下請け工場が世界オンリーワン企業へ! 米粉ブームをリードする「水冷&アルファ化製粉機」の革命

いま、熱い注目を集めている「米粉」。世界的な小麦高騰を受けて代替品として需要が高まっているだけでなく、グルテンフリーなので小麦アレルギーの人にも安心と、家計にも体にもいいことづくめ。パンやお菓子、麺などの材料に使用したときの独特のモチモチ食感も人気です。米粉パンや米粉麺専門店が続々誕生していますが、この一大米粉ブームを陰ながら支えているのが、米を粉にする製粉機です。

実は、新潟県長岡市には、世界でオンリーワンの製法でつくる製粉機メーカーが存在します。小麦粉や米粉といった穀物系の食材だけでなく、さまざまな素材を粉末にすることで、商品開発の幅を広げるサポートをしているとのこと。そんなに幅広く対応できるとは、いったいどんな製粉機なのでしょうか? 工場を訪ねてみました。

新潟県長岡市宝にある有限会社ウエスト。整理整頓が徹底された工場内では、若手スタッフたちが部品の組み立てや商品発送作業を行っていました。

JR長岡駅から車で10分。小さな鉄工所や機械加工所が集まるエリアに、「有限会社ウエスト」があります。スタッフ5名の少数精鋭ながら、ウエストが作る製粉機はその独自性が評判を呼び、北海道から沖縄まで全国各地にとどまらず、世界各国からの注文が絶えません。お米を粉にすることはもちろん、豆・雑穀・ナッツ・茶葉などさまざまな材料を粉末状にできるため、食品企業や飲食店、また大学の研究室などでも幅広く活用されています。

アルファ化製粉機「ミクロ・パウダーα-808」。

ウエストの製粉機が“唯一無二”と称される理由は、食材を粉に挽く際に機械の中に仕込まれた臼を水で冷やすという、画期的な「水冷式」にあります。通常、臼は物理的な回転による摩擦でどうしても熱を帯びてしまうのですが、食材にその熱が伝わってしまうと風味や香りが飛んでしまいます。ですが、ウエストの製粉機ではその熱を抑えながら 特殊な臼でゆっくりと挽くことができるため、香り高い仕上がりになるのです。

さらにもう一つ、お米などのでんぷん質をアルファ化(米や豆の主成分であるデンプンを水とともに加熱することで糊状にして、消化の良い状態にすること)できるのも特徴。アルファ化の状態を保ったまま加工することで、お米の粉であれば、お湯にといておかゆとして食べることができたり、パンやお菓子の材料に使用すると膨らみが良くなったり。粉のままで、さまざまに用途が広がるのです。

大豆、ゴマ、抹茶、煮干し、シイタケ、カニの殻など、様々な素材を細かい粉末状にすることができます。

画期的アイデアで、食品業界から引っ張りだこのウエストの製粉機。この製品は、いったいどのように生まれたのでしょうか? 専務取締役の原正広さんに開発の経緯を伺いました。

 

下請け工場からメーカーへ
生き残りをかけた二代目社長の決意

専務取締役の原正広さん。

「ウエストの前身となったのは、現会長の父親が1964年に創業した『西鉄工所』です。創業当時の西鉄工所は精密機械等の部品をつくる小さな下請け会社で、自宅1階を改装した工場で、創業社長が一人で黙々と作業をこなしていました。

その後継ぎとして二代目社長となったのが、現会長・西清貴です。社員を雇い仕事は安定していきましたが、下請け仕事だけでは短い納期や値下げ要求などを飲みながら仕事をせざるを得ず、厳しいものがあります。この苦しい状況から抜け出すには、自社商品をもつ必要があると考えたようです。そこで商品開発のヒントを探していたところ、目についたのが、西会長の奥さんが愛用していたすり鉢でした」

