発酵を「自分で考える」手がかりに。「地域とつながる」長岡農業高校の発酵・醸造実習

2021.10.28

新潟県立長岡農業高校には、「発酵・醸造」をテーマにしたユニークな授業がある。16もの酒蔵が立地する長岡市らしく、地元企業や農家の協力を仰ぎながら、生徒たちは日本酒、ワイン、味噌、醤油といった発酵食品の作り方を実践で学んでいく。今回は生徒たちが収穫したぶどうでワインの仕込み実習を行うというので、その模様を取材すべくお邪魔した。

 

高校三年生による
はじめてのワイン仕込み

チャイムが鳴り、午後の授業が始まった。衛生キャップを被った高校生の後ろで、昨日収穫したばかりだという白ぶどうがみずみずしく艶を放っている。ドイツ生まれ、耐寒性のあるケルナーという品種の醸造用白ぶどうが約66キログラム。このぶどうが、40リットルを超える白ワインになるのだ。

食品科学科の生徒たち。「食品製造」「食品化学」「食品微生物」とそれぞれ専攻分野はバラバラだが、発酵醸造に興味のある生徒が実習に参加している。

「醸造用のぶどうは洗っちゃダメなんだ。なんでだと思う?」という先生の質問に、指された生徒たちが「風味が消えるから」「皮に良い菌がついているから」と答えていく。「答えは、水っぽくなって果汁の糖度が下がるから。それに皮の表面に発酵に必要な酵母がついているからね」。

そんな先生の説明で幕を開けた実習は、まず腐敗したぶどうを一つずつ取り除く地道な作業から始まった。5、6人のグループになり手を動かし始めると、友達同士でワイワイと盛り上がってくる。

仕込みの前日に生徒たちが「とちお農園」で収穫した白ぶどう。「とちお農園」は栃尾地域で白ワイン用ぶどうを栽培している企業。100%栃尾産原料で「T100K」というワインをつくっている。

な!ナガオカで「T100K」について取材した記事はこちら
ワイン造りはまちづくり。長岡・栃尾産日本ワイン「T100K」の先にある「まちの未来像」

 

「ワインはまだ飲めないと思うけど、できあがったらどうするの?」と話しかけると、「二十歳になったら飲みたいです。成人式とかで!」「親にあげます」と、初々しくて素直な答えが返って来た。

 

たくさんあったぶどうも実を外して潰せばタンク1本に収まる液体に。ブドウ糖とイーストを投入した直後から発酵は始まっている。

果肉を皮ごと手で潰す工程では「全然ぶどうのいい匂いしないじゃん。青臭い!」「本当にこれがワインになるのかな?」という驚きや戸惑いの声も。その後、通称“メタカリ”という酸化防止剤を投入した後、ドロドロになった液体をタンクに入れてイーストとブドウ糖とともに攪拌。案外あっさりと作業は終わった。

「今日仕込んだものが、明日にはブクブク発酵し始めますよ」。そう話しかけてくれたのはこの実習の指導教員であり、生徒から「ほかの先生とはちょっと違うんだよね」と評されている、食品科学科の中野忠雄先生だ。

「1週間もすれば香りもずいぶん変わってきますし、2週間もすれば糖のベタつきもすっきりして『どうですか、エタノールになりましたよ?』と語りかけてくるかのように、大変身します。生徒はお酒を飲めませんが、酒造りは変化が早くて生徒の視覚・嗅覚に訴えるので、生徒にとってわかりやすい教材になるんです。『おおっ!』と驚いたり『すごいじゃん!』という感動があると、生徒の頭にスルスルと入って行くようで、自然と勉強のやる気も出してくれます」(中野先生)

「グルコースが分解して一分子から二分子になったら、エタノールと二酸化炭素は何対何になる? そうだ1:1だな。16%のグルコース発酵で最大100%のアルコールが生成されて……」(筆者にとっては懐かしい&そしてさっぱり分からない)化学式が中野先生から説明されて、生徒たちはふむふむとメモをとっていた。

 

左/今回投入したイースト(ワイン酵母)。右/先生が覗き込んでいるのは、糖度を測る器具。糖とイーストの比重を整えるとうまく発酵が進む。

 

「発酵・醸造のまち」のリソースを
最大限に活かした教育活動

長岡市には酒蔵が16社、味噌蔵が11社、醤油蔵が6社、ワイナリーが1社と、全国でも屈指の数の発酵・醸造拠点がある。しかも、発酵・醸造メーカーがひしめく摂田屋地区は、長岡農業高校の目と鼻の先。そんな地域特性は活かさなくてはもったいない! ということで、中野先生が教える「食品科学科」では、3年前から地元企業と連携して複数のプロジェクトに取り組んでいる。

