長岡名物「洋風カツ丼」元祖の味を受け継ぐ店で探る、“町の洋食屋”の理想像
長岡の洋食のルーツとなった
伝説の「小松パーラー」
JR長岡駅大手口から歩いて5分、駅の喧騒が途切れる静かな界隈に「洋食 松キッチン」はあります。火にかけられた鍋やフライパンから漂ってくるのでしょう。中に入る前から、換気扇を通じて外にあふれ出る芳ばしい香りに鼻をくすぐられます。
お店に到着したのは平日の14:00少し前。女性のグループやサラリーマンで賑わい、てんてこ舞いのランチタイムがまもなく終了という、ほっと一息のタイミングでした。
2011年2月、中学の同級生だった高橋昌樹さんを店長兼料理長に迎え、ふたりで松キッチンをオープンした山本竜司さん。元祖・洋カツ丼を生み出した小松パーラーに関わるきっかけは何だったのでしょう。
「もう20年くらい前のことです。もともと自分も高橋も飲食の仕事をしていたのですが、『小松パーラーのマスターに料理を教えてもらえば?』と勧められて、ふたりで行ってみたんです。外に『アルバイト募集』という貼り紙があって、やってた仕事は夜だけだったから、小松パーラーで昼だけ働くことになりました」(山本さん)
山本さんと高橋さんが働いていた当時のマスターは2代目の本田昌澄さん。その父である本田正人さんが小松パーラーの創業者で、長岡市坂之上にある創業40年以上の洋食屋「レストラン ナカタ」の中田会長は昌澄さんの同級生であり、共に初代の正人さんに学んだ兄弟弟子なのだそう。
レストラン ナカタもまた元祖「洋風カツ丼」を掲げ、50倍の「極極極辛」まで辛さが選べるカレーも有名な長岡の名店。歴史の長さは違えども、この街の洋食屋の双璧ともいえるナカタと松キッチン。そのルーツが共に小松パーラーだったとは驚きです。
小松パーラーのメニューには、オムライス、ハヤシライス、エビフライ、カニコロッケ、ポークソテー、ハンバーグステーキなど、定番の洋食が並び、地元の人に親しまれているお店でした。
「昔、友達の家に遊びに行くと小松パーラーから出前を取ってくれて、よく食べました。店はけっこう遅くまで、深夜1時くらいまでやってたこともあるんです。昼も夜も同じメニューなので、夜にグラタンを食べたりもしてましたよ。
店の外にはガラスのショーケースがあって、料理のサンプルが置いてあり、正月なら羽子板とか、季節ごとにマスターが中身を入れ替えていました」(山本さん)
山本さんは3年弱、高橋さんは4年、小松パーラーで修業をしたそうです。
マスターが亡くなった後、洋風カツ丼をほかの店で食べてみたふたり。しかし、やはり何かが違う……、そんな寂しさを感じたといいます。
「あの味を再現できるのは、次世代に伝えてくれるならと直接レシピを教わった自分たちしかいない。新しい店をつくろう」と山本さんが高橋さんを誘い、松キッチン開店に向けて動き出しました。
「ここはたまたま見つけた物件ですが、つくりが小松パーラーに似ているんですよね。扉を開けるとカウンターがあって、テーブルがあって、奥に小上がりがあって。席数もほぼ同じです。店のイメージがしやすかったので、ここに決めました」(山本さん)
“ファミリーソース“
気になるそのレシピとは
松キッチンの洋風カツ丼に欠かせないのが、ケチャップをベースにした、甘酸っぱくてとろみのある「ファミリーソース」。ひとくちに「洋風カツ丼」といっても現在ではデミグラスやトマトソースなど、様々なものがありますが、小松パーラー直伝のファミリーソースを使っているお店は「うちとナカタさん、あとはマスターの親戚がやってる城内町の『つかさ』さんくらいかな」(山本さん)とのこと。
「そのほかの材料は小麦粉?醤油も入っていますか?」と聞くと、「マスターの遺言ではないですが、『聞かれても言わないように』という言葉を守り続けているんです」と山本さんの返答。
マスター直伝で受け継いだ人のみ再現できる特別なソース。弟子だけが知っているそのレシピは門外不出、対外的には秘密なのだそうです。
ちなみに「ファミリーソース」という名称は、小松パーラーでソースだけをパックで販売したことがあり、そのときのポスターで明かされたのだとか。メニューとしては、松キッチンで初登場しました。なぜその名前になったのか……由来は山本さんにもわからないそうです。
山本さんとは中学時代からの付き合いという相棒、料理長の高橋さんにもお話を聞いてみました。
「役割分担としては、メニューを考えるのは山本、自分は仕込みです。ファミリーソースやデミグラスソースを作ったりね。デミはうちのオリジナルだけど、ファミリーソースはアレンジなしで、マスターに言われた通りにやってますよ。小松パーラーは小さい頃におじいちゃんに連れて行ってもらったことがあって、長岡ではとても大きな存在でしたね」(高橋さん)
マスターの本田さんはどんな人だったのでしょう。
