【長岡蔵人めぐり 第9回】手間ひまかけて、個性ある酒を醸す。新たな二人三脚で歩き始めた長谷川酒造
新潟屈指の酒どころ、長岡市内の酒蔵16軒を巡る本企画。今回訪れたのは、醸造の町・摂田屋にある長谷川酒造です。175年の伝統ある酒蔵を母と娘が協力し合い、力強く営んできた物語は、以前も「な!ナガオカ」で紹介しました。
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[過去の取材記事はこちらから]
酒蔵の母と娘。175年の伝統を未来につないでゆく、ある親子の物語
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今回は、数年前から全面的に仕込みを任されるようになり、この冬ついに杜氏となった若きホープである鈴木宏明さんと、蔵元である長谷川葉子さんにお話を聞きました。蔵元と杜氏が二人三脚で歩む、新しい長谷川酒造の酒造りとは。
杜氏になるため、
家族で新潟に移住
杜氏の鈴木さんが長谷川酒造にやってきたのは、7年前。その前は神奈川の酒蔵で3年ほど修行していた鈴木さんですが、当時あることに悩んでいました。それは自分のひとつ年上の人が杜氏になったこと。酒造りの司令塔である杜氏は、ちょっとやそっとのことでは交代しないものです。「いつかは杜氏になりたい!」という思いを抱いていたのに、このままでは先がないかもしれない。そんな中、新潟の長谷川酒造が蔵人の求人を出していることを知ります。しかも備考欄には「将来リーダーになる人を募集しています」という文言が。
「家族に相談もせずに、その場ですぐ面接に申し込みました」(鈴木さん)
一方で、求人を掲載した長谷川酒造にはどんな意図があったのでしょう?「県外に募集をかけたのは、その時が初めてでした」と長谷川さんは言います。長谷川さんが来てほしかった人のイメージは、経験を問わず「酒造りが好きで、情熱がある人」。県外にも募集をかけることで、酒造りに興味がある人が集まるのではないかと感じたそうです。
「最初に鈴木と面接をしたとき、『清酒学校*に通ってみる?』と聞いたんです。すると、すごくいい機会なのでぜひ勉強させてほしいと。この質問は反応が分かれると思うんです。学びたいという人は、酒造りに対して情熱があり、志を持っている人。珍しい人だなと思いましたし、非常に期待がもてました」(長谷川さん)
*新潟清酒学校……杜氏などの酒造技能者の後継者不足を防ぐため、1984年に新潟県酒造組合がつくった教育機関。新潟県内の酒蔵の蔵元から推薦派遣された人だけが入学でき、働きながら3年間、年間約100時間、酒造技術を学ぶ。全国でも珍しい日本酒づくりのための学校。
こうして妻と0歳の子どもを連れ、はるばる新潟へ移住して来た鈴木さん。最初の3年間は清酒学校に通いつつ、前杜氏の澤中忠司さんから指南を仰ぎながら、知識と実践の両面から酒造りの腕を磨きました。神奈川の酒蔵で働いて2年目には「この仕事で絶対食べていこう」と決意していた鈴木さんにとって、この環境は願ってもない好条件。さらに、「清酒学校に通ってみてよかったと思うことがたくさんある」と鈴木さんは言います。
「清酒学校に通ったことにより、県内の蔵人たちとタテ・ヨコのつながりができました。同じ学年にいる人は、みんな境遇が似ているんです。日本酒の世界に足を踏み入れてまだ日が浅いけど、基礎から日本酒を学びたいという熱意があるので、力を合わせて共に学びます。さらに、講師は清酒学校の卒業生やさまざまな酒蔵の現役杜氏なので、質問すると実体験をもとに詳しく教えてくれます。県外から来た私にとって『蔵人同士がオープンで、お互いに助け合う』というのは驚きでした。日本酒づくりの環境が整った新潟の酒蔵に来て、本当によかったなと思います」(鈴木さん)
「蔵ぐせ」と手間ひまが
個性ある酒を生み出す
長谷川酒造の代表銘柄は「越後雪紅梅(せっこうばい)」「初日正宗(はつひまさむね)」「越後長岡城」など。純米酒や吟醸酒以上のお酒が多く、口当たりのよい信濃川の伏流水と新潟県産米で醸します。主張しすぎず、食事に寄り添うお酒ですが、深い味わいがあります。
「うちの酒は、今の主流である『スルッ、さっぱり』とした爽やかな酒ではないと思います。味わいが大きくて、しっかりしたものが多い。ほかの蔵の人が『流行りとは違うかもしれないけど、これが絶対いいよ』と言ってくれるのは嬉しいことです。蔵の造りや気候による環境、醸造蔵に長年棲み着いている微生物の影響など、要は“蔵ぐせ”も長谷川酒造の酒造りに大切な要素です。それによって、長年続いてきた香りと味わいのお酒が出来上がります」(長谷川さん)
