冷たい雪の下で育まれる美味しさ。「雪大根」の産地を訪ねて
雪が降ったあとの大根は甘みがのる
「雪大根」を作っているのは、農事組合法人ナルミ農産。長岡駅から西に車を走らせ、30分ほど、近隣には国営越後丘陵公園や雪国植物園、古民家を再生した江口だんご本店がある、自然豊かな宮本地区を中心に米や野菜を作っています。ナルミ農産が雪大根を手がけるようになった経緯は、どのようなものだったのでしょうか。同法人の綱島健太郎さんにお話しを伺いました。
――早速ですが、雪大根は普通の大根と何が違うんでしょう。
「雪大根は品種名でなく、商品名なんです。品種名は明かせないのですが、雪にあたっても凍みづらい(※)、腐りづらいという品種特性をもった大根を使っています」
※凍みる(しみる)……凍り付くこと、また、凍ることで食感が変わってしまうこと。野菜などの場合、スカスカした食感になり、味が落ちることが多い。この特性を逆に生かしているのが凍み豆腐(しみどうふ)の別名もある高野豆腐。
「この大根を、本来なら11月に収穫できるところを、雪が降るまで収穫せずにそのまま土の中で育てておきます。長岡だと12月の後半には雪が降りますから、それを待って雪をかぶってから収穫し、さらに出荷まで雪をかぶせて保管しておきます」
――「雪大根」という特殊な品種があるわけではなく、収穫の仕方、保管の仕方、それにあった品種選びにヒミツがあったんですね。雪をかぶった大根はどんな味になるんですか?
「雪が降ったあとの大根は『甘さがのる』と言いますが、雪にあたると細胞が崩れやすくなり、甘み成分が出やすくなります。それに、辛味が抜けるので、さらに甘さを感じやすくなります。しっぽには少し辛味がありますが、葉に近い頭の部分は本当に甘いんです。食感も違いますね。一般の大根より水分が多くみずみずしい。切るとジュワッと水分が出てくるほどです」
――それは、おいしいでしょうね!野菜スティックなどでそのまま食べたいです。
「さらに、煮るのに時間がかからず、味のしみが早い。切ってみるとわかるんですが、断面が粗いんです。緻密ではない。だから味のしみこみがよく、煮あがりが早いんです。かといって、ぼやけたような食感にはなりません」
――緻密ではなく、粗い。それも一般的な大根との大きな違いですね。そして、早く味がしみる、というのは嬉しい。おでんにするとおいしそう。
見た目は悪いが味は絶品!
加工品に販路を見出す
――ところで、この雪大根、どういうきっかけで世に出ることになったのでしょう。
「もともと、漬物用に作っていた大根だったのですが、どうしても畑に残ってしまうことがあり、もったいないなということになって。そのうち、『雪にあてた大根を販売につなげられないか』というアイデアが出たんです。
雪国には昔から、冬場、野菜を藁で囲って保存する文化がありました。また、雪の時期の大根はおいしい、というのも農家の人は知っていた。これを何とか生かして商品化したい、と。
そこで、長岡野菜市場の人に相談し、中央青果と共同で商品として開発できることになりました」
――そうして、雪の時期ならではのおいしさを消費者に届けられるようになった、と。でも失礼かもしれませんが、地元の長岡でも「雪大根」を売っているところをあまり見ないような気がします。
「実は、販売面では難しい点がありました。雪大根は、雪やあられが降る、外の厳しい環境に置かれますから、表面に傷がつきやすい。店頭に並ぶと、見栄えが悪くなってしまうんです。それに普通なら11月に収穫するところを、雪が降る12月まで土に入れておくので、通常の大根より大きく育ちます。だから小売りでは扱いづらいんです」
――確かに普通のスーパーだと見た目のきれいな野菜が選ばれますし、大根もあまり大きすぎるものは敬遠されてしまう……。では、この雪大根、どこに販売されているんですか?
「素晴らしい特性がありながら、見た目のデメリットもある大根なので、小売りでは受けにくいのですが、加工品にはぴったりで、業者さんには非常に喜ばれます。県内では、カット野菜、サラダ野菜の加工用として、卸されています。雪大根は野菜スティックなど生で食べてもおいしいですから、サラダにぴったりなんです。また、1月頃なら、長岡市内の農協の直売所でも取り扱いがありますよ」
――雪の少ない関東方面には出荷されているのですか?
「冬は関東側から新潟側へどんどん野菜が届いてくる大きな流れがありますから、こちらから関東方面に送るとなるとコストがかなりかかってしまう、という問題がありました。でも、そうしたなかで『雪にあたっているからおいしい』という価値を見つけてくれるところと出会えまして。庄やグループが経営する大衆割烹の『庄や』『やるき茶屋』や、寿司・和食の『築地日本海』の首都圏地区の冬の旬メニューなどに雪大根が使われています。調理しやすく、味のしみこみが早いと言われて喜ばれています」
――首都圏方面ではお店で雪大根が味わえるんですね。うらやましいです。
雪大根の育つ畑を訪問
畑にご案内しましょう、と健太郎さんに連れてきてもらったのは、宮本町から車で5~10分ほど離れた長岡市関原の畑。12月下旬の冷たい空気のなか、雪に覆われた畑で、大根の収穫が行われていました。
「一昨日はもっと雪が積もっていたから、スコップで雪をどかしながら掘り出していましたよ」と話してくださったのは、ナルミ農産代表の綱島良一さんです。
「雪大根は例年、12月の終わりくらいに収穫します。降った雪がすぐ溶けるくらいの時期だとまだ収穫には早くて、畑にかぶった雪が数日溶けずに残る今くらいの時期がちょうどいい。これが1月になると、雪が積もりすぎて根雪になってもう溶けなくなってしまう。雪をどかすのも大変だし、葉っぱが広がって地面に張り付いてしまいますからね」(綱島代表)
――収穫のタイミングが重要なんですね。
お願いして実際に雪大根を抜かせていただきました。
抜くのは容易でしたが、予想以上に重くて太い! 広がった葉っぱには張りがあり、冬の寒さのなかたくましく育つ植物らしい生命力を感じます。
――持つとずっしりきますね!
