「届けたい人がいる」55回目の収穫期、“米づくりチャンピオン”のシンプルな想い

2017.11.18

食欲の秋。収穫の秋。待ちに待った新米の季節となりました。

おいしいお米と言えば、新潟県の「魚沼産コシヒカリ」が代名詞のようになっていますよね。実は、この魚沼産コシヒカリの産地と同じ中越地域に位置する新潟県長岡市もおいしいコシヒカリの名産地ということをご存じですか? そもそも、長岡はコシヒカリ発祥の地。現在も有機・特別栽培米生産量全国第1位、そして米の生産量(作付面積)全国第3位と、全国トップクラスの生産量を誇るのです。支える生産者は、認定農業者が約1,100人。米づくりをしている生産者は、5,000人以上。長岡市民の50人に1人以上が米農家を営んでいる計算になります。

その長岡市で2009年から毎年開催されているのが、「長岡うまい米コンテスト」(※)です。このコンテストで、2014年から3年連続の「優秀賞」(ベスト4にあたる成績)、そして昨年2016年には328点の中からたった一人しか選ばれない「最優秀賞」を受賞と、近年コンテストの上位の常連となりつつある“米づくり名人”がいます。その名は、大矢猛雄さん。長岡市の北面に位置する和島地域で、親から譲り受けた田んぼで汗を流してきました。現在は3人の孫に囲まれる、73歳の「たけおじいちゃん」です。

長岡のうまい米最前線で脚光を浴びるチャンピオン・大矢さんは一体どんな人なのでしょうか。どんな米づくりをしているのか探るべく、爽やかな風が心地よい秋晴れの中、稲刈りに精を出す大矢さんの田んぼにお邪魔してきました。

※「長岡うまい米コンテスト」……長岡市の米生産農家による300点を超える応募米の中から、書類審査、精米の成分検査、食味審査を経て、優秀賞3点と最優秀賞1点が選ばれるコンテスト。食味評価で優劣を競う他にも、更なる美味しい米づくりに繋げようと、栽培方法や分析データを公表していることも特徴。2016年からは、前年度最終審査進出の上位20点の米を「金匠(きんしょう)」と銘打って市内の米屋やスーパーマーケットで販売。長岡米の販路拡大を目指し取り組んでいる。

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うまい米が育つ、和島の里山

大矢さんの田んぼがあるのは、長岡市和島地域の中沢地区。和島地域は、日本海から少し内陸に入ったところにあります。小高い山と平地があり、薪になる木材が多かったことで、「娘を嫁がせるには苦労が少なく安心だ」と言われていた時代もあったそう。水も豊かで、久須美酒造と池浦酒造が、現在も酒蔵を営んでいます。中沢地区では、かつては全世帯が農業をしていたのだとか。現在も57世帯のうち、およそ4世帯に1世帯が農家をしているというくらい、昔から「食」を取り巻く資源が豊かな地域です。

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「ここは、海が近い割に、風が穏やかで、台風の被害も少ないんです。安定した気候なので米づくりしやすいところだね」と大矢さんは言います。

 

「当たり前」に始めた米づくり。
気が付けば55回目の秋

現在、奥さんと二人で2町2反(約22,000㎡)の田んぼで米づくりに専念する大矢さんは、昭和19年生まれで今年73歳。300年続く農家の長男として生まれ、高校を卒業後、当時の和島村役場で働き始めます。「学校を出てからは、家に入って農業一本でやるつもりでいたけど、縁あって役場で働くことになった。おれは“せがれ”(新潟の方言では特に後継ぎの長男のことを指す)だから、百姓を兼業でして親を手伝ってきたんです。そして60歳で役場を定年退職。それから他でもう5年務めて、父親から百姓を引き継いだ。いわゆる定年後継者となったというわけ」。こうして専業農家となった大矢さん。家業を継ぐことに対して、「ヤダも何もなかった。継ぐのが当たり前、そういう時代」。と話します。自分に与えられた役割として、米づくりをしながら、先祖から土地を引き継いできました。

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大矢さんが現在栽培するコシヒカリは、特別栽培米。農薬と化学肥料を通常使用する量よりも5割減で栽培しているお米です。「他の農家と大きな違いはない」と大矢さんは言うので、これはまだおいしさの秘密というわけでもなさそうです。

春になるとトラクターで田んぼを耕し、水路から田んぼに水を引く。そしてまたトラクターで代掻き(※)をして、ようやく田植えです。「近くで義弟も田んぼをしているから、田植えを手伝ってもらってる。あと、東京で暮らす息子家族や山形と巻に嫁いだ娘家族が帰って来て、みんなで賑やかにやってるよ。苗は田植え機で植えるから、手はそんなに掛からないけど、苗を機械に積んだり、植え残しの補植をしたり、何だかんだ手が必要だからみんなが来てくれて助かる」。大矢さんはとても楽しそうに話します。

※代掻き……田んぼに水を入れ、さらに土を細かく砕き、そして表面を平らに均す作業。

 

そして、「夏は、溝切りといって田んぼの水はけが良くなるように田んぼに溝を付ける作業があるけど、これがけっこう難儀だね。暑いし、体力が必要で骨が折れるんだ」。炎天下、田んぼを何往復もしなければならない作業は大変です。