日本全国、ひとつとしてまったく同じ環境の酒蔵はありません。蔵の特徴がお酒にオリジナリティを与えることに加えて、蔵人それぞれの醸造法や手さばきの違いにより、千差万別の酒が生まれます。
長谷川酒造は「目の届く範囲の酒造り」を掲げており、手間ひまを惜しまない酒造りを行なっています。その酒造りの丁寧さを表しているのが、「雫」と呼ばれるお酒が多いこと。「雫」とは、お酒をもろみの状態から絞るために酒袋に入れた際、そこから自然にしたたり落ちる澄み切った雫だけを集めたお酒です。自動圧搾機で搾ったお酒に比べ、機械も人の手も介さず重力のみで搾られた「雫」には、余計な雑味がありません。手間も時間もかかり、とれるお酒の量も少ないのですが、その香味は格別。一般的には日本酒鑑評会に出品する純米大吟醸酒などがこの製法で作られることが多いなか、長谷川酒造は吟醸、純米吟醸、大吟醸、純米大吟醸といったお酒も一部雫でとっているといいます。
手間ひまをかけることの大切さは、二代前の杜氏に口すっぱく言われたものだと長谷川さんは言います。
「ひとつの工程を省いたら、人間は楽な道を選ぼうとするから、また次にも省くようになる。だから省いてはだめ。省かないできたから今のお酒があると思っています」(長谷川さん)
鈴木さんは、人の手でできるものに関してはできる限り自分の手を動かし、経験を積むことで、技術勘が鍛えられると言います。
「以前、麹を自動で造る機械を見に行ったことがあるのですが、蔵元と『うちには要らないね』という話になりました。機械を入れると、麹がわからなくなってしまうと思ったんです。ものづくり業界全体に言えることかもしれませんが、機械化により職人の腕が落ち、つくるものが均質化していくなか、人間の手作業による技術こそが個性をつくり、ほかにないものを生み出すと思います」(鈴木さん)
しかし、機械をまったく入れていないということではなく、お酒のクオリティを向上するための設備は積極的に導入しています。蔵人は五人と少人数のため、負担を減らすために効率性を上げつつ、蔵の特徴や人の手がつくるからこそ生まれる個性を大切にしているのです。
数値より感覚を尊重する
蔵元と杜氏の二人三脚
この冬、杜氏としてはじめての造りを終えた鈴木さん。「搾り上げた酒を社長(蔵元)に持って行き、飲んでもらってからコメントが出るまでの間が非常に長く感じました」と言います。長谷川酒造の酒造りは、蔵元である長谷川さんが味の方向性を決めます。
「杜氏というのは、本当にすごいと思います。前杜氏の澤中がよく言っていたのが『酒造りは毎年一年生』。気候や酒米の出来など、その年によって条件は変わりますから、毎年試験を受けているようなものです。相当なプレッシャーだと思います」(長谷川さん)
そう杜氏の立場を慮りつつ、長谷川さんは「酒造りは杜氏と蔵元の共同作業だから、蔵元が杜氏にしっかり意見を言うことができないと、納得のいくお酒にならない」とも語りました。十数年前、尊敬する人から「社長が酒の味を決めなくてはならない」と言われて以来、自身も蔵に入り、出来上がった酒も飲むようになった長谷川さん。しかし、それは「杜氏を信頼していない」ということではないのです。
例えば、上槽という醪(もろみ)から生酒を搾るタイミング。お酒にはおいしくなる時期にピークがあります。明日になればもっとおいしくなるかもしれないけど、今日が一番おいしいかもしれない……という難しい判断が必要になってくるのです。杜氏は感覚的に一番おいしくなる時期をわかっているものの、商品としては規定の日本酒度(甘さや辛さを示す指標)やアルコール度数に近づける必要があるので、「発酵が穏やかで、日本酒度がなかなか上がらない時はとても焦ります」(鈴木さん)というように、無理をして頑張ってしまった結果、おいしさを損なってしまう危険性もあるのです。杜氏が上槽のタイミングを迷って長谷川さんに相談してくるとき、長谷川さんは数値より「そのお酒がおいしいか」そして「杜氏の勘」を最優先します。
「去年と数値が違うと販売面などで困ることもあるのですが、飲んでみていい酒ができていれば『これで絞りましょう(上槽)』と言います。すると、鈴木もほっと安心して止めることができるようです。杜氏が一番美味しいと思うタイミングをもっとも信頼しています」(長谷川さん)
蔵元と杜氏、お互いが立場を尊重し合い、力を合わせながら、この酒蔵でしか造れない酒を醸していく。新たな二人三脚は、まだまだ始まったばかりです。
●Information
長谷川酒造
[住所]新潟県長岡市摂田屋2丁目7番28号
[電話]0258-32-0270
[URL]https://sekkobai.jp