移住して20余年、ヤオイタカスミさんが長岡で作る、さらりと心地よい麻の服
2017.2.11
連日の大雪が珍しくない長岡の冬は、寒さや積雪によって外出がままならないこともしばしば。しかし、アートや手工芸に携わる人にとってこの季節は、作業場にこもって制作に没頭できる大切な時間でもあります。
雪に閉ざされた静謐な時間がそのまま投影されたような、シンプルで穏やかな麻の服を手がける新潟県長岡市在住の服飾作家・ヤオイタカスミさんのアトリエへ。東京で生まれ、結婚を機に長岡に移住して20余年。ずっともの作りに勤しんできたカスミさんに、長岡での制作と暮らし、そして2月18日から始まる展覧会について聞きました。
まわりは「矢尾板さん」だらけ!
長岡のディープなエリアへ嫁入り
毎月のように各地で展覧会を開催し、全国にファンの多いカスミさん。現在は、地元・長岡での3人展に向けて、制作が佳境に入っています。
彼女が暮らす長岡市高島町は、だいぶ雪深いエリア。真っ白な雪原を横目に見ながら、カスミさんに会いに車を走らせました。
「この辺の名字は“矢尾板”だらけ。みんな同じ小中学校の先輩後輩の間柄で、下の名前で呼び合っていてね。遠い親戚なのかな。よそ者はあんまりいないし、何年たってもアウェイです」とカスミさんは笑います。
そんなディープな場所へカスミさんが飛び込んだのは20代のころ。武蔵野美術大学を卒業後、在学中に出会った陶芸家志望の矢尾板克則さんと一緒に彼の地元へと移住し、結婚しました。
「迷いはなかったのですか?」と訊いてみると、「なかった、かなぁ。若いから深く考えずに来ちゃったけど、最初はお義母さんの言葉がまったくわからなくて。お互いに未知との遭遇でしたね」。お義母さんは合併で長岡市になった旧山古志村出身。方言に戸惑ったカスミさんでしたが、東京から来てくれた若いお嫁さんはかわいがられていたようです。
「最初は、私もヤオちゃん(夫の克則さん)も無職で無一文。お小遣いをもらっていたような気がします。私が家事を担当することになり、料理はほとんどやってなかったけど、図書館で借りた本を見ながら作り始めて。時間はたっぷりあったし、もともと器用なので、お菓子も作ったりして。家族に喜んでもらって上達していきました」
移住から半年ほど過ぎたころ、克則さんが実家の倉庫を改築して陶芸のアトリエを作り、夫婦ふたりが講師となって陶芸教室をスタートしました。多いときは生徒が20人もいて、この教室を通じて“家族”と呼ぶほど親しく付き合える友人ができたそうです。「友達に会うために帰京したいと思うことも多かったけれど、長岡にも気の合う友達ができて、東京に帰りたい気持ちが少なくなっていきました。やっぱり、人の存在は大きいですね」
陶芸教室は4年ほど続き、やがて子供が生まれてカスミさんは母親に。克則さんの陶芸家としての活動が軌道に乗り始めたこともあり、作家業に専念するため教室をたたむことになりました。「大学での服飾にはそれほど魅力を感じなくて陶芸に没頭してきたけれど、育児をしながらの土いじりが難しくなってきて。切り替えに時間がかかるというか。服を作ることも好きだったので、子供に服を作るうちに、これならやれるかなと思ったんです」
子供の頃から好きだった
洋服作りがライフワークに
カスミさんの服作りは、幼少期にさかのぼります。家で洋裁をしていたお母さんの端切れで遊び始めたのが小学生のころ。
「みんな外で “ドロケイ”(※1)とかして遊んでいたけど、運動が苦手な私はいつも“おまめ”(※2)扱い。おとなしくて内向的だったこともあって、外遊びより、ひとりで黙々と何かを作ることが好きでした。針と糸を使って縫って、ミシンもおもちゃ感覚。母に聞くこともせず、端のほつれはどうしたらいいかな、そうか、細かく縫っていけばいいんだ! と発見してうれしくなったりして。漫画っ子で、絵や漫画を描くのも好きでした」
※1 泥棒と警察、2チームに分かれて遊ぶ鬼ごっこ
※2 捕まっても鬼役を免除してもらえるなどの特別ルールが適用される子供