「すごく元気な人。朝に『ガッツ!ガッツ!ファイト!ファイト!』とか大声で掛け声をかけたりするんです。うちらは遠くから見てる。恥ずかしいから(笑)。同じ目線でいろんな話をしてくれて、おもしろい人でした」(高橋さん)
「あの掛け声はなんだったんだろ。気合を入れないと動けなかったのかな(笑)。よくコックさんの格好のまま自転車で走ってましたね。『あ、小松のおやじさんが来たな』って、街のみんなにすぐわかる(笑)。『おい、食ってけ』なんて知り合いに声をかけて、タダ飯を食わせちゃうことなんかもありました。
料理を教わるというより飲み仲間みたいな感じも。ハンバーグの名前の由来とか、そんな料理の話から飲み屋トークまで、いろいろな話をしてくれましたけど、本当におもしろいんです。噺家になりたかったという話を聞いたこともありますよ」(山本さん)
伝統とオリジナルが融合した
新しい「洋風カツ丼」誕生
さて、いよいよ洋風カツ丼を作っていただきました。
松キッチンではファミリーソースとデミグラスソース、2つのソースから好きなほうを選べます。
「小松パーラーのメニューとしては、デミグラスがかかった洋カツ丼はなかったのですが、洋食屋だからデミグラスソースはあるんですよ。まかないで『マスター、ちょっとこれかけていいですか』って。毎回ファミリーソースばかりでも飽きるし、たまにはね(笑)。『いいよ』と言われて、やってたんです。それを、うちではメニューにしてみようと思って」(山本さん)
ファミリーソースとデミグラスソース、どちらが人気があるのでしょう。
「やっぱりファミリーソースですね。材料代も時間もかかるデミグラスソースのほうは値段もちょっと高いし。両方を食べ比べてみたいという声が多く聞こえてきたので、最初はリクエストに応じて半分ずつというのを作っていて、半年前くらいに『ハーフ&ハーフ』をメニューに加えました」(山本さん)
出来上がりました! オレンジ色のファミリーソースと茶色のデミグラスソースが半分ずつの『洋風カツ丼 ハーフ&ハーフ』。小松パーラーの伝統と松キッチンのオリジナルがひと皿に融合した、2017年の新メニューです。
柔らかくてサクサクのカツにからむソースが絶妙で、なんだか懐かしい味わいに心も温かくなります。「こっちが小松パーラー、こっちが松キッチン」と思いながら酸味のあるファミリーソースと濃厚でコクのあるデミグラスソースを交互に口に運ぶと、飽きることなく最後までずっとおいしい。カツがひと口大にカットされていて、箸でもスプーンでも食べやすいので、どんどん進みます。
そして、これ。忘れてはいけないのが「ウースターソース」です。いわゆる日本のウスターソースではなく、英国の旧ウースター州で作られていた「Lee & Perrins」オリジナルのソース。小松パーラーの洋風カツ丼には、これが必ず添えられていたのだとか。
「このウースターソース自体に独特の風味があるので、ファミリーソースに少しかけてもらえると味が変わります。『懐かしい』と言ってくれる人もいるし、これに気付いてくれたら『お、わかってる!』って、なんだかうれしいです」(山本さん)
代々、子供や孫と
一緒に来られるお店に
松キッチンには、小松パーラーの味を受け継ぐ店だと聞いて足を運ぶ昔からのお客さんも多いのだとか。
「初めてのデートが小松パーラーで、この店のことを聞いて来ました」と言って、やって来たおばあちゃんもいたそうです。
「そういう人たちが、『おいしかった!』 と言ってくれるのはありがたいことです。お年寄りが肉をガツガツ食べてくれて、こっちも『負けらんねえな』と思いますよ(笑)。お孫さんを連れてきてくれるおじいちゃんやおばあちゃんもいて、うれしいですね。
昔、小松パーラーで食べてた人が孫を連れて来てくれるのですが、いま5歳くらいの子たちにも、いつか自分の子供や孫を連れて来てほしい。そんな店になれたらいいなと思います。『昔、あの店でヘンな味のソースかかったもん食ったぞ』とか(笑)。代々伝えていってもらえたら」(山本さん)
松キッチンが長岡に誕生してまもなく7年。料理の味とマスターの人柄に魅了された人たちで賑わった小松パーラーのように、伝統とオリジナリティを大切にするこの店もきっと、日々を積み重ね、この街の物語を紡いでいくことでしょう。
Text: Akiko Matsumaru
Photos: Hirokuni Iketo
(Main Photo:Chiharu Kawauchi)
松キッチン
[住所]長岡市城内町3-5-1 レーベン長岡1F
[営業時間]11:00〜14:00、17:00〜22:00(日曜と祝日は20:00まで)火曜定休 ※年内は12/30(土)まで、2018年は1/4(木)から通常営業
[電話]0258-33-2611
[URL]http://matsu.kitchen