「この畑の大根は半分は漬物用に11月に収穫するのですが、その時点で1本が1kgにもなるんです。残り半分は雪大根として出荷するために12月の終わりまで置いておく。その間も育つので、出荷するときは、だいたい1.5kgほどになります」(綱島代表)
――収穫後はどのように保存するんですか?
「まず葉っぱを切り落します。葉を残しておくと、根の水分が葉に吸収されてしまうので。それから重ねて、雪をかけて保存します。雪をかけておくと、湿度が100%になるので、乾きません。ずっとみずみずしく保存できます」(綱島代表)
――保存にも雪が欠かせないんですね。
とれたての雪大根を試食
お待ちかね、期待高まる試食タイム。綱島代表が畑で今とれたばかりの雪大根をスライスしてくれました。断面から水分がにじみ出るよう。早速いただきます。
――甘い! ちょっと大根とは思えないほどの甘さですね。辛味がまったくなくて、あと、歯ざわりがシャリシャリしているところもおいしいです。
「梨のようだ、と言われることがあります」(綱島代表)
――ぴったりの表現ですね。先ほど健太郎さんから雪大根は緻密なのではなく、むしろ粗くて、そこがおいしさのひとつと聞いたのですが、本当に和梨みたいな食感で、それがいいですね。これは大根が苦手な人や子どもでも喜んで食べそう。
「うちの孫は四歳ですけれど、野菜、なんでも食べたがりますよ!」(綱島代表)
――こんなにおいしい野菜だったらそうなるでしょうね。綱島さんは雪大根の食べ方では何がお好きですか?
「ふろふき大根が好きですね。おでんとか。味のしみこみが本当にいいんですよ。それに水分が多いので、大根おろしにしても、甘みがあります」(綱島代表)
雪国の農家の在り方を模索し続けて
ナルミ農産の始まりは、宮本地区の農家が共同で作った、農作業用の大型機械を利用するための生産組合でした。高齢化で農業の担い手が減るなか、田植えから稲刈りまでの作業の委託を受けるなど、地域の農業の受け皿として次第に形を変えていき、平成6年、農地がもてて経営もできる法人となりました。
中心は稲作。減農薬、減化学肥料に努めた特別栽培米を作っているほか、冒頭でもご紹介した同じ宮本地区の江口だんごと組んで、希少品種で幻とまで言われた「大正もち」のもち米の栽培も行っています。そして、この雪大根をはじめ、同じく長岡野菜である白雪こかぶ、体菜(たいな)など、雪国ならではの野菜作りにも積極的です。
「若い人を雇用しようと思っても、通年で仕事がないと定着しない。そこで、夏は枝豆、稲作のあとは里芋に白雪こかぶ、雪大根などを11月から2月まで出荷し、所得を上げようと考えました。そうして取り入れたものが、長岡野菜として認められ、現在にいたります」(綱島代表)
「白雪こかぶ」も雪国の環境をいかした個性ある野菜。冬場、日光量が少ない土地だからこそ、葉も実も柔らかく、甘くてみずみずしいのが特徴です。生食ならぱりぱりとした歯触りを楽しめますし、火通りがとても早く、ちょっと煮すぎただけで、とろけてなくなってしまうくらい。
このかぶが育てられているのは、本来は稲の苗を育てるためのハウス。「雪で青菜が不足する季節、育苗用のハウスを使って野菜を作るのは、昔から稲作農家の収入確保の知恵でした。このかぶは寒くても実が太ってくれる、長岡の気候にあった品種です」(綱島健太郎さん)
ハウスでは、南国原産で寒さに弱い里芋も保存され、出荷を待っていました。里芋は、長岡では郷土料理の「のっぺ」にも欠かせない野菜です。
「塩蔵体菜」作りも、ナルミ農産の大事な秋冬仕事のひとつ。地元ではタイナと呼びますが、タイサイ、シャクシナなどとも呼ばれる青菜です。体菜の塩漬けは、長岡近辺では昔から青菜が不足する冬場の栄養源だった漬物。昔は各家庭ごとに樽で漬けていたといいますが、手間がかかるので手作りされることは少なくなりました。塩出しした体菜で作る「煮菜」は、地元で今も愛される郷土料理のひとつ。こうして塩蔵体菜が市販されているおかげで、私たちは今も郷土の味を家庭で楽しむことができます。
土地の力、自然の力、雪国の気候を活かした野菜作り。作り手の少なくなった品種を地域の特産品に育て上げ、郷土の味を次世代にも伝え続けていく。ナルミ農産の取り組み、雪大根の味わいには、雪国の農家の知恵の結集が見られました。冬野菜をはじめ、日本酒や味噌、漬物などの発酵食も、厳しい冬の寒さがあるからこそ生み出される美味。雪国が生み出す「食」のおもしろさ、深さを皆さんも見つけて味わってみてください。
Text : Chiharu Kawauchi
Photos : Tsubasa Onozuka (PEOPLE ISLAND PHOTO STUDIO)
農事組合法人 ナルミ農産
[住所]新潟県長岡市宮本町2丁目乙257-2
[電話]0258-47-0045
[HP]http://www.narumi-nousan.jp/top.html