ハンドメイドが得意な少女が大人になり、自然な流れの中で好きなことに再びめぐり合ったわけですが、趣味が仕事になったのは2004年。克則さんの陶器が全国各地で展示販売されるようになり、同行したギャラリーで「お洋服を作っているなら、奥さんも展示をしませんか」と誘われ、本格的に服飾作家としての活動が始まりました。
「その後『赤木智子の生活道具店』(※3)に参加するようになり、そのご縁があって『うちでもやりませんか』と声をかけてくださる方が増えていきました。個展の初日はだいたい現地に出かけるようにしています」
※3 『赤木智子の生活道具店』とは、東京から奥能登に移住した赤木智子さんと伴侶で塗師の赤木明登さん、その赤木家が日常的に愛用している食器や衣類などを紹介する展覧会。北海道から沖縄まで各地で開催されています。
現在、カスミさんの作品が定期的に展示される場所は、ギャラリーmu-an(長岡市)、gallery tanne(柏崎市)、ギャラリーろば屋(新潟市)、新潟県外では、うつわ萬器(東京都足立区と千葉県柏市)、あかまんま(群馬県藤岡市)、くらしのかたち テーブルギャラリー(高知市)、まちのシューレ963(香川県高松市)など、全国各地へと広がっています。
「どうやって服をイメージし、作り始めるのですか。アイデアはどこから?」と尋ねると、カスミさんは笑ってこう答えました。
「いつも、作りたいものを作るだけ。こんな感じかなーと、まずは自由にデザインを描いてみて、決まったらパターンを引いて」。洋裁を本格的に学んだことはなく、本を見ながら自己流で制作を続けてきたというカスミさん。その創意の大部分は、長岡に暮らす日々の中で培われたのかもしれません。
「最初は自分が着たいものを作って、それを気に入った人に買っていただくということだったのですが、展示をすると、いろいろなリクエストがあるんですよね。もっと大きなサイズがほしいとか、こんなカタチがあったらなとか。そんな声も取り入れながら、少しずつデザインも変化して、バリエーションが増えていきました。麻は洗濯してもすぐ乾くし、風合いも変わってきて、着心地がいい素材。色や厚みもいろいろ選べるし、冬はウール混のものを使ったりして、ずっと麻で作っています」
ほかの作家とのコラボレーションで
新しい表現の世界を切り拓く
こうして、服飾作家としての道を歩むことになったカスミさん。ギャラリーでの展示を重ねるにつれ、ほかの作家たちに出会う機会も増えていきました。
同じ新潟県の三条市で活動するイラストレーター、しおたまこさんもそのひとり。まこさんの絵に惹かれたカスミさんが声をかけ、阿賀野市の染工場「越後亀紺屋」の手ぬぐいにまこさんのイラストをプリントし、その手ぬぐいでカスミさんが服を作るというコラボレーションを考えました。
そして、初めてのコラボ展『ユルりとサラりと展』を2011年の夏に開催。その2年後、2013年の夏にはイラストをシルクスクリーンで転写した生地を使ったコラボ展、2016年には「marcus lab」を立ち上げ、まこさんが大胆に手描きした生地でカスミさんが服を仕立てたり、カスミさんが作った服にまこさんが描いたり、試行錯誤を繰り返しながら実験が続いています。
そして、もうひとり。東京都出身で長岡市在住の美術家、小木曽瑞枝さんとのコラボレーションも、2015年にスタートしました。当初は服と美術作品の2人展を考えていたそうですが、「せっかくだから一緒になにか作ってみない?」と声をかけたカスミさん。小木曽さんが2年間滞在し、制作をしていたスウェーデンの言葉で「見て!見て!」を意味する「titta! titta!」という新ブランドを立ち上げ、小木曽さんが手がけた図案をミシンで刺繍したり、プリントしたり。にぎやかで楽しい服のアイデアが次々に生まれ、「titta! titta!」展は長岡を皮切りに東京や四国でも開催されました。
