「祭り」の先に何がある? 人気クラフトフェア仕掛人が語る「工芸とまちづくり」
2019/4/16
東山エリアで始まった蕎麦打ちと
クラフトへの果てしない夢
長岡駅から車で10分ほど東へ走ると、連なる山々がぐんぐん間近に見えて来る。東山エリアの入り口にある「カフェ&ギャラリー千花(ちはな)」は、かつて手打ち蕎麦と手作り豆腐が評判の「そばととうふとカフェ 千花」だったが「カフェ&ギャラリー」に業態を変更して2年ほどになる。この店のオーナーが、長岡クラフトフェア実行委員会代表を務める堀口孝治さんだ。
長岡市出身の堀口さんだが、生まれ育ったのは駅の反対側の市街地だった。この場所に店と自宅を構えた理由を尋ねると、「仕事をいろいろやってきましたからね。話が長くなっちゃうけど」と笑いながら語ってくださった。
「長岡に戻る前は携帯電話やゲーム、音響機器などの開発会社を経営していました。長岡と東京を行ったり来たりしていて、長岡のカヌークラブで出会った仲間と結婚して家を建てたんです。僕は“サイロフェチ”で、どこかにないかなと探していたら、ちょうど牧場のサイロが見えるこの場所が売りに出されていてね。平日は東京で働いたり地方に出張して、週末はここで過ごすという生活でした」(堀口さん)
やがて子供が生まれ、そろそろ長岡に落ち着きたいと考えた堀口さん。さて、この場所で何をやろうかと思案し、蕎麦屋をやろうと即決した。
「新潟だし、いちばん簡単かなと。蕎麦打ちは十日町市で2回ほど習いました。十割蕎麦のほかに、にがりを使わず、おからも出さない豆腐も手作り。図書館で飲食業の心構えに関する本を読んだら、『一に環境、二に材料、三に技術』と書いてあって。環境も素晴らしいし、材料もいいものがある。ここで食べたら何だっておいしく感じるでしょう。技術が最後なら大丈夫だろうなって(笑)」(堀口さん)
ところが開店後、わりと早い段階で「自分には向いていない」と堀口さんは悟ってしまったのだとか。
「長らく開発の仕事をしてきましたが、開発者というものは世の人たちに驚いてもらいたいんです。そこで蕎麦屋らしからぬ店構えにして、この辺りでは珍しい十割蕎麦を作って、豆腐もほかにはないものを作って。そうしたら、予想以上に繁盛してしまって。僕自身が待つのが嫌いだから、お客さんを待たせるのも嫌い。どうも飲食業は向いてないなと思いました。最後のほうは、お客さんが10人来たら『もう閉店です』って(笑)」(堀口さん)
5年ほどで休業することになったが、店の経営と並行して関わってきたのが工芸だった。その出会いは東京にいたころに遡る。
「工業製品は均一でないといけないけれど、工芸品はひとつとして同じものがなく、すべて1点もの。仕事で扱うものと対極にある作品に憧れ、休日にギャラリーやクラフトフェアを巡っていました。心が落ち着きますからね。ところが長岡では工芸に接する機会があまりなくて、長岡造形大学もあるというのに環境が整っていない、これはまずいなと感じました。工芸ビレッジをつくりたいと思いましたが、いきなりそれは難しい。その前に長岡市民に工芸、クラフトというものを知ってもらわないといけない、そう思ってフェアを始めたんです」(堀口さん)
軽やかなフットワークで
長岡クラフトフェアを始動
長岡クラフトフェアの初回は2011年の5月、堀口さんの店に近い東山の市営スキー場で開催された。
「初開催の1年前だから9年前くらいの話ですが、スキー場でなにかやりましょうという話し合いの場でクラフトフェアを提案したら、『いいですね、やりましょう!ところでクラフトって何ですか?』と(笑)。最初はそれくらいの認識だったんです」(堀口さん)
長岡クラフトフェアは回を重ねるごとに認知度が増し、いまでは観光バスもやってくるほどのビッグイベントに成長した。2回目以降は駅の西側、信濃川を越えた川西地区の「千秋が原ふるさとの森」で開催されている。
出店作家の多くは、インターネットを通じて応募した人なのだとか。
「ポッと出たクラフトフェアが続くかどうかは、いい作家がいるかどうかで決まります。作品やマナーに厳しい関西の作家さんが『最初の3年間だけ来てやるよ』と言いながら、ずっと参加し続けてくれています。『フェアはたくさんあるけれど、数少ない良質なフェアだ』と言ってくれて。いつも定員の倍くらいの応募があり、写真と経歴などを実行委員会で検討して選びますが、けっこう厳しい作業です。
作品を自宅に置いたり、飾ったりして心豊かになってほしいという気持ちで開催していますが、作家たちは売るのが得意ではないから誰かが支援しないと。プロとしてがんばっている人を応援したいから、素人の作家はお断りしています。どんどん新しい人たちが応募してくるので、入れ替えもあり、常連さんにお断りをしなければいけないことも多々あるんです」(堀口さん)
今年のクラフトフェアで出会える!