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そんな大矢さんが一番好きなのは、何と言っても、苦労して育てた稲を刈る作業。「やっぱり、成果が目に見えるから、稲刈りは気合が入るね」。今年の米の出来を聞くと、あまりよくなかったという返答が。「米の質はいいよ。でも収量が少なかったんだ。雨があったり、気温があまり上がらなかったからだと思う。米づくりはとても難しいよ。同じ地域の田んぼで、同じ肥料で同じ要領で水を管理していても、草の生え方一つ違うから不思議なもんだ。同じことをしていても同じ結果にはならないのが米づくりだね」。長年お米をつくり続けてきた大矢さんでも、周囲の農家さんに相談したり、田んぼに足を運んで観察しながら、毎年試行錯誤を繰り返しているのだとか。農業の奥深さと、まじめに米づくりと向き合う大矢さんの熱意を感じます。

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秋の稲刈りは、奥さんがコンバインを操り刈り取りすることが多いそう。二人で協力して収穫作業を行っています。

 

次に繋ぐために、
ただ真面目にやっていく

農業は「貴重な仕事だ」と、大矢さんは言います。「ゼロから最後の収穫まで携わる仕事。分業化が進む今の時代、いつの間にか部分的にしか物事に触れていないなんてことも多いんじゃないかな。それと、思い通りにならないこともたくさんある農業は、人間性が養われるのではないかと思っている。自然が相手だし、我慢や骨が折れる作業も多いからね。農業は大事なんだよ。でも、経営的に成り立たないと若い人はやれないよね」。

大矢さんが家を継ぎ、当たり前のこととして来る日も来る日も取組んで来た米づくり。時代が急速に変化し、生活環境が変わる中で、次へ繋ぐことの難しさも実感しています。「なるようにしかならない。でも、不真面目な人の背中を見て追いたいと思う人はいないだろうから、とにかく身体が動くうちは、これまで通り米づくりを一生懸命にやっていくよ」

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「じいちゃんの米はおいしい」
孫の言葉が原動力

長岡うまい米コンテストのチャンピオンに輝き、その米の味を認められている大矢さん。ナンバー1になる秘訣を聞くと、「コンテストに出すことはそんなに意識してないよ。こだわりは本当にないね。やらなきゃということでやって来ただけさ」。笑ってそう話す大矢さん。「強いて言えば、やっぱり水だろうね。ここは、郷本川という川から水を引いている。三島地域との境にある笠抜山を源として流れてくるから良い水なんだよ」。

謙虚で真面目な人柄を土地の豊かさが後押しして、高い評価を受ける大矢さんのお米が生まれたのです。

そして、大矢さんが一生懸命に米づくりに取り組む理由は、こんなところにもあります。「いま小学3年生の孫が保育園だった時に、祖父母参観があって『おじいちゃん・おばあちゃんにありがとうを言ってみましょう』という時間があったんだけど、そこで子どもたちの多くは、おもちゃを買ってもらったとか、遊びに連れて行ってくれたとか言ってる子がほとんどなんだけど、うちの孫は『おいしいお米をつくってくれていること』にありがとう、と言ったんだよね。嬉しかったよ。おれのつくる米を孫が喜んでくれてると思うと張り合いになる。だから頑張れるね」。届けたい人の顔を思い浮かべながらつくっていることが、大矢さんのお米の味の決め手なのかもしれません。

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この日も丁度お孫さんが遊びに来ていました。「賑やかで困っちゃうよ」と大矢さんは言いながらも、なんだか楽しそうです。

 

おいしい米は、みんなで
食べるともっとおいしい

大矢家の定番おにぎりの具は、自家製の梅干しなのだそう。庭に実る梅を何キロも漬け、息子さんや娘さんのところにも送っています。この梅干し入りおにぎりは、朝早くから作業する田植えの時期に欠かせない朝ごはんです。

そんな大矢さんは、自分の米の味について「人からは甘みがあるとか言われるけど、自分では他の米を食べる機会もないから、比べようがなくてよくわからない」と言います。

でも、普段は奥さんと二人で食べているお米の味が、大勢で食べると違って感じるそう。「孫たちと大勢で囲んで食べる米は、うまいと感じる。山形に嫁いだ娘の家でみんなでごはんを食べた時も、自宅で食べてる米と同じはずなのに、おいしいと思ったね。味が違って感じるんだよね。きっと、みんなで食べるからおいしいんだろうね」。自分が一生懸命につくったもので、人と一緒に笑い合えるひとときは大矢さんにとって最高の時間です。

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11月23日(木・祝)は長岡うまい米コンテストの最終審査日。今年はどんな結果が出るのでしょうか。楽しみです。そして、今年も昨年度の上位20位に入賞された方のお米を合わせた「金匠」が販売されているとのこと。みなさんもぜひ長岡産のお米を食べてみませんか? きっとふっくら温かなおいしさで、お腹も心も満たしてくれるのではないかと思います。そしてその時には、ぜひ周りの人とも一緒に味わってみてください。大矢さんが言うように、一層おいしく感じる、特別なひとときになるのではないでしょうか。

 

Text: Naoko Iwafuchi

Photos: Tetsuro Ikeda (PEOPLE ISLAND PHOTO STUDIO)

 

 

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