西会長婦人は、日ごろ料理ですり鉢を使う機会が多かったのだとか。西氏は、煮干しをすり棒で細かくする様子を見て、「家庭用製粉機を作ってみるのはどうだろうか」というアイデアが頭に浮かびました。1998年当時、まだ製粉機は工業用のものしかない時代。世の中にまだ存在しない商品をつくる新たな冒険の幕開けでした。

金属加工の職人でもあった西氏は、さっそく小型製粉機のアイデアを設計技術者に伝えます。製粉機をつくろうと決めた段階から製品の形状はほぼ決まっており、試作に関する悩みはさほど深くなかったようです。とはいえ製品が形になるまでは試行錯誤を重ね、二年の時を経てようやく初期モデルの製粉機「ミクロ・パウダー」が完成。販売会社として、有限会社ウエストを立ち上げました。

 

業界の常識を打ち破った
「水で臼を冷却する」製粉機

上部から材料を入れてスイッチを入れると、中央にあるプラスチックケース部分に粉砕された材料が貯まっていく仕組み。

「ウエストが手がけた第一号の製粉機です」と原さんが見せてくれたのがこちら。卓上に置けるコンパクトサイズで、昆布・煮干し・しいたけ・お茶などを粉末状にするイメージで販売したそうです(現在は販売終了)。1時間で数百グラムの材料を粉砕することが可能です。

2年以上の試作時間を費やして完成した溝の形状は、特許を取得しています。

製粉機の中に仕込まれているのは、「臼」と呼ばれる金属部品。溝がついたフラットな金属部品を本体にセットして回転させることで、材料をすり潰します。この溝の形状や角度こそが、粉砕具合を大きく変える重要ポイント。研究を重ねた末に、ベストな形状を発見することに成功したといいます。

しかし、製粉機づくりは一筋縄ではいきません。すり潰す工程で生まれる摩擦熱により、熱を帯びた材料が臼にへばりついてしまうという問題がおきました。それを解決するためにひらめいたのが、「水で臼を冷やす」というユニークな方法です。

ホースから冷水を流して臼の中を循環させることで、摩擦熱が発生しないようにします。

「臼の裏には空洞を設けており、そこにホースをつないで冷たい水を流し込み、循環させて臼全体を冷やします。すると、材料の温度上昇がおきず、臼にくっつかずにスムーズに粉砕できるようになりました。

粉をつくる機械に水を流すなんて、普通は考えつきませんよね。同業者にとっては目からウロコの発想だったのではと思います」

材料が臼にへばりつかないようにと形状を進化させた結果、想定外のメリットも生まれました。通常、粉砕する際に生じる摩擦熱は、素材の香りや風味を劣化させてしまいます。冷やしながらゆっくりと粉砕することで結果的に、色・味・香り・栄養はそのままに、酸化による劣化がしづらい品質の微粉末をつくることに成功しました。

 

東奔西走する営業活動で
切り拓いた新たなフィールド

日本初の家庭用製粉機を世に送り出したウエスト。商品完成までにはさぞ苦労したのではないかと思いきや、「いえいえ、もっと大変だったのは売ることです」と原さん。ウエストには営業専門スタッフがおらず、開発者である西氏がみずから東京へ売り込みに行ったのだそうです。

「製粉機を詰めた重たいキャリーバッグを引き、スーツが汗でびしょびしょになるまで東京で飛び込み営業を続けたと聞いています。あらかじめリストアップしておいた機械商社や量販店を一件ずつ回っていくという泥臭い手法です。その努力の甲斐あってか、当時は大手量販店である東急ハンズさんに商品を置かせてもらうことが決まりました」

食品機械の展示会「FOOMA JAPN」に出展する社長時代の西氏。

自信作の製粉機を広めるために一人奔走する西氏。日本中の食品機械が一堂に会する展示会「FOOMA JAPAN」に出展したことも、飛躍のきっかけの一つでした。小型の製粉機は食品会社や大学の研究室から重宝され、手軽に粉末にできると評判になりました。

「私は中途採用でして、製粉機ミクロ・パウダーが販売されてから二年後に入社しました。会長(当時の社長)と一緒にあちこちに売り込みに行ったり、展示会に出たりと忙しい日々でしたね」と原さんは当時を振り返ります。

