「ひも」屋が作った「ひげ」にんにく!? 新食材に込められた地域おこしへの熱い想い
2017.1.31
全国有数の豪雪地帯と言われる長岡市。その中でも特に雪深い川口地域で、新たな特産品として期待を集める食材があります。その名も「ひげにんにく」。ひげ……と聞いてもイメージしにくいかもしれませんが、実はテレビ番組にも取り上げられるなどして、全国的にも注目が集まり始めているんです。
一体、どんなにんにくなのか? 実際に生産の現場にお邪魔しました!
マイルド!臭くない!栄養満点!
いいことづくめの万能にんにく
ひげにんにくとは、ニンニクに根と芽が生えたもののこと。その根っこがひげに見えることから「ひげにんにく」と呼ばれています。
実は、植物は発芽するとき、それまでに蓄えたエネルギーを一気に活用するため、栄養価が高くなるんです。かいわれ大根や豆苗など、野菜の新芽は「スプラウト」と呼ばれ、これから大きく育っていくもののため、栄養が豊富。最近ではスーパーなどでも徐々に置かれ始めたこれらスプラウト類と同じ発想で作られたのが「ひげにんにく」なんです。ただでさえ滋養強壮によいと言われるニンニクから芽(スプラウト)と根が出たとあって、非常に栄養価が高い食材なのです!
しかし、ニンニクといえば、誰もが気になるのがその“臭い”。せっかくの健康食材も、食べられる機会が制限されてしまうとちょっと寂しいですよね。ですが、「ひげにんにく」は、素揚げなどにして芯まで加熱すれば臭いも残りにくく、翌朝には気にならない程度になります。しかも、芯まで火を通すことでニンニク特有の辛味や刺激が軽減され、甘みを感じるほどマイルドに。ホクホクした食感が楽しめる上、こうした食べやすい特徴があることも人気の秘密です。
作っているのは「ひもメーカー」
ってどういうこと!?
「ひげにんにく」を生産しているのは、長岡市川口地域の農業生産法人株式会社「越後808(はちまるはち)」。聞いてびっくり、その母体は梱包紐・結束紐の製造を行う信越工業株式会社なんだとか。主力製品であるPP(ポリプロピレン)ひも・PPロープでは国内シェアNo.1を誇る、業界のトップランナーです。そんな信越工業がいったいなぜ、農業に参入したのでしょうか?
その理由を尋ねると、実は本社創業時の志を受け継ぐ、確固たる信念が見えてきました。
信越工業の創業は、1969年(昭和44年)。それまでの川口は、魚沼産コシヒカリとニシキゴイの生産が主要産業でした。3~4mの積雪も珍しくない豪雪地帯のため冬場は仕事ができず、出稼ぎに出る農家がほとんどだったそうです。
「信越工業が設立されたのは、そんな地元に雇用を生み出すためなんです。ひも、ロープを作ることになったのは、地元での話し合いのなかで、農家の仕事は縄をよく使うため農家さんたちがイメージしやすいだろうと決まったようです。当時はプラスチックが出始めた時代に差し掛かっていたので、化学系企業の協力を得てPPひも・PPロープの製造を始めたんですよ」と真島社長。
こうして生まれた信越工業の社風は、常にチャレンジを続けること。ライバル企業との競争に明け暮れるのではなく、いっそ「ダントツ企業」になろうとオリジナルのロープマシンを開発。それが功を奏して生産力が飛躍的に伸び、業界で確固たる地位を確立しました。そして、トップメーカーとなるまでの成長を成し遂げたのです。
「常に“挑戦し続ける姿勢”を大切にしています。多くの企業は製造機械を作ろうとまではならないと思いますが、同業他社と共生して行くには必要だと判断しました」(真島社長)
そうしたチャレンジの結果、めでたく会社は大きくなったものの、ひとつの重大な問題が発生します。
「生産ラインに人手がいらなくなってしまったんです」(真島社長)
えっ?
「あまりにもいい機械ができてしまって……」(真島社長)
なんと、地元に雇用を生み出すために設立したはずの企業で、人手がかからずに生産できるようになってしまったのです……!
そこで、新たな雇用を作る場として着目したのが「農業」でした。
「創業時の原点に戻ろう。トップメーカーとして培った経営や生産のノウハウを活かし、新しい農業に取り組もう」
そう決意して立ち上げたのが、「越後808」だったのです。
愛情不足なら出荷しない!?
こだわりの栽培現場に潜入!
