やさしくておいしい、身近なジビエを。女性ハンターが営む「猟師食堂WADA正」の信念
2019/4/6
いざ入店!店主はなんと…
店に入り、カウンターに腰掛けると、まず目に飛び込んでくるのは、カウンター越しに見える鹿の剥製だ。心地よく抑えられた照明のもと、立派な角と、凛々しい顔が存在感を放っている。
「立派でしょう!!地元の先輩猟師さんが仕留めた子をいただいて、剥製にして飾っているんです」
「猟師」という店名から荒々しい男性を想像していたが、声の主は女性。「猟師食堂WADA正」店主、和田さんだ。
「いい時に来たね!今日は良いお肉が入ってるよ!」と出してくれた盛り合わせ。
隣の小千谷市出身の和田さんは、新潟県内の高校を卒業後、介護職に勤務。2017年秋に同店をオープンさせた。
「猟師食堂」の名を冠しているとおり、自身も狩猟免許を持つ和田さん。店主であると同時に、長岡市を中心に活動する現役のハンターでもある。美味しい料理と和田さんの人柄を慕って、ジビエ好きはもちろん、新潟県内各地からハンター仲間たちも集まる。
ジビエをもっと身近なものに
同店で提供されるのは、鹿肉や牡丹肉(猪肉)などを使用した「ジビエ」が中心だ。
ジビエという言葉を最近よく耳にするものの、いまいち定義がわからなかったが、一般社団法人日本ジビエ振興会のホームページによれば、「狩猟で得た天然の野生鳥獣の食肉を意味する言葉(フランス語)で、ヨーロッパでは貴族の伝統料理として古くから発展してきた食文化」だという。
だが、和田さんは「ジビエの店」と打ち出して店を運営していくつもりはないという。どうしても、いわゆる「高級料理」のイメージが先行してしまうからだ。
「一般的な『ジビエ』をイメージすると、ウチは少し違うかも。ジビエと聞くと、高級料理をイメージする方が多いと思いますが、私は『ジビエ=家庭料理』でもいいと思うんです」
ジビエは、ヨーロッパ等では非常にポピュラーな存在だ。しかし、日本では広く浸透しているとは言い難い。それだけに、敷居が高いと感じる人もまだまだ多い。
メニューに目を通すと、「カレー」「パスタ」などの文字が並ぶ。
だが、「猟師食堂WADA正」が提供するのは、家庭的な料理が多い。それには、ジビエにもっと親しんでもらい、普及したいとの思いもあるという。
「ジビエ料理をナイフとフォークでいただく美味しさはありますが、私は家庭料理と思って提供したいと思っています。気軽に美味しいお肉と思って召し上がっていただきたいです。豚肉や牛肉、鶏肉が、猪や鹿、鶏(猪鹿鳥)に変わっただけですよ!誰でも購入できて、調理できる食材ですし」
そもそも猪を家畜として改良したのが豚なのだから、猪の肉だって豚肉の代わりにもなる。そうしたシンプルな発想で、和田さんは「ジビエ」という言葉と「ふだんの食事」を近づけていく。
「ジビエっていうと、ちょっと構えてしまうけれど、あくまでも『食べるもの』だから。必ずナイフとフォークを使って、ソースをかけていただかないといけない、という決まりは無いですし。鹿や猪のお肉をもっと身近に感じて、美味しさに気づいていただきたいなと思っています」
怖いものではなく、おいしいもの
野生の動物の肉は、想像以上に美味しい。とにかくその美味しさを伝えたいと思ったのが、お店をオープンした一番のきっかけだったと和田さんは話す。
「私は、牛肉や豚肉よりも好きですね。この子たちは、毎日野山を自由に駆け回って、好きなものを食べているわけです。だからこそ、身が引き締まっているし、自然なお肉とも言えるんです」
和田さんは猪肉や鹿肉を「本物の肉」と表現する。
「猪肉の脂身の美味しさは、『甘いコラーゲン』と呼べるほど脂身でありながら全然脂っこくないんです。鹿肉は、余計な脂がほとんどなく、他のどんな赤身のお肉に比べても、栄養価は抜群なんです。」
「ジビエは美味しい」と聞いたことはあるものの、敬遠してしまう理由として、いわゆるケモノの臭いが苦手という人は多いのではないだろうか。
だが、「猟師食堂WADA正」で提供される鹿肉、猪肉、鴨肉などは、京都府京丹波町など、全国各地の解体処理施設から仕入れられた厳選食材でもある。下処理も丁寧に施されていることもあり、驚くほど臭みが少ない。
これらの食材はすべて、和田さん自身が実際に解体処理施設に足を運び、自分自身の目で確かめ、施設の担当者と関係性を築いた上で、安心なものだけを選んでいる。
「『安全性はどうなのか』と心配をされる方もよくいます。でも、下処理や加熱処理さえしっかり行えば、まったく問題ないですよ。牛肉や豚肉と一緒です。思っているより普通の食材なんだ!と思ってもらえるんじゃないかな」
いただくのは、大切な「いのち」。だからこそ…
注文した料理をいただく際に「いただきます」と手を合わせる筆者。その姿を見るなり、和田さんは、こう話し始めた。
「最近は、『いただきます』『ごちそうさま』の言葉をあまり聞かなくなりました。人間は、食物連鎖の頂点にいる生き物。だからこそ、命ある生き物に手を合わせ、感謝していただく。作ってくれた人にも、いただいたあとに手を合わせたいなって。私は、いつもそう思います」
和田さんご自身もまた、ひとりの現役ハンターである。動物の命と向き合う毎日を過ごしている。それだけに、思うところはたくさんあるようだ。
「自分が今、いただいているものって、果たして何なのだろう。そうしたことを考える機会って意外と少ないと思うんですよ。それは悪いことではなくて、現代の生活の中では仕方がないことなんだと思います」
和田さんが動物たちのことを語るとき、「この子」「あの子」と表現していたのが非常に印象に残っている。そして、その表情には深い愛情がこもっているように見えた。
「やっぱり、毎日接しているからなんじゃないかな。責任を持って、自分で捌いていただいているからかもしれないですね。スーパーなどで手に入るお肉は、切ってあるものがパックされて売っています。血や羽が付いていたりするわけではない。私は捌く際に、『気持ちが入ってますよ』ってこの子たちに伝えてから、捌くようにしています」
メニューのひとつひとつには、ただ美味しいだけでなく、和田さんの優しさと愛情がぎっしりと込められているようにも感じられた。
現在、日本では野生鳥獣が農作物を食べて田畑を荒らしたり、スギやヒノキ、ブナなどの樹皮や高山植物を食害するといった問題が増加しており、農林水産省の発表によれば、野生鳥獣による農作物への被害は、年間200億円にものぼる。そのうちの約6割が、鹿、猪によるものだ。彼らは「害獣」として狩猟の対象になっており、その肉がジビエとして供されることもあるが、半数の肉はそのまま廃棄されてしまうようだ。
「この子たちは、ひたすら厄介者扱いをされているわけです。嫌われて、ただ殺されてしまうだけ…。それでは、やっぱりかわいそうだよね。おいしくいただいたほうが、この子たちは喜ぶんじゃないかな」
ブームとしてのジビエではなく、愛情を込めて作った料理を、美味しくいただく。
それが何よりもの供養にもなるのではないか–。
和田さんの姿に、そう教えられた気がした。
Text and Photos: Junpei Takeya
●Information
「猟師食堂 WADA正」
新潟県長岡市殿町3-1-5 ツチダビル1F