「いつもシンプルな服を作っていると、柄がほしくなってくるんですよね。自分でも描けますが、誰か一緒にやってくれる人はいないかなと思っていたときに、たまたま出会って。もうちょっと絵を大きくしてとか、色はこうしようとか、ワイワイ言いながらの共同作業。私はとっても楽しいけど、まこさんと瑞枝ちゃんがどう思っているかはわかりませんよ(笑)」
長岡での3人展が2/18(土)スタート
そして、2月18日からは2017年最初の展覧会『She stared at her reflection in the mirror.(彼女は鏡に映った自分をじっと見つめた。)』が、ここ長岡のギャラリーmu-anで始まります。今回は、神奈川県在住の美術家・平尾菜美さんと新潟県上越市在住の写真家・飯塚純さんとの3人展。DMを見ただけでも、いつもの個展とはだいぶ異質な印象です。本展のテーマを考えた飯塚さんいわく「カスミさんのワンピースを中心に、そこから着想したイメージや作品を展示し、実験的な試みの中で活動や作品の形態が異なる3人の『反射』が新しい『光』になれば」とのこと。
日常の中の非日常の「気付き」をテーマに活動する平尾さんは鏡を使ったインスタレーションを、飯塚さんは「ヤオイタカスミ」の服を着用したモデルの虚像を写真作品で発表し、平尾さんとカスミさんの世界を結びます。3人の作品がどのようにお互いを映し出し、新しい物語やイメージを生み出していくのか。ファンにとっても、これまで見たことがないカスミワールドの一端を垣間見ることができそうです。
いつしかアウェイが「ホッとする場所」に
当然ながら、カスミさんの個展にはよく「ヤオイタカスミ」を着たお客さんが訪れます。少し前のものだと、それが自分の服だとわからないこともあるとか。「あれ? かわいい服を着てるなと思って、よく見たら、私のじゃん!って(笑)。でも、服が旅立った後のことはもういいんです。その人のものだから」とカスミさんは言います。
今年も全国を訪れる予定のカスミさん。各地でたくさんの心躍る出会いがありそうですが、カスミさん自身は、いつのまにか新しい故郷となっていた長岡への愛着が深まっているようです。「ふと気付けば、もうすぐ、人生の半分以上をここで過ごしていることになるんですよね。たまに東京にも行きますが、すぐ長岡に帰りたくなってしまう。学校の役員会とか町内会でのアウェイ感は相変わらずだけど、やっぱり長岡に帰るとホッとします」
嫁入りして20余年、義理のご両親など周りの人にも助けられて長岡で育て上げた子供たちが、春にはふたりとも高校生になります。「子供が巣立った後は、どうなるのかな。たぶんずっとこのまま、ここで作り続けているんでしょうね」
ミシンに向かうカスミさんの背中を見ながら、私もずっと長岡で暮らして、おばあちゃんになっても「ヤオイタカスミ」を着こなせたら——そんなことを感じました。
ぜひ展覧会で、カスミさんの世界観や日々の暮らし、長岡の風や光、空気をも内包した作品にふれてみてください。
Text: Akiko Matsumaru
Photos: Tsubasa Onozuka (PEOPLE ISLAND PHOTO STUDIO)
展覧会『She stared at her reflection in the mirror.(彼女は鏡に映った自分をじっと見つめた。)』
会 場
ギャラリーmu-an 長岡市呉服町2-1-5
電話番号
0258-33-1900
日 時
2月18日(土)〜3月5日(日)11:00〜17:00(最終日は16:00まで)
※初日の17:00から参加作家によるミニトークを予定
※水曜休廊
4月以降の個展の予定
4月21日(金)〜5月10日(水)うつわ萬器 北千住店(東京都)
5月17日(水)~28日(日) ART WORK STUDIO AN(富山県)
6月3日(土)〜9日(金)ARABON(京都府)
6月10日(土)~30日(金)ゆがふ(京都府)
7月 ギャラリー風来(兵庫県)
9月 gallery tanne(新潟県)
11月3日(金・祝)〜11月8日(水)ヒナタノオト(東京都)※鍛金作家・大桃沙織と2人展