たとえば酒造メーカー・吉乃川株式会社に技術指導を受けての日本酒づくり、醤油メーカー・株式会社越のむらさきと協同しての新商品開発、味噌では味噌星六と協力して行う“おから味噌”の研究、雪国の食文化を発信する「スノーフード長岡ブランド協議会」と取り組む、長岡の特産大豆「肴豆」を使った味噌造りなど。どれも老舗の蔵や、あるいは企業の枠を超えた新しい取り組みとの協力関係の中で行われる本格的なものであり、長岡でしか実現し得ない豊かな食のプロジェクトだ。そもそも、醸造の授業がある高校からして、全国的に見ても少ないのだという。長岡農業高校の発酵・醸造の実習は、味噌に関しては数十年の歴史があり、日本酒・ワインは中野先生が本格的に取り組み始めたもので、今年で3年目になる。

今回のワイン醸造は、長岡市栃尾地区で100%白ワイン用ぶどうケルナーを栽培する「とちお農園」の協力を得ている。原料のぶどうを提供してもらうだけでなく、生徒たちも春から月に一度、農園を訪れて現場の作業を経験した。4月には雨よけのビニール張り、5月には新枝を日光に当てるためのワイヤー固定、6月には余分な芽を取るわき芽かき、7月にはぶどうの実に日光を当てるための摘菜、8月には熟したぶどうを鳥害から守るためのネット張り、そして9月に収穫を済ませたところだ。

「発酵醸造班」の生徒2人。遠藤唯花さんは甘酒が苦手ということで、甘酒を飲みやすくする研究に力を入れている。米の代わりにさつまいもを発酵させて甘酒をつくったり、甘酒を凍らせてシャーベットにしたりと様々な甘酒の作り方・食べ方を開拓中。将来は「地域に寄り添うような形でカフェを経営したい」。酒井美乃莉さんはお菓子などに比べてワインや日本酒は作り方がまったく想像できなかったので、発酵に興味を持った。祖父母がたこ焼き屋を営んでいるため幼い頃から食への関心が高く、将来も食品関係の仕事をしたいと考えており、地元の米菓メーカーへの就職を目指している。

「学校の外の大人に色々と教えてもらうと、いい刺激になるんです。教員だけでなく多様な大人から学んだ方が、生徒は良い大人になると私は思っています」と中野先生。長岡農業高校に関わる企業のみなさんは、生徒の様子を見るためにこまめに学校に来たりと、普段から気にかけてくれるそうだ。

あらゆる科目を横断する「発酵」は
農業を学ぶのに最適なテーマ

ワインの醸造を含め、発酵・醸造関連の実習は「食品科学科」の生徒たちが三年次に取り組む「課題研究」の一環だ。関心ごとに分かれた小さなグループで研究を行い最後は発表するという、いわば卒論のような授業。週に4時間もある。興味深いのは「食品科学科」のなかでも「食品製造」「食品化学」「食品微生物」と専攻分野が分かれる生徒たちが、発酵・醸造関連の実習は一緒に、そしてごちゃ混ぜに受けているということだ。

たとえば生徒たちにどの科目で何を課題研究としているのか聞いてみると、「『食品製造』でヨーグルト酵母を使ったパン作りをしています」とか「『食品化学』専攻で、おからで醤油をつくる実験をしています」といった答えが返ってくる。

「発酵・醸造という概念は、食品を学ぶ上で非常に包括的なんです」と中野先生は言う。
中野先生が日々課題に思っていることは、生徒たちが自分の専攻する科目に縛られすぎていることだ。

長岡農業高校の教員になってから今年で7年目を迎える中野忠雄先生。佐渡農業高校で5年、新発田農業高校で6年、高田農業高校で11年間教鞭をとったのち、長岡農業高校へやってきた。

 

「たとえば酒造りひとつとってみても、『食品製造』では製造方法を学習、『食品微生物』はアルコール発酵している酵母を研究、『食品化学』ではグルコースがエタノールに変わる酵素化学的な反応について学びます。普段の授業では、自分の科目のことだけ覚えればいいやとなってしまいがちなのですが、発酵の実習では、ほかの科目のことも横断的に考えざるを得なくなる。食品化学専攻の生徒は、教科書に書いてある化学式を頭に詰め込みますが、実際に発酵を見て、感じることで、その化学がものづくりのためにあると気づくのです。各科目のつながりを体系的に学べるのが発酵・醸造なのかなと思っています」(中野先生)

おから→醤油? 酒粕→フランスパン!?
「自分たちで考える」力を養う課題研究

発酵・醸造関連の課題研究が始まってから今年で3年目。生徒たちは実際に、どのような研究を行なっているのだろう。

中野先生が受け持つ9人の生徒(通称:中野班)のなかでは、フードロスに関心があるという3人がおからで醤油づくりを行なっている。日本では豆腐を製造する際におからが年間約70万トン排出されており、一部は食品や家畜の餌、肥料として活用されているが、ほとんどが産業廃棄物として処理されている。このロスをなんとかしたい、というのが彼らの問題意識だ。

「はじめはおからで味噌を作っていたのですが、味噌汁にすると繊維が残るし風味が乏しかったんです。そこで、液体にして濾す醤油ならいいのではないか?と考えました」(中野先生)

