地元の恵みをビールに込めて。長岡の四季と風土を味わうクラフトビール「HEISEI BREWING」の船出

「発酵・醸造のまち」を掲げる新潟県長岡市。米どころといえば「日本酒」のイメージが強いのが常ですが、実はいま長岡にも全国的なクラフトビールブームの波がひたひたと押し寄せ、盛り上がりを見せています。その拠点となっているのが、全国各地の50社以上のクラフトビールを扱う酒販店「酒屋(さけや)平成堂」。駐車場で定期的に開催されているイベント「平成堂ローカルビア&マーケット」には県外からもファンが集う盛況ぶりですが、それには飽き足らず、2022年1月に満を持して自社のブルワリー「HEISEI BREWING(ヘイセイブルーイング)」もオープンさせました。

職人のクラフトマンシップが生み出すビールは、夏だけのお楽しみではありません。秋も冬も春も、季節問わず滋味に富んだ芳醇な味わいを心ゆくまで堪能してほしい。そんなクラフトビールの魅力を発信する酒屋平成堂と、その敷地内に誕生した小さな醸造所を訪ねました。

コロナ禍に仕掛けたイベントが

ブランド誕生のきっかけに

JR長岡駅東口から車で5分ほどの長岡市川崎町にある酒屋平成堂は、1990年9月に開店し、創業32年を迎えました。平成堂を経営する株式会社ホクショクは、400年余の醤油づくりの伝統を継承する老舗醸造業18社の協業合弁で設立された「新潟県醤油協業組合」のグループ会社。「越後良寛しょうゆ」をはじめ、化学調味料無添加の醤油や味噌、液体調味料などを手がける、醸造のプロフェッショナルです。

この大きな看板を目指し、イベント開催日は県外ナンバーの車も乗り付けます。ビールを飲むために長岡駅からタクシーやレンタサイクルを利用する人、てくてく歩いて訪れる人も(隣の北長岡駅から徒歩15分)。

 

ちょうどこの日は「平成堂ローカルビア&マーケット」開催日。4月から11月までの毎月第3土・日曜に行われているイベントで、駐車場にクラフトビールとフードのブースがオープンし、10時から17時まで多くの人で賑わいます。

この日のフードは、長岡駅近くの人気店「ナガオカバル Luigi」、新潟市の古民家レストラン「armonia」、焼き鳥の名店「ゆめどり亭 見附店」など。訪れるたびに発見があり、ワクワクさせられるイベントです。

出店するブルワリーはその時々で異なり、マニア垂涎の樽生クラフトビールを携えて、憧れのヘッドブルワー(醸造長)が県外からやって来ることも。この日は新潟県十日町市の妻有ビールと醸燻(じょうくん)酒類研究所、このイベントを平成堂とともに切り盛りするナガオカ・クラフトビール・フェスティバル実行委員会のブースもあり、委員長を務める大竹祐介さんが接客に当たっていました。

ナガオカ・クラフトビール・フェスティバル実行委員会のブース。各地のイベントに出店し、自ら接客する大竹さんは、長岡にクラフトビールの波を呼び寄せたキーパーソンのひとり。

イベントの企画運営を手がける大竹さんは、人と人とのつながりの中から新しい活動を生み出し、地域のために東奔西走する“長岡の仕掛け人”。学生時代を過ごしたカナダでクラフトビールを知り、その美味しさをたくさんの人に伝えたいと2018年に実行委員会を立ち上げました。県内外のブルワリーが手がけるユニークな銘柄をピックアップし、各地のイベント出店を通して紹介に尽力してきましたが、2020年、新型コロナウイルス感染症の流行により、すべてがストップしてしまいます。

「あらゆるイベントが中止になり、みんな家にこもるようになりました。ビールが販売できなくなってしまったブルワリーも、飲食関係の仕事をしている友人たちも困っていたし、どうしたものかと考え、遠くに出かけなくても地元で楽しめる企画をやってみようと。そして平成堂さんと一緒に、クラフトビールとおつまみのテイクアウト販売会をスタートしたんです」(大竹さん)。

これが現在の「平成堂ローカルビア&マーケット」の原型です。

そんな大竹さんは、ご自身が暮らす下々条町内会の会長でもあります。地域づくりに邁進する大竹さんの物語はこちら。

コミュニティをつなぎ直し、「信頼ベース」の地域を再びつくる。小さな町内会の大きな挑戦
https://na-nagaoka.jp/archives/16538

 

“クラフトビールの聖地”で技を磨いた

凄腕ブルワーが長岡にやってきた!