製品の存在が世に知れ渡るようになると次第に、「清潔なステンレス製にしてほしい」「大型製粉機もつくってほしい」という嬉しいリクエストも届くようになりました。要望を受けて、今度は1時間で数十キログラムの材料を粉砕できる大型バージョンも開発。家庭用から業務用へと移行し、量産できる製粉機の評判も上々で、事業は軌道にのっていきました。

 

素材のよさをそのまま粉に!
世界を驚かせた「アルファ化」

ウエストの製粉機の特徴は「水冷式」ともう一つ、でんぷん質を粉砕するだけで瞬時にアルファ化できることです。開発のきっかけとなったのは、山形大学大学院・有機材料システム研究科の西岡昭博教授からの依頼メールでした。

「西岡教授はアルファ化米の研究の一環で、米粉100%のカップケーキ作りに取り組んでいました。なんと、ウエストの製粉機の臼部分にヒーターを取り付けて改造し、アルファ化米の米粉を自作していたというのです。『量産したいので、アルファ化できる大型製粉機をつくってほしい』というご要望をいただきました。

お米に熱を加えてでんぷん質をアルファ化した米粉を使用することで、カップケーキの膨らみが劇的によくなるとのこと。これは画期的な製品になると確信して、教授と共同開発でアルファ化できる製粉機づくりを始めました」

そして2014年、世界初のアルファ化製粉機「ミクロ・パウダーα-808」が完成。山形大学が研究したお米の水分のみでアルファ化できる技術とウエストが開発した臼の機械構造技術を組み合わせた、類を見ない製粉機です。改良を重ね、現在は「ミクロ・パウダーGTA」が最新機種となっています。


「FOOMAJAPN」出展時のPR動画。アルファ化製粉機の解説は2分47秒から。

アルファ化した米粉は炊いたご飯と同じように糊化しているため、冷めて固くなった状態(老化)で粉砕した通常の米粉とは性質が異なり、ケーキやマフィンが膨らみやすく、少量配合でもパンがモチモチになります。お湯に溶かせばすぐに食べられるおかゆになるので介護職や離乳食にも便利です。

さらに、アルファ化できるのはお米だけではありません。たとえばそばの実をアルファ化して微粉末にすれば、技術的に難しい十割そばを簡単につくることが可能。アルファ化大豆粉は水や牛乳に溶かせば、たんぱく質たっぷりのドリンクに変身します。

 

粉末の可能性は無限大…
新たなチャレンジを続けたい

家庭用の小型機からスタートしたウエストの製粉機は、今や粉末を必要とする開発・製造者たちにとって欠かせない存在になっています。「素材のよさをそのまま粉にする機械」を世に出したことで、お客さんたちから思いがけない使用方法を教わったと原さんは語ります。

「食品機械の展示会はお客さんの需要を知る良い機会です。私たちが思いもつかなかった材料を粉にしたいと教えてくれるんですよね」と原さん。

「たとえば、ごま油をつくる時に出る絞りかす。以前は破棄されていたそうですが、ミクロ・パウダーがあれば超微粉末パウダーに加工して食用販売することができます。また、工業用にも使用することができ、樹脂に粉末状にしたセルロースを混ぜ込むことで新素材をつくることも可能です。開発当初の私たちが想像していたよりも、ずっと広い用途で製粉機が活躍しているのは嬉しいものですね」

現在、ミクロ・パウダーを開発した西氏は会長となり、ここ最近は現場から退いた形となっています。下請けで逼迫する鉄工所を救うために開発した家庭用製粉機は、約20年間の時を経て、食品業界に革命を起こすキーアイテムに進化。使い手たちによって「粉」の可能性は広がり続けています。

