まるで秘密基地!長岡・栃尾にひっそりと佇むツリーハウスに日本屈指のビルダーを訪ねた
「まるでファンタジーの世界に来たみたい……」訪れるものは、誰もがきっとそんな言葉を口にするだろう。新潟県長岡市・栃尾地域の杉木立にひっそりと佇むツリーハウスがある。北欧やジブリアニメのような世界観を醸し出しながら自然と一体化しており、円柱型でとんがり屋根のビジュアルが愛らしい。大人も子供も自由に遊ぶことができる、まるで秘密基地のような場所だ。こちらを手がけたのは、栃尾在住のログハウス職人・馬場弘至さん。趣味で制作した後に一般開放したそうだが、なぜこれほど大掛かりなものを作ったのだろうか。お話を伺った。
ここはファンタジーの世界?
木立に溶け込むツリーハウス
JR長岡駅から東へ、山間に向けて車を走らせること約30分。自然あふれる栃尾地域に、馬場さんが営むログハウス工房「ムツミログキャビン」がある。畑が広がるのどかな雰囲気の中に、青い窓枠と煙突が目を引くログハウスが一軒。こちらが馬場さんの自宅兼事務所のようだ。敷地内の鶏小屋からはニワトリたちの元気な鳴き声が聞こえてくる。
ログハウスの目の前は、鬱蒼と茂る杉林。その中に足を踏み入れ、耳を澄ますと、野鳥や虫たちの鳴き声が聴こえてくる。外は蒸し暑いが、木立のなかは爽やかな風が吹き抜け、涼しくて気持ちがいい。この木々に溶け込むように、馬場さんが手がけたツリーハウスが佇んでいる。 「ツリーハウス」とは、その名の通り、生きた樹木を土台にして建てられた小屋のことだ。こちらは杉の木が土台となっており、建物と木は4本のビスで固定されている。「このツリーハウスを作ったのは2017年です。当時高校三年生だった息子と二人で、お互いにアイディアを出し合いながらね」と馬場さん。ツリーハウスには世界中に愛好者がいるが、立木に据え付けるため構造設計にとらわれず自由な形で家屋が作れることが魅力のひとつでもあり、無数のデザインパターンが存在する。さまざまなものを参照したなかでもムーミンハウスのような円柱型のデザインに惹かれ、この形になったそう。制作期間は約2カ月間。これらをすべてセルフビルドで作り上げたというから驚きだ。
「どうぞ中に入ってみてください」と馬場さんに促され、階段を上って建物の中へ。1階には手作りの小さな木製イスとテーブルが置かれ、壁には落書きができる黒板が備えつけられている。枠がカラフルに彩られた小窓から外の景色を眺めるのも楽しい。シンボルツリーの杉が床を貫くようにそびえており、木の生命力をしっかりと感じられる。 ハシゴを上った先の2階は、大人一人がやっと座れるほどの小さなロフトスペース。数冊の絵本がそっと置かれている。静かで落ち着いた、「自分だけの時間」を過ごせる特別な場所といった印象。まるで秘密基地のような空間に包まれ、童心に帰ったように心がワクワクした。「全国にツリーハウスは増えていますが、危険だからと立ち入り禁止にしていて、中で遊べない場所も多いんです。でも、ただ眺めるだけのシンボル的存在ではもったいないですよね。だったら、自由に遊べるツリーハウスを自宅前に作ろうかなと思ったんです」(馬場さん)
馬場さんはツリーハウスの完成後、すべり台やブランコ、シーソーなど、次々と遊具を増設した。しかし、まだまだ完成ではないらしい。「杉林は広いですからね。長い吊り橋を作って、林の向こう側まで行けるようにしたらおもしろいと思うんです」と楽しそうに語る。
趣味で始めたセルフビルドから
ログハウス職人になるまで
馬場さんが一人で営む工房「ムツミログキャビン」は、ログハウスやツリーハウスを制作するほかセルフビルドのサポートも行う。一般的な輸入ログハウスのように型は決まっておらず、原木から仕入れ、お客と相談しながら制作する完全オーダーメイドが特徴だ。ログハウス職人は全国でも数少ないことから、職人仲間の応援として、全国各地へ制作のために遠征することも多い。これまでには、台湾やオーストリアなど、海外でツリーハウスを建築した経験もあるそうだ。馬場さんがログハウスの仕事を始めたきっかけとは何だったのだろうか?