2011年に創業した越後808が最初に着手したのは、耕作放棄地を活用した青ネギの生産でした。しかし、単価の安い青ネギだけでは「雇用」を生むことは難しいと判断。真島社長は「しっかりと利益が出る単価の作物を選ばなくては」と思い、松阪牛のキロ単価(1kgあたりの料金)を目指せる作物を探して、全国にアンテナを広げました。様々な農家を見て回る中で、四国で「ひげにんにく」が栽培されていることを耳にした真島社長は、現地に直行。実際に現場を見て、食べてみて「可能性あり!」と川口での生産に踏み切ることを決意しました。
そこから、信越工業の“挑戦し続ける姿勢”が本領を発揮し始めます。四国で出会った「ひげにんにく」に、真島社長は商材としての魅力こそ感じてはいましたが、味には満足していませんでした。「ただ芽と根を生やすだけでは、おいしくはなりません。どう作ればおいしいひげにんにくになるのか? を考えた結果、当社で権利を買い、商標を取り、約2年がかりで、最高の味を生み出す栽培技術を研究したんです」
ひげにんにくを栽培するハウスの中は、遮光率90%。ややじめっとした湿気を感じるのは、温度と湿度をニンニクに最も良い環境に調整しているからです。また、ニンニクを植えるのは、土ではなく、特別な軽石。この「軽石水耕栽培」で、農薬を使わず作るのです。
温度や湿度などの環境だけでなく、使う水や、種になるニンニク選びとその管理方法まで、徹底的にこだわった結果、ついに特別な味にたどり着いた真島社長。「美味しいものは、最初に食べた時のインパクトがあるのは当たり前。何度食べても飽きないで、最初の感動を味わえる。そんな味を目指しました」
徹底した品質管理は、大企業なら当然の姿勢かもしれません。しかし、真島社長がそれ以上に大切にしているのは“想い”。「最終的に味を左右するのは、生産者の愛情です。お世話している人の気持ちが入っていないと、味が落ちる。愛情を持って接すれば美味しくなるんです。ひげにんにくは私が実際に想いがこもっているかどうか、しっかりと確認しているんです」
以前、「愛情不足」で出荷を取りやめたほどこだわりがあるとのこと。 信越工業のひげにんにくの品質の高い理由が、わかったような気がします。もちろん、松阪牛ほどの価格ではないけれど、利益もしっかりと出せる見込みも立ったそうです。
まずは食べてみて!
ひげにんにくのおいしい食べ方
努力の甲斐あって、商品のクオリティは文句なし。しかし、いくらモノがよくても、買ってくれる人がいなければ話になりません。そこで真島社長がとった販売戦略は「試食してもらうこと」でした。「ひげにんにくを初めて知る人が、いきなり買ってくれるとは思えません。まずは食べてもらおうと、地域のイベントや、東京のイベントなどに出展を重ねてきました」。
2013年には、直売所「ひげや」もオープン。試食販売の拠点も作りました。
また、信越工業本社の敷地では、毎年10月に「ひげにんにくまつり」を開催。ひげにんにくを使った料理の振る舞い、地元飲食店による飲食ブース、PPバンドを使った手芸教室、豪華景品が当たる大抽選会、ゲストを呼んだステージショーなど盛りだくさんの内容で、他県からもひげにんにくファンが来るほどの人気イベントに成長しています。
こうした地道な活動の積み重ねから口コミが拡がり、地域内外の飲食店などで仕入れられることも増えてきたのです。
また、ひげにんにくを使った加工品の開発・販売にも着手。
こうした、挑戦し続ける姿勢に、「リスクはないのですか?」と言われることもあるそうですが、真島社長は「リスクとは考えませんよ」と笑います。
「メイン事業の分野でも、製造機械開発などをする際に周りからは心配されていました。しかし、本当のリスクは“現状のままで何もしないこと”。今は現状維持すら難しい時代です。だからこそ、創業時からの常に挑戦し続ける姿勢を大切にしています」
ひげにんにくは、直営店「ひげや」の他、新潟県内のスーパー「マルイ」、長岡市の直売所「とれたて旬鮮市なじら~て」「あぐりの里」「越後川口サービスエリア」などで購入できます。
オススメの食べ方は、冒頭でも紹介した素揚げ。低温でじっくりと揚げて塩で味付けするだけのシンプルな調理法が、もっともひげにんにくの風味を楽しめます。
実はホクホク、根と芽はサクサクと、メリハリのある食感が楽しめますよ!
その他にも、「ひげや」には、家庭でできる調理法やシェフとタイアップして作ったレシピのチラシも置いてあります。
にんにく界のニューフェイスは、「自らチャレンジし続けること」という真島社長の熱意とともに、着実に前へ前へと進んでいる印象を受けました。
栄養満点、新たな長岡市の特産品「ひげにんにく」を食べて、寒い冬を乗り切るパワーを充電してはいかがでしょうか?
Texts and Photos: Yorimitsu Karasawa
信越工業株式会社・農業生産法人株式会社越後808
[住所]新潟県長岡市西川口528番地
[電話]0258-89-4035(信越工業株式会社・営業第二課)
[ホームページ]http://www.shinetsu-k.co.jp/