ビールを売る店舗があり、ビールを楽しむイベントがあり、そして、ついにクラフトビールの醸造に漕ぎ出した酒屋平成堂。その発端には、大竹さんが東京・両国にある老舗ビアパブ「麦酒倶楽部ポパイ」で出会った、もうひとりのキーパーソンの存在があります。

それがこの方、株式会社ホクショクのクラフトビール事業部に所属するHEISEI BREWINGのブルワー(ビール醸造職人)、佐藤雅史さんです。

佐藤さんは横浜市出身。伝説的ブルワリー、Strange Brewing & Labsのブルーマスター時代に結ばれた大竹さんとの縁がHEISEI BREWING設立につながりました。

かつて南魚沼市の八海山麓で操業していたStrange Brewing & Labs(ストレンジブルーイング アンド ラボ)は、クラフトビールファンの聖地と呼ばれる「麦酒倶楽部ポパイ」創業者の青木辰男さんが2014年に開設し、ポパイのオリジナル樽生ビール「ゴールデンスランバーペールエール」を手がけていた醸造所。佐藤さんはそのブルワリー代表で醸造長でもありました。大竹さん曰く「ストレンジとの出会いがなかったら、ここまでクラフトビール愛に目覚めていなかったはず」とのこと。

諸般の事情により2021年4月に閉業するまでStrange Brewingのビールは酒屋平成堂の人気商品であり、佐藤さんも納品のため平成堂に足繁く通い、イベントにも出店するなど深く関わってきました。一方、ホクショクが培ってきた醸造のノウハウを生かし、自社でビール醸造をというアイデアは数年前からあったそうです。そして大竹さんの紹介で、佐藤さんとホクショクの平石社長が出会い、意気投合。コロナ禍の最中、つくり手と売り手が苦楽をともにしながら信頼関係を培い、関わる人たち全員の情熱が結実し、HEISEI BREWINGが生まれたのです。

「もっともっとクラフトビールファンの輪を広げたい」と語る大竹さんと佐藤さん。出店者自らイベントを満喫していることも「平成堂ローカルビア&マーケット」の特長です。写真提供:ナガオカ・クラフトビール・フェスティバル実行委員会

長岡で再びクラフトビールの醸造に関わることになった佐藤さんは、平成堂でのイベントに手応えを感じてきたそうです。

「元々の平成堂のお客さまはもちろん、イベントを通してクラフトビールを知り、ここに通うようになったという方も多くいらっしゃいます。大手メーカーのビール以外の選択肢がほしいという人が少しずつ増えてきている、そんな実感がありますね。平成堂では5年くらい前から少しずつ販売する種類を増やしてきているのですが、いまではこんな品揃えになりました」

大手メーカーの商品のほか、全国各地のビールがずらり。常時150種類ものクラフトビールを揃えているそうで、このラインナップは新潟県内トップクラス。

「クラフトビールはもちろん瓶や缶でも美味しいですが、樽生はさらに美味しいんですよ。長岡では樽生ビールが飲める店が少なかったので、イベントを開催して味わっていただこうと。イベントで樽生を飲んで『これ、美味しいね!』と気に入っていただき、ここで瓶や缶を買って持ち帰っていただく。そういう流れが生まれています」

「ビールも多様性の時代ですね。選択肢が増え、いろいろなビールに親しんでいただけるようになりました」と佐藤さん。自社商品は、中央の手に取りやすい場所に。

カラフルでポップなパッケージが多い中、写真をベースにしたアーティスティックなラベルが際立つHEISEI BREWINGの商品。定番5銘柄は長岡をイメージしやすい名称を佐藤さんが考案し、Strange Brewing時代からお付き合いのある南魚沼市在住のイラストレーターでアーティストのNenNenさんが、それぞれに合ったデザインを手がけました。

 

華やかなラベルが目を引くHEISEI BREWINGの商品。右から定番の「常在戦場」「魚沼蕎麦」「越の雲海」「臥龍長生」、季節限定の「ハイビスカスIPA」と「魚沼セゾン」。秋冬は新しい商品が加わります。

 

「ストレンジ時代は横文字を多用していましたが、クラフトビールは横文字の名前が多くて、売る側も買う側もなかなか覚えきれなくて。HEISEI BREWINGではシンプルに漢字四文字でいこうと心がけています」

四文字でキリッと統一されたネーミングもユニークな定番商品。ボトル背面の紹介文から、それぞれの特徴を表すキーワードを抜粋してみます。

◎臥龍長生(がりゅうちょうせい)
記念すべき初醸造のビール。グレープフルーツのような爽やかなフレーバーのアメリカンペールエール。

◎常在戦場(じょうざいせんじょう)
長岡の気風「常在戦場の精神」をイメージした、アメリカ西海岸スタイルのIPA。ドライな飲み口で食中酒にも。

◎越の雲海(こしのうんかい)
長岡市山古志地区の幻想的な雲海にインスパイアされたヘイジーIPA。ソフトな口当たりに柑橘系のジューシーさ、キレ良くフレッシュさも。

◎魚沼蕎麦(うおぬまそば)
小千谷・山本山産蕎麦の実を焙煎した、プロテイン豊富で体に優しいウィートエール。香ばしくフワッとした味わい。

◎不撓不屈(ふとうふくつ)
度重なる戦災や震災から立ち上がってきた長岡市民の心意気をイメージ。ホップ由来の苦味が刺激的な、どっしりしたダブルIPA。

店内にはバラエティ豊かな酒類と酒の肴にぴったりの食材が置かれ、宝探しのよう。あれこれ手に取ってみたくなり、つい長居してしまいます。HEISEI BREWINGオリジナルグッズも販売中。