「以前は別の仕事をしていましたが、1980代のログハウスブームに刺激を受け、自然な暮らしをすることにずっと憧れていました。仕事の傍らに独学でチャレンジしてみようと、知り合いから土地を購入してログハウスを作ってみたんです。休日にコツコツ作業したので、完成まで2年かかりました」(馬場さん) ログハウスを完成させて感覚をつかんだ馬場さんは、今度はセルフビルドで自宅作りに取り組んだ。自ら原木を買いつけ、ピーリングナイフで木の皮を剥き、チェーンソーでカッティングを施して製材とする。家全体のラフ画を書いたら、それを建築士に設計図として起こしてもらい、図面を基にクレーンで木材を組み立てる作業を続けた。「ログハウス作りは意外とハードルが低いんですよ。私が所有している資格はクレーン運転士くらいです」と馬場さん。ログハウスには釘やボルトを一切使わず、木組みの技術のみで強度を保っている。5~6年をかけてついに念願の自宅ログハウスが完成した。 こちらが、馬場さんが手作りしたログハウスだ。まるでペンションのような非日常空間で、ステンドグラスの窓や壁材を埋める漆喰、アイアン製シャンデリアなど、随所にこだわりが詰まっている。馬場さんは「当時は技術が未熟だったから、あちこちに隙間が空いちゃって……。隙間埋め作業が必要になりました」と苦笑いするが、大掛かりなログハウス作り初挑戦で得た感触は大きかったそうだ。しだいに、周りからも「ログハウスを作ってほしい」とオファーを受けるようになり、2008年にムツミログキャビンを立ち上げた。現在の馬場さんの仕事は、オーダーを受けてログハウスを制作すること、全国のログハウス職人の手伝いをすることの二通りがある。先述した通り日本ではログハウス職人は数少ないが、ログハウス一軒を作るときは3~4名ほどのチームで行うことが通常だ。そのため、職人同士のつながりを通して依頼が来ることもあり、馬場さんは全国各地の制作現場にてサポートを行っている。また、馬場さんが施工するときも同じく、職人仲間に応援を呼びかける。
ログハウス作りでは、お客と共にアイディアを出し合い、デザインや間取りなどを決めていく。「オーダーメイドだからこそ自由度が高く、遊び心を発揮できるのがおもしろいんですよね」と馬場さんは語る。「ログハウス作りって『木ありき』なんですよ。最初にお客さんと完成イメージの共有をしますが、魅力的な木を仕入れたら、その木を活かしたデザインに変更することも、よくあるんです。はじめに型が決まっていないからこそ自由にできる。お客さんと一緒に考えながら作り上げていくのは楽しいですね」(馬場さん)
木のポテンシャルを活かす
ツリーハウス作りの魅力とは
ログハウス職人となった馬場さんがツリーハウスを作る機会に恵まれたのは、会社を立ち上げた翌年のことだった。新潟県中越大震災復興のため、ツリーハウスビルダーの第一人者である小林崇氏がツリーハウスのモニュメント制作を手がけ、その手伝いをできることになったのだ。その作品は長岡市の川口運動公園内にあるが、丸い窓と、色の異なる様々な種類の木材を組み合わせた壁が特徴。自由度の高い空間づくりはやりがいがあり、ログハウスとはまた違った魅力に惹かれたという。この経験をきっかけに、保育園や公園などからツリーハウス制作の依頼も受けるようになった。
「自信作は、長岡市花園にある悠みどりこども園のツリーハウスです。シンボルとなる杉の木は樹齢400年で直径2メートルほどもあるんですよ。中心部が腐っていたので、くり抜いて木の中に人が入れるようなデザインにしました。実はこの大木は、新潟県森林組合さんから『いい木が見つかったよ!』と教えてもらって、使用用途が決まっていないのに衝動買いしちゃったんです(笑)。そんなときにタイミングよく園長先生から依頼があり、この素晴らしい木を活かすことができました」(馬場さん) 実は、現在の日本には、ツリーハウスに関する法律がない。明確に定まった安全基準や必須要件のない中で、安全面の配慮をしたデザインにすることが何よりも重要だ。手すりの設置や建物の高さなど、気を配るべきポイントは多い。
「ここ数年、公園では遊具が次々と撤去されています。ケガや事故を防ぐという名目はわかりますが、残念なことですよね。ツリーハウスは自由に制作できるがゆえに、かえって安全第一です。幸い、私が手がけた制作物での事故の報告はありませんが、これからも気を引き締めていきたいです」(馬場さん)
自然は驚きと発見でいっぱい!