それもこれも製粉機の開発に没頭し、地道な営業活動で世に広めた西氏の功績があってこそ。原さんは西氏の人柄についてこう語ります。

山形大学と共同研究でアルファ化製粉機を試作したときの一枚。体格の良い男性(右から二番目)が西氏。

「“おもしろい親戚のおじさん”という表現がぴったりくる方です。発想力が豊かでアイデアマン、おまけに好奇心旺盛。人づきあいは上手なのか下手なのか……わかりませんが、広いネットワークをもっているのは確かです。豆腐メーカーと一緒に大豆粉を使った『全粒豆腐』をつくったり、パン屋さんと共同で米粉パンをつくったり。いろんなおもしろいチャレンジを続けてきたからこそ今があるんですよね」

西氏の情熱とパワーによって、下請けから世界に羽ばたくメーカーへと飛躍したウエスト。西氏が現場を離れたいま、若手スタッフたちと共に新境地を開拓していきたいと原さんは意気込んでいます。

「ありがたいことに、20代から40代の若手社員が戦力になってくれています。長年をかけて築き上げてきたメーカーを引き継いだわけですから、責任をもって長く会社を続けていきたいですね」

「機械の組み立ては楽しいです」と話す若手スタッフ、心強い事務スタッフたちと共に、新たなスタートを切ったウエスト。製粉機の可能性を広く伝えることをミッションとしています。

 

ウエストの技が生んだ至高の粉!
長岡で食べられるのはこちら

全国各地の食品会社や菓子店で活躍するウエストの製粉機。もちろんここ長岡市でも、ウエストの製粉機があってこそ生まれた商品が数多くあります。なかでも、とっておきの3つをご紹介します。

BREAD AESiR(ブレッドアース)のパン

ブレッドアースのパンは、もっちりとした食感の生地が特徴。

長岡市千手の人気パン店「ブレッドアース」では、お店に並ぶ9割のパンに、ウエストのアルファ化製粉機で製粉した栃尾産コシヒカリの米粉を使用しています。米粉の配合は5%ほどですが、小麦粉だけのパンと比較すると、もっちりとして甘さを感じるのが特徴。社長は理想のパン生地に仕上げるため、最適な米粉の粒子についてかなりの研究を重ねたようです。

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UNEHAUSのどぶろく

日本で唯一の米粉でつくるどぶろく。アルファ化米だからこそできる独自製法です。

長岡市の山間部・栃尾でどぶろくを製造する「UNEHAUS」。伝統的な製法でつくるどぶろくのほか、アルファ化米粉を使用したタイプも販売しています。通常、どぶろく作りには炊いたご飯を使用しますが、アルファ化米粉を使用する場合は、米粉と水を混ぜ合わせればOK。減農薬栽培した酒米「亀の尾」と清冽な湧き水で仕込んだスペシャルな味をぜひお試しください。

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美松のおからクッキー

老舗菓子店・美松は、おからの風味やおいしさをたっぷりと詰め込んだクッキーを開発中。写真はウエストの製粉機で乾燥おからを粉砕している様子。

秋と冬にはお店の前に大行列ができる「サンキューまつり」の目玉・1個39円のシュークリームが有名な「美松」。このシュー生地にも米粉が使われており、モチモチの食感が大人気です。現在、商品開発中のおからクッキーは、ウエストの製粉機で粉砕したおからが主役。使用するのは、長岡市栃尾の有名豆腐店「豆撰(まめせん)」の風味豊かなおから。食物繊維たっぷりの栄養価が高いスイーツとして人気商品になりそうな予感がします(発売日は未定)。

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今回ご紹介したスイーツやお酒以外にも、ウエストの製粉機による粉末は幅広く使用されています。食品の材料としてはもちろん、樹脂粉末を使用した新素材開発、粉末肥料による農作物栽培など、粉末の可能性は無限大です。これからどんな商品が生み出されていくのか、ワクワクしながら心待ちにしましょう。

 

Text&Photo:渡辺まりこ

 

●Information
有限会社ウエスト
[住所]新潟県長岡市宝2-2-10
[電話]0258-25-2575
[URL]http://www.micro-powder.co.jp/index.html

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