長岡在住のユニークな作家たち
では、ここで今年のフェアに出店する長岡の作家たちを紹介したい。「僕はどんなジャンルも好きで、染織の女性用の服だって着てみたいくらい(笑)」という堀口さんの審美眼で厳選した、気鋭の作家たちの作品が並ぶ予定だ。
近藤九心(こんどうここのしん)
オリガミデザイン
オリガミデザインの物語は下記の記事もぜひ参照を。
職人とデザイナー。回り道のすえ「手漉き和紙」を天職とした2人の物語
BLUE CORN
ワイヤークラフトchan
陶 岡崎
「フェア」から「ビレッジ」へ!
工芸を軸にしたコミュニティづくり
フェアを開催し、工芸に親しむ土壌をつくってきた堀口さんの夢は、さらに広がっていく。フェアの先にある「工芸ビレッジ」構想にも触れておきたい。
「あるとき、東山を利活用する計画が持ち上がったので、『工芸作家が暮らしながら制作する村をつくりましょう』と長岡市に提案したんです。実現したら僕はそこに常駐したいので、この店は誰かに活用してもらいたいと思っています。ビレッジにはパン工房、オープンカフェやサロンを設け、誰でも自由に出入りして闊達な話ができるような場をつくりたいんです。年に一度のクラフトフェアとは別に、ビレッジでも月一度くらい小規模なフェアを開いて、全国から作家さんが集えるよう、空き家を活用したレジデンス機能も用意したい」(堀口さん)
また長岡市には、デザイン、工芸や美術を学ぶ長岡造形大学があるが、他県出身者が多く、卒業生の大半は長岡を去っていく。堀口さんはその現状を憂い、変えていく契機にもしたいと語る。
「せっかく長岡で学んだ造形大の学生たちが出てしまうのは本当に残念なこと。卒業後も活動できる場を提供して、ここに残って制作してくれたら最高ですね。陶芸家の近藤九心さんのように長岡に移住する作家が増えて、工房が固まっていれば訪れる人たちにも便利。作品をいつでも購入できるように展示販売し、工芸体験や教室も開催していくことで賑わいが生まれると思います。ジャズフェスティバルやグランピングもいいですね。近隣にはほかにもおもしろい施設があるから、ビレッジが東山の拠点になれば」(堀口さん)
堀口さんと共に東奔西走する長岡クラフトフェア実行委員会メンバー、金子将大さんも紹介したい。地域の魅力向上と課題解決を目的として、2018年7月に堀口さんと2人で立ち上げた市民団体「ソラヒト日和」共同代表で、ビレッジの計画も一緒に考えて進めている堀口さんの右腕だ。
「ビレッジで和紙の原料になる楮(こうぞ)を栽培する計画もあります。牧場の30ヘクタールの牧草地が空いたので、その場所を活用して」(金子さん)
「楮の生産農家も高齢化して減っているので、ここでやれたら和紙を使う作家が移住するかもしれません。『アートシティ長岡』を目指しています」(堀口さん)
「千葉の大学を卒業後、そのまま千葉で就職したのですが、いつか長岡に戻ろうと考えていて。そのタイミングで堀口さんに出会い、一緒に活動していくことになりました」(金子さん)
「ソラヒト日和は現在4人で活動しています。後継者問題や人口減少問題の解決など、ユニークな切り口で長岡の活力を上げようと。僕も金子さんも、関東から長岡に戻った当初は街に違和感を覚えても、油断するとやがて慣れてしまったりするんですよね。それではよくない。どうしても井の中の蛙になりがちだけど、そうならないよう意識して、行政がやりきれない部分を僕たちが担っていけたらと思っています」(堀口さん)
来年、長岡クラフトフェアは記念すべき第10回を迎える。
「続けられるかな?とは思うけれど、みなさんが楽しみにしてくれているから、社会的責任も感じています」と堀口さん。独自のユニークな視点で長岡という街を俯瞰してスピーディーにアクションを起こし、自分自身も楽しみながら街を盛り上げていこうという取り組みはこれからが正念場だ。
Text: Akiko Matsumaru
Photos: Hirokuni Iketo
*会場風景と作品の写真は長岡クラフトフェア実行委員会にお借りしました。
●Information
長岡クラフトフェア2019
[日時]2019年5月11日(土)・12日(日)10:00〜16:00
[会場]千秋が原ふるさとの森・コミュニティ広場
[住所]新潟県長岡市千秋3丁目
[電話]080-6718-1838(長岡クラフトフェア実行委員会・堀口さん)
[E-mail]info@nagaoka-craft.com
[URL]https://www.nagaoka-craft.com