HEISEI BREWINGの銘柄にもあるIPA(インディア・ペールエール)は、イギリスが植民地だったインドにビールを送るために大量にホップを投入して防腐剤代わりにしたという、苦味が特徴のビールの一種。最近は大手メーカーの商品にも登場するほどの人気ぶりですが、世界各地で様々な銘柄を飲んできた佐藤さんはどんなビールが好みでしょう。

「1本だけ飲むならIPAは印象的なビールですが、いろいろ飲みたい場合は香りが強くて飽きがくることもあるんですよね。個人的には本来のペールエールというか、麦芽の香りがする、飲み疲れないビールが好きです。温度が上がってぬるくなるとフワーッと麦芽の香りがしてきて、それがイギリスのクラシックなビールっぽくていいなと」

平成堂の店内には角打ち、ではなく「タップルーム」も。スタッフの休憩室だった場所をリノベーションしたそうで、出来立ての生ビールがここでいただけます。

お店を入って左奥にあるタップルーム。店内のおつまみを購入して食べてもよし、イベント時はフードブースの食べ物を持ち込んでもよし。

商品は平成堂のオンラインショップで購入できるので、好みに合いそうなものを試してみてください。また、長岡市のふるさと納税の返礼品にもなっています。情報は記事の最後に。

ラベルのグラフィックは信濃川の源流や蕎麦の花など、佐藤さん自身が撮影した写真をNenNenさんがコラージュしてデザインしたもの。飲んだ後の空き瓶も取っておきたくなる美しさ。

では、お待ちかね、いよいよクラフトビールが生まれる醸造の現場へ。平成堂の物置きだったスペースをリノベーションした醸造所、HEISEI BREWINGに向かいます。

信濃川の軟水と自社培養の酵母、

こだわりレシピが生む「感動のビール」

平成堂の店内から右奥に進み、ガラガラガラーッと佐藤さんが醸造所のシャッターを開けると、発酵中のビールの芳しい香りがふんわりと漂ってきました。中には大きなタンクが並んでいます。

約77平方メートルの醸造所内に500リットルのタンクが4本。この小さな醸造所で、佐藤さんがこだわり抜いたビールが日々つくられています。

まずはビール醸造の工程について伺いました。

「大きな釜が2つありまして、まず麦汁釜にお湯を張って粉砕した麦芽を漬け込むと、糖化して甘い麦汁が出来ます。濾過してきれいな麦汁に仕立てた後、それを煮沸釜に移して煮沸し、ホップを投入して苦味と香りをつける。その後、急速に冷却して、冷やしたものをタンクに移し替えて酵母を加えて発酵開始。そんな工程で麦汁づくりに1日、発酵がだいたい1週間、熟成工程を経て仕込みから約25日で完成です。500リットルのタンクなので、瓶で換算するなら約1600本分ですが、実際にとれるのは瓶1000本、樽生15本くらいです」

必要なものは麦芽、ホップ、酵母、そして水。シンプルな原料と工程で、いかに美味しいビールをつくり出すか、それがブルワーの腕の見せ所。

ここへきて、佐藤さんから「実は、ビールが苦手だったんですよ」と衝撃的な告白がありました。「飲めないことはなかったけれど、温度が上がってぬるくなったラガービールが苦手で。冷たくなくても美味しいお酒、たとえば日本酒やワインのような飲み方ができる、ぬるくても美味しいビールが海外にはありますが、そういうものが日本でもつくれたらいいなと思い、この業界に入ったんです」

IT関係の仕事をしていた佐藤さんが初めて飲んだクラフトビールは、ベルギーの「ヒューガルデンホワイト」、日本のサンクトガーレン「湘南ゴールド」、八海山 泉ビール「ヴァイツェン」。苦手だったビールを「これは美味しい!」と感じて、どんどんハマっていったそうです。味もさることながら、どのようにつくられているのか、醸造にも強く惹かれ、自宅に近いStrange Brewingに通うようになりました。自分自身の感動を伝えたいという気持ちでビール醸造の世界に飛び込んで6年。佐藤さんが目指すのは「感動のビール」です。

