季節限定の和菓子から「猫神さま」まで。長岡の風土と文化に息づくニャンコたちの姿を求めて
雪国の環境が生んだ名産品、ねこつぐら
まずは地元の名産品から。わらでできた猫の家「ねこつぐら」です。ねこつぐらとは新潟県から長野県にまたがる山間部を中心に、昔から稲わらを編んでつくられてきた民藝品。地域によっては「ねこちぐら」と呼びます。このあたりは日本でも有数の豪雪地帯であり、稲刈りが終わればあっという間に冬が来て雪に閉ざされ、初夏になるまで根雪が残るほどで、農作業には非常に厳しい風土。そのため、冬季の内職としてこうした民藝品を作り、収入の足しにしてきたのです。
みっちり編まれたわらは通気性がよく、夏は涼しく冬は暖か。猫ちゃんが一度入ったらなかなか出てこないと言われているほど快適なんだそう。大人が乗っても壊れないほどしっかりとしたつくりですが、実はこのねこつぐら、今でも職人の手しごとでひとつ一つ作られています。大きめのものは直径50cmほどにもなるねこつぐら、どのようにして作られているのでしょうか? 山古志地域虫亀集落の松田義太郎さんのもとに伺い、その制作風景を見せてもらいました。
四季が色濃い中山間地・山古志。関東地方で生まれ、物心ついた頃からこの場所で暮らしているという松田さんは、農業をメインに大工仕事やプロパンガスの配送、山古志といえばの錦鯉の養殖まで、時代と季節にあわせてさまざまな生業を営んできました。長岡一の積雪量となる山古志ですから、やはり冬はハードな仕事を行うのが難しく、家でできる手しごととして、15年ほど前から独学でわらを編みはじめたそうです。
「他の人が作った現物を見て、あとはインターネットで作り方の動画からやり方を学んでつくり始めたんですが、1年かけて5つほどつくって、ようやく売り物になるレベルのものが作れました。長野県関川村のねこちぐらが有名になったから『これは自分でもできるのでは?』と思ったけど、やってみるとまあ大変でしたね」
こう言って笑う松田さん。材料となるわらも、自分の田んぼで出たわらを乾燥させたものです。つまり、まずは田植えをしてお米を育て、それを刈って天日干し・脱穀し、ようやく出たわらを別で取っておくという、一年の生活の産物。そのわらをしっかり叩いてならして、ようやくねこつぐらに使えるようになるわけですから、とにかく手間ひまがかかります。
全ての作業をひとりで行っている松田さん。ひと冬の間に作れるねこつぐらの数は多くて15個、ひとつ作るのに一週間ほどを要します。その他にも、農作業中の日除けや雨よけに使う菅笠を20個ほどつくるのだとか。
松田さんがねこつぐらを作り始める以前は、山古志で作っていた人は松田さんの知る限り一人しかいなかったそうです。独学で作り方を会得した松田さんですが、今では作り方を教えて欲しいと相談がくることもあるそうで、松田さんを師匠とする人も数名あらわれ、山古志のねこつぐらは雪国の名産品として世に送り出されるようになりました。なかなか大量生産が難しい商品ですが、山古志にある「やまこし復興交流館おらたる」で松田さんのねこつぐらを在庫していることもあるようなので、山古志にお越しの際は、訪ねてみるとよいかもしれません。すべてが手づくりの「一生物の猫のおうち」、そこから滲み出る手しごとの温かみを感じてみませんか。
この季節だけのお楽しみ、猫の上生菓子「ねむりねこ」【越乃雪本舗大和屋】
丸くなってすやすや眠る猫の姿があまりに愛らしい……これは、練り切りで作られた和菓子。1778(安永7)年創業、城下町として栄えた江戸時代から藩主に献上されてきた和菓子の老舗「越乃雪本舗大和屋」から、「ニャンニャンニャン」の季節限定で登場する商品です。
普段あまり上生菓子を食べる機会のないお客様のために作ったという「ねむりねこ」。本記事でも紹介している雪国の工芸品「ねこつぐら」で猫が眠っている、なんともほっこりシーンの和菓子です。和菓子には珍しい味わいのラインナップで、黒猫はコーヒー、三毛猫はキャラメル、茶白は黄味餡。しっとりした練り切りの食感に洋風のフレーバーも相まって、お茶だけでなくコーヒーや紅茶との相性も抜群。
猫をテーマにした百貨店での催事をきっかけに2年前に販売をはじめたところ、大人気となった「ねむりねこ」。3月中旬頃まで販売予定となっていますが、製造数量に限りがあるので「品切れの場合はご容赦を」とのことです。味わってみたい方は、お早めにネット販売もしくは店頭にてご予約ください。
245年もの歴史を持つ大和屋ですが、2023年には国の登録有形文化財である本店をリニューアルし、カフェを併設した素敵な空間でかわいいおやつを楽しむことができます。これまで積み重ねてきた歴史をベースにしながら、モダンなエッセンスを取り入れていく意欲的な姿勢を感じられる空間になっていますので、ぜひ店舗にも足を運んでみてください。
越乃雪本舗大和屋
[住所]新潟県長岡市柳原町3-3
[電話番号]0258-35-3533
[Webサイト]https://www.koshinoyuki-yamatoya.co.jp/
狛犬ならぬ、狛猫?猫の石像がお出迎え【栃尾・南部神社】
