就労、卒業後ケア…長期的に「一人ひとりの特性と向き合う」高等総合支援学校の取り組み
2021.7.28
ダイバーシティ(多様性を大事にする)やインクルージョン(排除せず、互いに尊重し合う)といった言葉とその考え方がここ10年ほどで日本にも浸透し、福祉に止まらず政治やビジネスのシーンでも多用されるようになりました。また、障害者雇用促進法の改正で働きやすい場づくりが進められ、今年1月に厚生労働省が発表した「令和2年障害者雇用状況の集計結果」では民間企業の障害者雇用数は57万8292人、前年比+3.2%で過去最高を記録。とはいえ、仕事の内容や待遇など、まだまだ課題は山積しています。
障害のある子どもたちを社会に送り出すために、教育現場ではどのような支援が行われているのでしょう。「社会の中で私らしく生きていこう」を教育目標に掲げ、卒業後を見据えたカリキュラムで生徒たちをサポートする長岡市立高等総合支援学校を訪ねました。
一人ひとりみんな違う生徒たち
それぞれに合った就労、社会に関わる形を
様々な障害のある生徒と保護者のニーズに対応していこうと、長岡市立総合支援学校の高等部が独立し、2015年4月に開校した長岡市立高等総合支援学校。市立としては新潟県内初の高等部単独となる特別支援学校で、2021年で創立7年目となります。
長岡市全域から通う生徒の数は現在139人で、市立中学校に設けられている特別支援学級の約4割の生徒と総合支援学校中学部からの生徒がここに進学しているとのこと。障害の特性や目指す進路などにより、1年次は4つの教育課程、2・3年次は5つのコースに分かれ、「くらす」「たのしむ」「はたらく」の3本柱を軸に学んでいます。「知的障害のある人、身体障害のある人、発達障害のある人、重複障害のある人など、当校の生徒は一人ひとりみんな違います。学校としては、それぞれの状態を正確にきちんと把握して個々に合った教育ができるよう工夫し、その人に合った就労、社会に関わる形を作ることが目標です。また、アフターケアにも力を入れていて、卒業後3年間、どうしているかな、仕事はうまくいっているかなとフォローしています。卒業生の姿が在校生のモデルにもなりますから」と校長の吉橋哲先生。
同校が特に注力しているのが、自立や社会参加に向けてのサポート。その一つは、それぞれが持っている力を最大限に発揮できるよう、実践的な「作業学習」のカリキュラムを編成したことです。もう一つは、進路やより良い生活に向けて、生徒や保護者、卒業生のニーズにきめ細やかに対応する「総合支援室」を設置したことです。8つの班に分かれて行う「作業学習」で
「はたらく」ための基礎体力づくり
就労をイメージした8つの作業班──リサイクル、委託、自主製品製作、農工、食品加工、清掃・クリーニング、事務、接客・介護──この中から生徒本人の自己理解と自己決定を尊重して所属を決める作業学習。個別の作業のスキルアップと同時に、ひとつのことをやり遂げる力、目標達成の喜び、働くことへの意欲、チームワークの意義や社会参加へのアプローチなど、実社会で働く際の基盤となる総合的なスキルを培うことを目標にしています。
では、各班の作業学習を写真で紹介しましょう。
接客・介護班の3年生、近藤智さんに作業学習についてインタビューしてみました。「1年生のときは『つっち〜ず!!』で農作業を中心に仕事の基礎について学びました。自分はコミュニケーションが苦手なので接客をやってみようと、2年生から『サービスこころ』に入って2年目です。仲間とコミュニケーションを取りながら助け合い、臨機応変にしっかり動けるようになりましたが、初めて『りらん』で実際に接客したときは緊張して、もう何がなんだか……(笑)。サポートの人にいろいろなやり方を教わり、いまでは楽しく接客できるようになりました」
地元企業で「はたらく」現場を体験
年2回の実習で地域と出会う
作業学習はその職種への就労が目的ではなく、あらゆる仕事に汎用できる総合的な力を蓄えるためのプログラム。そこで学んだことを踏まえつつ、実際の就労に一歩近づく「現場実習」が年2回、10日間ずつ行われます。
近藤智さんの現場での仕事ぶりを見せてもらいました。今回の実習先は「東京インテリア家具」。この日は実習7日目で、だいぶリラックスした様子で仕事に取り組んでいました。
近藤さんは「作業スピードもアップしてきたし、わからないことがあれば自分から質問や相談ができるようになりました。残り3日ですが、周りを見て積極的に動けるようになりたいです」とのこと。
後期の現場実習では、これまでの経験を踏まえ、より適性に合った現場を選ぶことになっています。改めて自己理解を深め、卒業後の就労につなげる機会になるそうです。近藤さんはどんな選択をするでしょうか。