子どもたちにワクワクを伝えたい
馬場さんが自宅のツリーハウスを開放した理由の一つに「子どもたちに自然の中で遊ぶ楽しさを伝えたい」ということがある。公園から遊具が撤去され、遊び場が少なくなったいま、森で、そしてそこにあるツリーハウスや遊具で存分に遊んでほしい。そして、自然の中に住みつく虫や鳥たちのおもしろさを知ってほしいと願っている。
「子どもたちにとって、このツリーハウスが拠点のような存在になればと思っています。ここに来ることをきっかけに、自然の中にあるワクワクを感じてもらえたらなぁと」(馬場さん)
過去には木や自然を身近に感じてもらいたいと、ここでワークショップも開催した(現在はお休み中)。鳥の巣箱作り、廃材を使ったオブジェ作り、自家製の乾燥トウモロコシを使ったポップコーン作り体験など、自然の中での遊びは発見に満ちており、子どもたちは目をキラキラと輝かせて取り組んでいたという。また、大人たちにもぜひ訪れてほしいと、委託のハンドメイド作品を販売するショップも開く。残念ながらこちらも現在はお休み中だが、木のぬくもりあふれる空間に、キャンドルや木製オブジェなどが並ぶ様子にうっとりする。ショップ再開時にはぜひ訪れてみてほしい。
「足るを知る」スローライフで
山のおもしろさを探求する日々
今年でログハウス職人歴15年目となる馬場さん。春夏秋はログハウスやツリーハウス作りに勤しむが、冬は雪で作業が難しいため自宅でゆっくり過ごすことが多いという。半自給自足をめざし、自宅裏の畑では野菜を育て、大量に収穫したらご近所さんにおすそわけをし、そのお返しにと野菜やお米をいただく。敷地内ではニワトリを飼育しており、毎日栄養たっぷりの有精卵を収穫する。自然が身近にある暮らしを存分に楽しんでおり、まさに絵に描いたようなスローライフを実現している。そんな馬場さんに、これから先は何をめざすのか聞いてみた。
「日本全国にログハウスを広めていきたいとか、そんな野望はないですよ。ログハウスを作り、山に囲まれた生活を楽しめれば十分です。目の前にある栃尾の自然に、より目を向けていきたいですね」と馬場さん。今年は狩猟免許の資格を取得したことから、害獣駆除に挑戦するそうだ。栃尾の山間部では田畑を荒らす害獣に悩む人々が多く、クマ、イノシシ、タヌキ、ハクビシンなどの駆除をしなければならないが、人間と自然がどこまで共存しつつも一線を引いていくのか、問題解決に向けての課題も山積。「山について深く知りたい」と馬場さんの好奇心は尽きない。 ムツミログキャビンのツリーハウスは、近所の人にとってはおなじみの場所だが、県内ではまだ知る人ぞ知る穴場スポットだ。訪れた人が感動してSNSにアップすることで、じわじわと知名度が上がっているというが、「積極的にこの場を発信しようと思わないんですか?」と尋ねたところ、「人がいっぱい来すぎてもね……。来たい人が来ればいいんですよ」と馬場さんらしい返答。つつましやかな自然体の生活が大切であり、目の前のやるべきことにしっかりと向き合っていることが伝わってくる。馬場さんは発信にひかえめだが、この素敵な場所、そしてこの場所が体現する、自然と共にある暮らしにはぜひ一度触れてみてほしい。自然に溶け込むツリーハウスは、眺めるだけで日々の情報量にパンクしそうになる心がペースを取り戻せるような心地がするし、中に入れば、秘密基地のような空間にワクワクする。きっと誰もが童心に帰ったような気分になれるはずだ。
Text&Photo:渡辺まりこ
●Information
ムツミログキャビン
[住所]新潟県長岡市天下島327-6
[電話番号]0258-53-0464