00~17:00 (16:30 入場券発売停止)
[HP]http://www.niks.or.jp/syokubut/

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