JR長岡駅から車で30分ほどの栃尾地域・森上地区にある南部神社は、別名「猫又権現」と呼ばれる神社です。この神社のご祭神は「天香具土命(あまのかぐつちのみこと)」という、養蚕と商売繁盛の神様。江戸時代中期に記された日本最古の養蚕専門書である野本道玄の『蚕飼養法記』にも「家々に必ず能(よ)くよく猫を飼置くべし」と書かれているように、蚕や繭をかじるねずみを追い払ってくれる猫は、養蚕農家にとって暮らしに欠かせない動物でした。古くから伝わる絹織物の栃尾紬をつくるために多くの家が養蚕を行っていた栃尾でも、さぞかし猫が人々を助けてくれたのでしょう。そのため、神社の境内には全国でも珍しい「狛猫」が祀られているのです。
社殿の前にはスタンダードな一対の狛犬もいるのですが、狛猫がいるのはその手前。社殿というより、この空間全体を見守る主のようです。台座の裏には「大正九年」という文字が石工によって刻まれており、狛猫の像がここに寄進されたのは1920年であることがわかります。
味のある猫の姿が印象的な南部神社の御朱印札は、栃尾方面に行く際にはぜひ立ち寄っておきたい「道の駅 R290とちお」にてゲットできます。神社では手に入りませんので、お忘れなく。
ここに描かれている猫は、鎌倉末期〜南北朝の動乱期にこの地域に勢力を伸ばした豪族・新田氏の子孫である新田岩松氏の当主が江戸時代から明治時代にかけて4代にわたって描いた「新田猫」と呼ばれる猫絵をモチーフにしています(「新田猫」の現物は新田岩松氏が中世以降に現在の群馬県太田市のあたりを本拠としたため、群馬県立歴史博物館でしばしば見ることができます)。新田岩松氏のお殿様も、養蚕を奨励していたとのこと。収入の不安定だった当時の農家にとって、猫は本当に守り神のような存在だったのです。
南部神社
[住所]新潟県長岡市柳原町3-3
[電話番号]0258-51-1195(栃尾観光協会)
「ミイラ寺」のおもてなし隊長、タビーちゃん【寺泊・西生寺】
佐渡弥彦米山国定公園内、弥彦山の中腹で日本海を臨む絶景のロケーションに位置する西生寺。およそ3000年前にインドからやってきたといわれる5センチほどの純金の阿弥陀像を御本尊としており、民衆の味方として絶大な支持を得た行基上人がこの地をその安置の場所と定めて733(天平5)年に開山したと言われています。
そんな由緒ある古刹・西生寺ですが……実は「そのスジ」でも超有名スポットなんです。日本最古の即身仏といわれる「弘智法印即身仏」をはじめ、狼の剥製、「雷獣」のミイラ、果てはなぜかアフリカの民族信仰の神像など、パンチの効いた住人たちに出会える「ミイラ寺」として、全国の愛好家たちの熱い注目を集めているのです。
その西生寺に、さらなるつよつよ……いや、フワフワモコモコの住人、そう、“おてらネコ”がいるとのこと。会いに行ってみましょう。
さっそく遭遇。
境内を自由に満喫しているのは、2012年10月に新発田の保健所から引き取られて西生寺にやってきたタビーちゃん。生後半年ほどでやってきたとのことで、2024年現在、推定11歳です。人見知りをせず、お参りにきた人を率先して出迎えるタビーちゃんは、チーム西生寺の「おもてなし隊長」を担っているそう。
猫の11歳は人間に換算するとおよそ60歳ですが、タビーちゃんは元気いっぱい。とはいえぐっと冷え込む新潟の冬をどう過ごしているのかと思えば、「毎晩布団に潜り込んできてわたしと一緒に寝ているんですよ」と、住職の奥さまが嬉しそうに笑います。
境内へ気まぐれパトロールに出かけていることもあるため、いつでも会えるわけではありませんが、比較的、寺務所の受付付近にいることが多いのだとか。ときには受付の椅子に座ってお客さんの対応をすることもあるそうです。お寺でのんびり働く(?)猫の姿にはきっと癒され、元気をもらうはず。西生寺Webサイトのおてら通信(ブログ)には「おてらネコ」カテゴリがあり、そこでもタビーちゃんのお寺ライフを覗き見することができます。
例年、12月〜3月(目安)の弘智法印即身仏の冬季休観に伴って寺務所も閉まりますので、4月の再開時にはまた元気に働くタビーちゃんの姿が見られるはず。寺泊方面にお出かけの際は、タビーちゃんに会いに行ってみてはいかがでしょうか。
西生寺
[住所]新潟県長岡市寺泊野積8996
[電話番号]0258-75-3441
[Webサイト]https://www.saisyouji.jp/
今回ご紹介した猫スポットは長岡のエリア各地にまたがっているので、猫をテーマにしたドライブコースとしてもおすすめです。古くから人間の暮らしに身近な存在でもあった猫。西洋には「猫は九つの命を持つ」ということわざがありますが、この長岡でも地域信仰に、お菓子に、冬季の内職にと、それぞれ自然条件も生業も違うさまざまな人々の暮らしの中に垣間見えるその姿を考えるにつけ、本当にたくさんの人の心の中に生きてきた動物であることがわかります。猫好きの方はもちろん、特にそうでもない方も、歴史や文化の中に現れる猫の姿を探しながら、まちを巡ってみるのはいかがですか。
Text&Photo:八木あゆみ(「な!ナガオカ」編集部)