この中にはクラフトビールを愛する関係者たちの期待と希望も詰まっているはず。これからどんなビールが生まれるか、想像しただけで心が躍ります。

 

最もこだわっているもの、それはビール酵母の培養。Strange Brewing時代、佐藤さんのビールづくりは酵母の扱いからスタートしました。

「人間と同じで、酵母は暑さにも寒さにも弱いんです。できるだけ温度変化にさらさず、ストレスがかからないようにしてあげないとダメになってしまうので、温度に気をつけて培養して、麦汁の中に入れるまで気が抜けませんね。ビールのスタイルによって酵母菌を使い分けていて、仕込みの10日前くらいから酵母づくりをしています」

この三角フラスコの中に培養したビール酵母が。生き物なので丁寧に大切に扱い、酵母が存分に活躍できるようベストな環境を整えます。

そして、仕込みに使う水にもこだわりがあります。

「水は信濃川の軟水ですが、水源が気になるたちなので、長野と群馬の県境辺りにある山に登って源流を見に行きました。軟水は含まれるミネラルが少ないぶん、硬度を上げるなど微妙な調整をしやすいので、水の段階からレシピをつくっています。ミネラル分を補って銘柄ごとに水質を変えているんです」

ビールのスタイルによって使い分けるホップは、イギリス、ドイツ、アメリカ、カナダなどから輸入したもの。麦芽の配合、仕込水の硬度やph調整によって酵母の発酵を安定させ、麦芽やホップの風味を引き出します。ビールのレシピをしっかり管理し、記録していくことも大切な仕事のひとつ。

「クオリティを保つためにデータを管理していかないと」と、大切なレシピを見せてくれました。数字がぎっしり、ビール醸造の技術は科学と化学の知見に裏打ちされたものと実感させられます。

現在は孤軍奮闘、醸造にワンオペで携わる佐藤さんですが、今後は人を増やして生産量を上げ、様々なビールをつくって紹介していきたいそうです。

ピリリと辛い山古志地区名産の野菜

「神楽南蛮」入りの新商品をぜひ試して

そんなHEISEI BREWING のチャレンジ精神はとどまるところを知らず、ユニークな新商品も誕生しています。それが、2022年10月にリリースされたばかりのこちら。長岡市山古志地区名産の辛味野菜「神楽南蛮(かぐらなんばん)」の粉末を使用した爽やかなペールエール、「神楽南蛮IPA」です。

 

新商品「神楽南蛮IPA」。ピーマンに似たルックスながら、パンチのある辛味と風味が特徴の「神楽南蛮」の粉末を麦汁に混ぜ、瀬戸内レモンの皮を香りづけに使用し、スッキリ爽快なビールに。

10月22日(土)・23日(日)には、ナガオカ・クラフトビール・フェスティバル実行委員会が主催し、長岡市が後援するキャンプとクラフトビールのイベント「ソトアソビ ソトゴハン in 東山」が長岡市営スキー場と東山ファミリーランドで初開催されます。また、11月20日(土)・21日(日)は2022年最後の「平成堂ローカルビア&マーケット」なので、どちらもお見逃しなく!

平成堂もHEISEI BREWINGも積極的に各種SNSで発信しているので、フォローして応援を。これからどんなビールを生み出し、県内外の、いや国内外のビールファンに愛されるブルワリーとして成長していくのか、ウォッチし続けたいですね。

信濃川に架かる長生橋と花火、そしてホップをモチーフにしたロゴもビールのラベルと同じNenNenさんの作品。ここが新たな聖地となり、このロゴを世界各地のビアパブで見かける日も近いかも。

ふるさと納税の返礼品にはHEISEI BREWINGの「クラフトビールおすすめチョイス3本セット」「クラフトビールおすすめチョイス2本&おつまみセット」があります。下記サイトをチェックして、お申し込みください。

 

ふるさとチョイス
https://www.furusato-tax.jp/city/info/15202

 

楽天ふるさと納税
https://www.rakuten.co.jp/f152021-nagaoka/

 

ふるなび
https://furunavi.jp/Municipal/Product/Search?municipalid=725

 

ANAのふるさと納税
https://furusato.ana.co.jp/15202/

 

Text: 松丸亜希子 / Photo: 池戸煕邦、松丸亜希子

 

  • インフォメーション

HEISEI BREWING

[住所]新潟県長岡市川崎町字山崎778-1

[電話番号]0258-34-5410(酒屋平成堂)

[営業時間]10:00〜19:00 火曜定休

[URL]https://heiseibrewing.jp

[URL]https://heiseido.stores.jp(平成堂オンラインショップ)

[Facebook]https://www.facebook.com/nagaokacraftbeer

[Twitter]https://twitter.com/HeiseiBrewing

[Instagram]https://www.instagram.com/nagaokacraftbeer/

 

関連する記事