卒業後3年間のアフターケアにも奔走
関係機関をつなぐ「総合支援室」
最後に、この学校の特色のひとつでもある総合支援室のドアを叩きました。在校生・卒業生への切れ目のない支援と地域でのより良い生活実現に向け、教育と医療、福祉、労働などの機関との関わりをコーディネートする場所。その業務内容は実に多岐にわたります。
生活支援として、家庭、行政、相談支援センター、放課後等デイサービス・福祉サービス事業所などのネットワークを作り、包括的な支援が必要なケースについては支援会議を開催。就労支援として企業・事業所を訪問して進路先を開拓し、現場実習を巡回して実習先と情報を共有。卒業生の支援として、本人と保護者、企業・事業所、ハローワーク、就業・生活支援センターなどが参加する「移行支援会議」を開催し、本人と家族の願いや特性などを確認して今後の支援について検討。企業・事業所、行政が参加する「生徒の自立を考える連絡協議会」を開催して、生徒の事例紹介、グループワークなどでそれぞれの支援のあり方について協議し、さらに、長岡市福祉課や支援センターのスタッフを講師に招き、保護者を対象に障害者手帳の取得や各種福祉サービス等についての説明会も開催。あらゆるニーズにきめ細やかに応えています。
総合支援コーディネーターの高桑裕子先生にお話を伺いました。
「教育と福祉をはじめとする関係機関が連携してチームで支援していくことが有効ではないか、と当時の森民夫市長をはじめ、みんなで考えてこの支援室がスタートしました。ドロップアウトする子を減らしたいという長岡市の願いもあったでしょう。学生から社会人になるのは誰にとっても大きな変化ですから、卒業して終わりではなくアフターケアも大事。社会人としてのスタートのサポートが必要です。進路定着支援として卒業後の1年目は年3回、2年目と3年目は年1回、こちらから就労先などを訪問して、本人と企業・事業所の双方からの相談を受けています。みんな私たちが行くのを楽しみに待っていて、がんばっている姿を見せてくれます。その様子を在校生に伝えることも大切で、先輩の姿が在校生の目標になっています」
「保護者には地域や福祉の情報を提供しますが、即答できない質問には調べてから提供したり、『お母さん、こういうところに聞いてみては』などと調べ方を教えたりすることも。一人ひとりを大切にする、一人ひとりに対応することが特別支援教育の原点なので、たくさん情報収集してニーズに応えていきたいですね」(高桑先生)年ごとに違いますが、卒業後に就職する生徒は全体の2割から3割ほどだそうです。校長の吉橋先生いわく「すぐ就職ということでなく、福祉サービスを利用しながら就労に向けて準備をする卒業生もいます。学校の貴重な3年間はあっという間に終わってしまうので、様々な関係機関とつないで支援をバトンタッチして送り出しています」とのこと。
「今後も生徒数は増えていく見込みですが、様々な背景のある生徒など、その実態は年々変化しています。学習指導要領が変わり、新たなカリキュラムの編成や今後の中長期的なプランを練っているところです。市立学校ですから、長岡市福祉課や教育委員会、地元企業・事業所、市内小中学校、立地している地域や生徒たちが暮らす地域など、たくさんのつながりを大切にしながら、新たな取り組みを進めていきたいです」(吉橋先生)
国の方針を受け、新潟県内でも障害のある人を受け入れる企業は増えているものの、県全体として企業就労の割合はそれほど伸びていないそうです。また、生活介護サービスを提供できる事業所も十分ではない状況とのこと。「さらなる啓発を進めて企業への理解を深めること。併せて生徒本人と保護者の願いを関係機関に伝えていく努力が必要だと思います」と吉橋先生。
核家族化や貧困に加え、昨年から続くコロナ禍の影響で家庭環境が不安定になり、子どもが心身のバランスを崩して不登校になった、発達障害の様相が見られるようになった、という話を耳にします。それはどこの家庭でも起こり得ることで、病気や怪我で日常が一変することもあるでしょう。障害のある人たちが感じる目に見えるバリアと目に見えないバリアを少しずつ取り除き、自分の問題として共に考えていくことが、誰にとっても暮らしやすい地域社会の実現につながるのではないでしょうか。
Text: 松丸亜希子 / Photo: 池戸煕邦
●Information
長岡市立高等総合支援学校
[住所]新潟県長岡市大字日越1402番地
[電話]0258-47-3362
[URL]https://www.kome100.ne.jp/swas/index.php?id=k_sougou