しかし、おからから醤油をつくるというのは前例が少なく、手探り状態。そもそもおからにコウジカビがつかず、発酵が始まらなかった。そこで生徒たちは試行錯誤した結果、おからの水分を80%から30%まで落とす必要があることを発見。ようやく醤油麹をつくることができたのだという。「あいつら、よくやったなと思って!」と中野先生の笑みがこぼれる。

生徒たちの創意工夫によりやっとコウジカビがついたおからの醤油麹。三日前に仕込み、昨日菌糸が生えて今日は胞子が出てきた。「先生どうしよう!どうしよう!」と生徒は大慌て、そして大喜びの様子。

そのほかにも、酒粕から酵母を抽出してフランスパンをつくる研究も進んでいるという。「ちょっと難しい話になるんですけどね」と前置きした中野先生が、一気に話し始めた。

「通常パン生地を発酵させる酵母を増やすにはYM培地というのを使うんですけど、その匂いが気になると指摘した生徒がいて。最終的には遠心分離して取り出した酵母を蒸留水で洗うので匂いは消えるんですけど、『おもしろい視点だな!』と思いました。『じゃあどうする?』と聞いたら、YM培地ではない培地を使うと。そこから生徒たちの発案で、もともと酵母の入っていた酒粕で培地をつくってみようということになりまして……」

ここからは専門的すぎるので要約するが、生徒たちは、アミノ酸やタンパク質などの栄養素が豊富な酒粕をベースにパンの発酵に必要な酵母を増やすことができれば、遠心分離することなくそのままパンに入れられるのでは?という発想に至った。しかし実際にやってみると酵母が増えず、酒粕には酵母の生育を阻害する何かがあるということがわかる。そこから、もともと酒をつくるとき、つまり酵母を増やすときには米と麹を使うのだから、甘酒を培地にしたらどうかというアイディアにたどり着き、それが大成功!したのだという。ちなみに、できたフランスパンのお味は「まだまだ」とのこと……

普段生徒たちが食品を開発している実験室。キッチンのようなところかと思いきや、実験器具が充実したラボだった。

おからで醤油を作る、酒粕の酵母を甘酒で増やしてパンをつくる。どちらも生徒発のアイディアだ。「もちろん私もアドバイスしますし、たまに失敗することもある。でも発酵の課題研究は自分で考える余地があり、自由度が高いので、生徒が成長するんです。勉強のベースは普段の座学ですが、ああだこうだと実験していると自分で考える頭になってくるんですね」と嬉しそうな中野先生。生徒たちも立派な研究者の卵なのだ。

教員が自分ごととして
地域社会と繋がっていきたい

そして、発酵に魅せられているのは、もちろん生徒だけではない。中野先生は東京農業大学農学部農学科出身。卒業後に教職につくも、20代後半でさらに学ぼうと新潟大学大学院自然科学研究科に進学して酵素について学んだ。いわば、先生自身が農と食のスペシャリストだ。

「研究者の端くれとして、私自身ももっと発酵・醸造の研究を深めたいんですよ。生徒を使って(笑)。数年前から摂田屋で何かやってみたいと思っていて、やっと発酵・醸造企業とのコラボが実現しました」(中野先生)

長岡農業高校の発酵ネットワークがこんなにも広がったのは、先生の地道な活動の賜物だ。長岡市が「発酵・醸造」をまちづくりのテーマに掲げているからとか、誰かに要請されたからやっているというのではなく、先生自身が楽しみながら自発的に進めていることが成果につながっているのだろう。

「最近は働き方改革やコンプライアンスの問題で、課外活動や土日の動き方にも制限があります。でも、私は教員自身が地域社会と繋がって、その経験や、そこで得られた視点を教育に取り入れていくとことが大切だと思っています。高校生は、これから社会に出るんですから」。(中野先生)

授業で作ったパンを販売しに来てくれた「食品製造」科の三人。シュークリーム一つと、チョコレートクリームとカスタードクリームがそれぞれ入ったパンのセットを購入。パンは焼きたてでホカホカしていた。

今後も新しい発酵ネタを仕入れ、自治体や企業と連携していきたいと意気込む中野先生。2021年10月30日に開催される長岡市の発酵文化普及イベント「HAKKO trip」では、長岡農業高校の生徒たちも参加して、味噌醤油関係者とともに子どもたちへ体験を提供する。また、11月3日には「長農祭」という毎年恒例の文化祭があり開発した発酵食品やそのほかお菓子や野菜などを販売予定だという。今年はコロナ禍の影響で一般参加が難しいが、例年は生徒の家族だけではなく、地元の人も多く参加するイベントだ。

中野先生が熱意をもって進める発酵・醸造関連の取り組みは、今後もますます広がっていく予定。生徒の考える力を養い、地域社会との接点を作るこの取り組みから、次はどのようなものが生まれていくのだろうか。

Text & Photo:橋本安奈

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